〈 「あなたの子どもの写真が拡散されている」盗撮されたショックで精神安定剤を飲む6歳児も「クルド人なら何をやってもいい」と差別する日本の危うさ 〉から続く
「この国にわたしの居場所はないのでしょうか」。埼玉県で生まれ育った17歳のクルド人高校生レイラ。日本語で学び、看護師を目指す一方、在留資格を持たない「仮放免」の立場に置かれている。選挙を機に広がる排外的な言葉が、彼女の日常と未来を静かに追い詰めていく。
ジャーナリスト・池尾伸一の新刊 『仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的』 (講談社)より、一部を抜粋・編集してお届けする。(全2回の2回目/ 最初から読む )
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ヘイトのシャワーを浴びた高校生
明らかなフェイク(虚偽)も多く、根拠の定かでない排外的な投稿がネット空間に充満したところに、さらに2025年7月の参院選では、政治家や候補者らが演説などで非正規滞在者やクルド人への批判を口にし、人々のクルド人へのマイナスの感情は爆発的に広がっていた。
(あっ、マズい)
それは参院選の前日の2025年7月19日の土曜日のことだった。埼玉県に住むトルコの少数民族、クルド人の高校3年生のレイラ(17)は、高校の授業が終わり、JR大宮駅に向かっていて一瞬立ち止まった。駅前付近の広場で参政党が演説会をやっていたのだ。
「日本人ファースト。参政党はこの政策を大切にしています」
「ルールを定めずにどんどん外国人を入れた。それが、川口市が困っている原因なのじゃないのですか」
候補者や応援演説の人が叫ぶと、聴衆が歓声を上げ、拍手をしている。オレンジ色ののぼり旗や日の丸の旗がはためく。
レイラは演説が聞こえないように、両耳にイヤホンを突っ込み、音楽のボリュームを思い切り上げた。そして下を向いて逃げるように足を速めた。自分がクルド人と聴衆に分かったら何を言われるか、何をされるか、分からないのだ。
「私はこの国に住んでいてはいけない人間なのか」
しかし、メガホンの音は大きくイヤホンの隙間から入ってくる。「日本を」「日本人こそ」……。候補者らが「日本」と繰り返すため、入ってくるたびに、いやな感じが襲う。呼吸が苦しくなってきた。走って駅に駆け込み、電車に飛び乗った。それでも胸のドキドキはいつまでも止まらなかった。
(やっぱり私はこの国に住んでいてはいけない人間なのか)
日本で生まれ育って17年だ。
それでもこの国のどこにも居場所はないのだ、と思うと、みじめな気持ちが押し寄せてきた。涙が頬を伝った。
2023年の入管難民法改正の前後から強まったクルド人を標的にしたヘイトスピーチや、政治家による排外的な言説は、2025年7月の参院選に際して、暴風雨のように激化した。
口火を切ったのは自民党だ。すでに何度か触れているが、自民党の後押しで法務省は5月に「不法滞在者ゼロプラン」を公表した。自民党自身も「違法外国人ゼロ」を選挙公約に入れた。
「不法滞在者」とは、在留資格を持たない外国人を指す。だがこの中には、母国での政治的な迫害から逃げてきたが、入管庁が難民認定しないために難民として保護されず、在留資格を取り消された人たちも多い。親に在留資格がないために、日本に生まれ育ちながら在留資格がない若者もいる。
これらの人たちを「不法滞在者」という犯罪者を想起させる言葉で一括りにする政策には、日本弁護士連合会などから撤回を求める声明が相次いだ。
しかし、自民党のベテラン議員は言った。
外国人に厳しい政策が「ウケる」
「外国人に厳しい政策は有権者にウケるんだよ」。
さらに過激な主張を展開したのが、参政党だ。「日本人ファースト」をキャッチフレーズに、外国人への生活保護の停止や、社会保障の提供の制限を公約した。
標的になったのは、在留資格のない人たちだった。選挙演説などで政治家や候補者が公然と差別的な発言をしたことで、X(旧ツイッター)などSNS上には「不法滞在者は全員逮捕して強制送還してください」といった言葉が急増した。
外出することが怖い
その陰で、在留資格のない子どもたちは追い詰められていた。
クルド人のレイラも在留資格を持っていない。父親は2000年代前半にトルコでクルド人政党に人を集めるための運動をしてトルコ政府に目をつけられ、何度も警察に捕まり拷問をされたという。海外に逃げようとしたが、トルコ政府はパスポートを発行してくれないため、お金を出して偽名のパスポートを手に入れ、日本に逃れ難民申請した。しかし、何度申請しても不認定が続き、在留資格は与えられなかった。日本でクルド女性と結婚して、レイラら子どもも生まれたが、家族の難民申請も不認定になった。レイラも小学校2年時から在留資格を剥奪され仮放免になってしまった。
レイラは高学年になると、消化器系の難病を患った。これまで10回の手術を受けてきた。しかし、仮放免の身だと健康保険もないため、医療費は全額自己負担となる。そのたびに苦労して費用を工面する父親の姿をみて、在留資格がない家族の惨めさを痛感してきた。中学校に入り運動部に入ったが、ユニフォームやシューズも思うように買えない。(自分もみんなと同じ人間で、同じ赤い血が流れているのになぜなの?)。苦しんだ。
看護師になりたいだけなのに
高校に進学すると、レイラは大学の看護学部に進み、看護師になりたいと思うようになった。入院していた病院で、病気の赤ちゃんを見たのがきっかけだ。たくさんの管がつながれ、苦しそうだった。その姿に、心が締め付けられた。自分が代わってあげられたらとまで思った。小さな命の力になりたい。そうして、看護師を目指し勉強するようになった。しかし、そのころから追い打ちをかけるように「不法クルド人は強制送還しろ」などのヘイトスピーチが激化した。
やがてレイラは、外出することが怖くなった。クルド人だと分かれば、罵倒され、直接「出て行け」と言われかねないためだ。どうしても外出が必要な時はフード付きのパーカーを着るようになった。外ではフードをすっぽりかぶり、マスクをして、クルド人だと絶対に分からないようにした。
日本で生まれ、日本語をしゃべり、頭で何か考える時の言葉も日本語だ。友人の大半も、日本人。唯一の楽しみは友達と韓流アイドルのライブに行くことだった。中身は日本人だと思っているのに、日本にいることが許されないのだ。一方で、一度も行ったことがないトルコでは、言葉も文化も違う。そこで暮らしていけるとは、とても思えなかった。(わたしが生きていく場所はないの?)。自問自答を繰り返し、自分の存在を消したいとまで思い詰めた。
ただ、2025年の春からは、悩むのに疲れ、「どうでもいいや」という心境になっていたという。フードもマスクもせずに、外出できるようになっていた。
そこへきての参院選挙をきっかけにした、クルド人に対する攻撃の嵐。さらに投票前日には、候補者らの排外的なスピーチに直{じか}にさらされた。レイラは再びマスクをつけないと、外に出られないようになった。そして「ひたすら早く選挙が終わってほしいと願っていた」と言う。
だが、選挙が終わると、もっと過酷な状況が待っていた。7月末、一家は東京入管に呼び出された。3回目の難民申請が不認定となったのを不服として審査を求めていた。審査は5年以上もたなざらしにされていたのが、審査棄却となり、3回目の申請の不認定が確定したのだ。
2024年の改正入管難民法の施行以前の難民申請が手続き中だと、強制送還できない。そのため、入管庁は手続きを終了させ、いつでも強制送還が可能な状況に父親を追い込んだのだ。父親は最後の手段として難民不認定の取り消しを求める裁判に踏み切っていた。
受け入れてくれる学校がみつからない
レイラ自身も壁にぶちあたっていた。
日本で生まれ育ち、小さな子どもたちの命を救うため看護師になりたいと願うレイラ。だが、高校卒業時期が迫る中、看護師養成のコースのある大学・専門学校で、在留資格がない仮放免の子どもを受け入れてくれる学校がみつからないのだ。それ以外の一般的な大学でも、「在留資格がないとだめと言われてしまった」という。
最後の頼みは、入管庁が在留特別許可により在留資格を認めてくれることだ。そのための審査の申し入れはしてある。だが、大学や専門学校への願書提出が必要な時期になっても一向に入管庁からは呼び出しがない。
レイラは言う。「やはりこの国にわたしの居場所はないのでしょうか」
(池尾 伸一/Webオリジナル(外部転載))