結成からわずか半年で中道改革は崩壊寸前…大惨敗した衆院選の敗因分析すらできない「野党第一党」の看板倒れ

最後まで読み通すのが苦痛だった。中道改革連合の、2月の衆院選惨敗に関する総括である。
なぜ読み通すのが苦痛だったのかと言えば、書かれていることの大半が「過去にどこかで聞いたような民主党(立憲民主党)批判」をなぞったものに過ぎなかったからだ。「立憲民主党と公明党の合流」という、従来の民主党系政党とは全く違う新たな状況のもとでの選挙の総括としては、あまりに物足りない。
内容が現在の中道の今後の党建設に多少なりとも役立つものなら、まだ救いようもある。ところが、書かれている内容と言えば、過去に民主党や立憲民主党が「外部有識者」なるものから散々アドバイスされ、結果として党勢をかえって衰退させてしまったものばかりだ。有り体に言えば平成の時代から脱却できていない、かび臭い指摘の羅列なのだ。つまりは「批判しない政党になれ」「左派色を薄めろ」……。
その路線をとって複数の野党が、政権交代どころか、ただの与党の補完勢力と変わらぬ存在になってしまった。そんな過去の歴史に学ぶことなく、中道は外部の声に振り回され、党勢をさらに衰退させる「いつか来た道」を選ぶのだろうか。
総括の「反省と教訓」で最も強調されていたのは「立憲民主党と公明党の支持基盤と得票議席を勘案すれば、一定の議席を確保できるとの前提に立ったこと」である。そして「とりわけ立憲民主党に投票していた無党派層等が投票したい政党を見失う等の一部離反を招き、加えて他党支持層の獲得にも失敗した」と分析している。
「一部離反」などという軽い言葉では済まない気もするが、ともあれ惨敗の理由が立憲の支持層、特に普段は無党派に近いが選挙では野党に投票するような層をごっそり手放してしまったとの見立ては、選挙直後からさまざま聞かれており、間違いではないだろう。そうであれば、中道が考えるべきはまず「立憲と親和性の高かった無党派層に再び支持(せめて共感)してもらうにはどうすべきか」であるはずだ。
ところが総括では「外部有識者」の指摘として「リベラルへの忌避感」が強調されている。「『リベラル=進歩的』というイメージは若者に通用せず」「リベラルと左派の混同を招き」「不寛容な左派的言動との明確な区別を」……。
これを逆噴射と言わずに何と言おうか。あまりこういう「立ち位置」的な言葉をもてあそぶのは好みではないのだが、2017年の旧党結党当時から「リベラル保守」を標榜してきた立憲民主党自体を、頭から否定する言葉の羅列である。「立憲民主党に投票していた無党派層」どころか、多少の疑問を抱きつつも中道の支持に踏み切ったコアな立憲支持層さえ、一気に切り捨てる表現だと言わざるを得ない。
支持層の再構築ももちろんだが、中道は今後「立憲民主党と公明党にそれぞれ残っている参院議員や地方議員とどう合流するか」という大きな課題を抱えている。この総括の記述を、立憲の参院議員や地方議員はどう読むだろう。仮にこれらの指摘に多少なりとも耳を傾けるものがあったとしても、こんな「切り捨て」感あふれる表現の総括は、3党合流の足枷にしかならないだろう。
どうやら総括は「若年層や現役世代の支持を得るには、リベラル色を消すべきだ」との立場に立っているようだ。「若い世代ほど保守系を支持する」との表現もあった。だが、その同じ総括には「中道は18歳~29歳で支持を伸ばした」との記述もある。
一体何を言いたいのか、わけが分からない。
総括には「日本において、政治システムの変革を望む声は強いものの、その対立軸は、イデオロギーというより経済格差など現実に即したものに変容している」という指摘があった。全く同感である。
であればこそ立憲民主党は、政権の選択肢たる野党第1党として「自助重視で公助を軽視する自己責任社会」に向かってきた自民党政治に対し「公助」の重要性を説き「支え合いの社会」をうたってきた。与党を離脱してきた公明党も、格差是正には積極的な姿勢だった。
公明党の政権離脱(それに代わる日本維新の会の政権入り)と、立憲と公明の合流による中道の結党は、与野党の「目指す社会像」のねじれを一定程度解消し、現実の政界における対立軸を分かりやすく整理する効果があった。筆者は今も、そのことは評価している。
中道が惨敗したのは、せっかく得られたこの対立軸を明確にして自民党と戦わなかったことだ。中道の綱領にうたわれた「持続的な経済成長への政策転換」「選択肢と可能性を広げる包摂社会の実現」という「目指す社会像」は、選挙戦から全く見えてこなかった。それどころか、こうした社会像と矛盾する「食料品の消費税率を恒久的にゼロ」を大きく打ち出した。これは致命的な敗因の一つだったと思う(この件については、2月12日公開「『高市人気が凄すぎたから』でも『公明に乗っ取られたから』でもない…旧立憲議員が『ほぼ全滅』した本当の理由」に記しているので、ここでは繰り返さない)。
総括はその「最大の敗因」には一切言及せず、中道が「対立軸が現実に即したものに変容しているのに、そこに対応しきれずにイデオロギー対立を前面に出した戦いに終始した(から負けた)」ことを強調することに苦慮している。それが前述した「リベラルへの忌避感」に関する言葉の数々である。
だが待ってほしい。いったい、中道の選挙戦のどこに、イデオロギーを前面に出した戦いがあったというのか。むしろ選挙戦に入る前に、安全保障や原発などをめぐり「立憲が譲る」形で「現実路線に転換」した印象の方が、有権者にははるかに強いのではないか。しかも総括はその方針を高く評価し「今後も堅持していくべきである」と書いているのだ。
だったら、なぜあのように惨敗したのか。全く意味が分からない。
イデオロギー問題と同様に、野党側を長くいたぶり続けているのが「野党は『批判ばかり』批判」である。総括にもやはりその記載があった。いわく「『政権批判が中心の従来型野党』から『政策論争重視の建設的野党』へ」という、耳にたこができそうなお決まりの言葉である。
2021年の衆院選で立憲が公示前議席を割った時もそうだった。選挙後の野党第1党の議席としては倍増に近い戦果を残したにもかかわらず、立憲は選挙結果を惨敗であるかのように受け止め「批判ばかりの姿勢が批判された」として「提案型野党」という無用の路線見直しにひた走った。結果として立憲は、国会での存在感が全くなくなってしまい、コアな支持者の信頼を低下させた上に、政権の選択肢となる野党を求めた非自民系無党派層の大量離反も招き、半年後の参院選で本当に大敗してしまった。
そんな失敗をまた繰り返そうというのか。
中道の敗因とはつまり①「自民党とは異なる『目指す社会像』を堂々と掲げて政権獲りに挑む」ことから自ら逃げて、少数政党が陥りがちな「減税ポピュリズム」に安易に乗ってしまった、②「現実路線」を過剰に強く掲げ、結果として自民党との差別化の機会を失った――の2点に尽きると思う。要は「野党第1党としての王道の選挙戦から逃げた」ということだ。選挙戦術などのあれこれは、これらに比べれば些末なことでしかない、と言っていい。
にもかかわらず、中道は選挙戦の総括で、こうした根本的な敗因分析から逃げた。そして、古臭い外部有識者とやらが平成の時代から念仏のように言い続けている「左派切り」「野党第1党の保守政党化」、有り体に言えば「ぼくのかんがえたさいきょうのやとうだいいっとう」化を求める圧力にあおられ、自らをさらに弱体化させようとしている。
民主党の政権転落以降の10年あまりを見ても、こうした路線の野党が獲得できるのは、衆院でせいぜい50議席程度であることは明らかだ。実際に連立政権入りした維新や、今も自民党から連立入りの秋波を送られ続けている国民民主党のように、政権の選択肢になることを諦めて、与党の補完勢力として政策実現を図るのなら勝手だが、政権の選択肢になるべき野党第1党が取るべき路線では決してない。
この期に及んでそれが分からないというのなら、相当おめでたいと言わざるを得ない。
あの衆院選から3カ月。中道は(議席が壊滅的に減ったのだから仕方ない面はあるが)野党の中核としての存在感を示せていない。最大の課題である立憲民主党や公明党との合流問題も進んでいるとは言えず、むしろ遠心力の強まりすら感じられる。
中道のあんな選挙総括を見せられれば萎える気持ちも分からなくはないが、まだ現状で諦めてはならないと思う。前述したように「目指す社会像」の近い勢力の糾合は、古臭い「非自民勢力の結集」とは異なる、政治の大きな力になり得るし、合流の結果地方組織という「地力」が強化されることも、政権の選択肢たる野党第1党の強みになるはずだ。そんな「新しい野党第1党」を成立させるため、関係者はなおその努力を諦めてはならない。
やるべきことは数多くあるが、まず急ぐべきは自分たちが掲げた基本政策が、本当に中道の「目指す社会像」に合致していたのかを、すべての分野で再検討することだ。どう考えてもベーシック・サービスをないがしろにできるわけがないし、安直に消費減税など言えるはずもない。7月に素案をまとめるという「政権ビジョン」で、それが明確に示されることは、党にとって死活問題であると言える。
だが、時間は限られている。求心力を持つべき中道が、その政治理念でもある包摂の姿勢を持てず、間違った方向性を発信し続けるなら、やがて合流の機運は絶たれ、政権の選択肢となる政党は失われてしまう。そうなれば、長い時間がかかるとしても、いま一度、中道でも立憲でも公明でもない「野党第1党の作り直し」から始めなければならない時が来るのかもしれない。
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(ジャーナリスト 尾中 香尚里)