政権発足から半年が経過してもマスコミ各社の世論調査で50~60%台の高い支持率を維持する高市内閣。その理由の一つは「実行力があるから」だという。世論の強い支持を後ろ盾に、高市早苗首相が進める肝いりの政策がインテリジェンス(情報収集・分析)の強化だ。
その司令塔となる「国家情報局」は今国会で関連法が成立する見通しとなっている。だが、高市首相の思いとは裏腹に、北朝鮮にあざ笑われるような「失態」が起きていたのだ。
平壌訪問団に再入国原則禁止対象の朴忠佑会長の情報も
日本近海への弾道ミサイル発射が常態化し、拉致問題も長く進展が見られないなか、日本国内の北朝鮮への関心は低下し続けている。そうした中、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の商工連合会と青年組織の代表団が4月21日から25日にかけて、北朝鮮の平壌を訪問した。
警察の公安部門や公安調査庁などの公安当局は日ごろから、北朝鮮の事実上の在外公館である朝鮮総連の動きに目を光らせている。複数の公安関係者によると、今回も警察や公安調査庁は、結成80周年を記念して商工連のメンバーら数十人が北朝鮮に渡航するとの情報を事前にキャッチ。渡航すれば日本への再入国が原則禁止の対象となる朴忠佑会長(76)も含まれているようだとの未確認情報もつかんでいたという。
日本政府は核・ミサイル開発や拉致問題を理由に北朝鮮に対して独自制裁措置を取っており、その中には人的往来の規制がある。朝鮮籍の特別永住者で、北朝鮮の最高人民会議代議員(国会議員に相当)を兼ねる朴氏は再入国原則禁止の対象なのだ。
朴氏の渡航情報の裏取りも入国審査を通過し再入国
朝鮮中央通信は訪朝団の到着後、趙甬元・最高人民会議常任委員長との面会など一行の動静を連日報道。記事では「在日本朝鮮商工人代表団の主要メンバー」と紹介し、朴氏の名前は触れられていないものの、掲載写真には朴氏がばっちり写っていた。「記事の写真により、未確認だった朴氏の渡航情報の裏取りができた」(公安関係者)という。
ところが、朴氏は訪朝団の一行とともに北京経由で4月26日に羽田空港に到着、何の支障もなく入国審査を通過し再入国できたのである。
安倍晋三元首相の後継者を自認する高市氏は「拉致問題の解決は、私に課せられた使命」と意気込む。「金正恩委員長と首脳同士で正面から向き合う覚悟、様々なルートを通じて様々な働きかけを今現在も行っている」とも公言している。朴氏の北朝鮮への渡航に、日朝交渉の再開を見据えた高市政権の便宜があったのではないか。
「どうやら単なる確認ミスだったようだ。正直、拍子抜けした」
強い関心を示したのが韓国政府だ。進歩(革新)系の李在明政権は北朝鮮に対し、南北関係の緊張緩和を目指し、対話や協力を重視する政策を打ち出しており、日朝首脳会談を模索する日本の動きにも神経をとがらせる。複数の韓国政府関係者によると、外交省だけでなく情報機関の国家情報院も動員し、朴氏再入国の背景について確認に動いたという。その結果は予想外だった。「北朝鮮側との水面下の動きの一環ではないかと思われたが、どうやら単なる確認ミスだったようだ。正直、拍子抜けした」と韓国政府関係者は話す。
警察の公安部門や公安調査庁はそれぞれ朴氏の訪朝を確認していたが、その情報が外国人の出入国や在留を管理する出入国在留管理庁に共有されていなかったというのだ。ましてや、公安調査庁は同じ法務省の外局である。省庁間どころか省内の縦割りが弊害となり、制裁措置がザルだったことが露呈してしまった。
朴氏の再入国に木原稔官房長官は
朴氏の再入国は一部の報道関係者の間でも話題となり、5月12日の木原稔官房長官の記者会見で質問が出た。木原氏は「措置に変更はないが、特定の個人に対する対応については事柄の性質上、政府としてお答えを差し控えてきている。引き続き関係省庁間で緊密に連携しながら対北朝鮮措置の実施を徹底していく」と答えるにとどめた。産経新聞は木原氏の発言を引用し、「日本政府は独自の制裁として北朝鮮を渡航先とした朝鮮総連幹部らの再入国を原則禁止しているが、北朝鮮との関係改善に向けて特例的に容認した可能性がある」と報じた。
だが、単なる情報の伝達不足であり、官邸に報告もされていなかったことを複数の政府関係者が認める。本来であれば朴氏の渡航前に政府内で情報共有が行われ、官邸の判断を仰ぐべきだったのではないか。
相当に根深い政府機関組織の縦割り
ある公安関係者は声を潜めてこう言う。「仮に、政権の高いレベルで極秘に北朝鮮との再交渉を見据えた決定をしていた場合、その方針に反する情報を上げたなら、余計なことをするなと叱責されるだろう。藪蛇になる可能性がある」。政府機関の組織の縦割りは相当に根深い問題と言えそうだ。
消費税減税をめぐって税率変更に時間がかかるレジシステムを「日本として恥ずかしい」と嘆いた高市氏。今国会で国家情報局創設の関連法案成立を優先させるほど関心の高いインテリジェンス分野での「失態」は、恥ずかしいどころの話ではないだろう。
(鈴木 拓也)