高市早苗首相が掲げる「責任ある積極財政」と“サナエノミクス”。日経平均6万円突破や賃上げの追い風のなか、政権初となる「日本成長戦略」に期待する声も少なくない。だが、筆者が入手した自民党提言の“原案”を読み解くと、そこに並んでいたのは岸田・石破政権時代と大差ない政策の数々だった。さらに浮かび上がるのは、「特別会計」と「複数年度投資」を軸にした危うい財政運営と、“サナエショック”への懸念である――。
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首相が進める政策を後押しする「応援団の結成」
高市政権が初めて描く日本の成長戦略はどのようなものなのか。国内外で「ジャパン・イズ・バック」を高らかに宣言し、強い経済を目指すという首相に期待している向きも少なくないだろう。
足元では、日経平均株価が史上初の6万円を突破し、高水準の賃上げが続いていることも日本再興に向けた雰囲気を醸成する。
5月21日には、自民党所属の8割超の国会議員(347人)が参加する勉強会「国力研究会」なるものが発足し、首相が進める政策を後押しする「応援団の結成」と報じられた。
だが、同会が重きを置くのは憲法改正や安定的な皇位継承などだ。外交・安全保障といった分野も机上に乗せつつ、保守政治家の大集団が誕生したといった見方が正しいだろう。
では、高市氏が掲げる「責任ある積極財政」とセットになる我が国の成長戦略はどのようなものになっていくのだろうか。
その答え合わせとなる「原案」を入手した
筆者は、その答え合わせとなる「原案」を入手した。だが、今夏に高市内閣が策定する初めての「日本成長戦略」は、残念ながらマーケットから嫌われるかもしれない。前段となる自民党「日本成長戦略本部」(本部長・岸田文雄元首相)の提言案を見ると、淡い期待が失望へと変わりかねない中身であることがわかる。
5月末に戦略本部の全体会合で最終調整を行い、首相に提言される予定だ。大半は政府の日本成長戦略に反映されるもので、いわば政府・与党の「原案」と言える。
それでは、具体的に提言案の内容を見ていこう。目次には、①徹底した投資による「強い経済」の構築と物価上昇に負けない賃金上昇の実現②成長の契機となる複数年度の視点・取組③成長を支える人材の結集④成長を支える資金の供給・確保⑤成長を牽引する企業の経営力の向上⑥成長を加速する国際連携―の6つが並ぶ。
「圧倒的に足りないのは国内投資である」
日本再興に向けた現状認識と重なる「徹底した投資による『強い経済』の構築と物価上昇に負けない賃金上昇の実現」においては、まず「我が国としても、『責任ある積極財政』という考え方の下、これまでにない大胆かつ柔軟な発想で、内外一体の思い切った政策を打ち出すことによって、足元の経済状況に的確に対応しつつ、経済成長を実現する必要がある」と説明。
そして、「圧倒的に足りないのは国内投資である。優先して取り組むべき17の戦略分野を中心に、様々なリスクを最小化する『危機管理投資』、先端技術を花開かせる『成長投資』の促進に徹底的なてこ入れをしなければならない」と指摘している。
日本経済の原動力になるのは「企業」であるとし、その前向きな行動変容を促すには政府自身も行動を変えていかなければならないとした上で、複数年度にわたる予算・税制措置へのコミットメントや投資、イノベーションを促進する需要の創出・拡大に取り組んでいくことが重要と説明。
日本の財・サービスが選択される「信頼できる経済圏」を構築することにより、国際秩序が大きく揺らぎ、我が国が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面する中でも、「強い経済」を実現していかなければならない、と提言する。
「労働市場改革」を進めていくべき
供給力の強化に向けた複数年度にわたるコミットメントに関しては、通常の歳出とは別に予見可能性をもって実施できるよう「新たな投資枠」を創設すべきであると指摘。
経済安全保障上、特に重要な分野の投資などについては、複数年度で財源を確保した上で「別枠」で管理する政策スキームを検討する必要があるとしている。
また、償還財源の裏付けのある「つなぎ国債」の発行によって先行的な資金調達を可能としたものについては、債務残高対GDP比やPB(プライマリーバランス)などの指標において経費および財源の金額を除いて別枠で管理すべきである、と踏み込んでいる。
日本経済が直面する労働供給制約においては、「人材なくして投資は実現しない」という観点から、人材の結集を図るべく官民連携の投資を担う人への持続的な賃上げを含む投資、産業人材の育成、それらを支える働き方改革の総点検を含む「労働市場改革」を進めていくべきとする。
すでに首相は「裁量労働制」拡大に向けた検討を政府内で加速するよう指示しており、労使による議論が今後白熱していくことになりそうだ。
デュアルユース(軍民両用)の技術・生産基盤の育成
ただ、リ・スキリングや職業能力開発の推進・支援、AX(AIトランスフォーメーション)時代の産業基盤を支える人材育成に向けた高校教育と高等教育の改革など、特に目新しいものはないと言える。
首相が力を入れる経済安全保障上、重要な分野への投資環境の整備についてはデュアルユース(軍民両用)の技術・生産基盤の育成や技術流出対策の強化、貿易救済措置の執行強化を行うべきとし、経済合理性に委ねると安定供給確保が困難な領域については国による支援の方策を検討するべきとしている。
また、地域の成長については「産業クラスター」形成など産業立地に必要な公共インフラなどの整備に加え、中堅・中小企業のサプライチェーン形成、産業人材育成を一体的に実施すべきと指摘。
GXを軸にコンビナートや脱炭素電源などを核とする産業集積を実現するべく、「GX戦略地域制度」による支援と規制・制度改革を一体的に措置すべきと提言する。
あれ…? これといって目新しいものがない
さらに、我が国が優位性を持つ技術の海外展開や海外の知見の取り込みを外交的に後押しすべく、「外交機会」の活用や国際連携を通じ、デュアルユース技術も含む信頼できる先端技術エコシステムの共創やスタートアップの海外展開支援、在外公館などを巻き込んだ産学官のネットワーク強化、世界トップ人材の受け入れや日本人研究者の海外派遣などによる「国際頭脳循環」、ODA(政府開発援助)の戦略的活用にも取り組むべきという。
ここまでの内容を見て、「あれ? 一体、サナエノミクスって何だったの?」と感じる方は政治・経済に精通しているだろう。それもそのはず、これといって目新しいものはないからだ。
岸田政権や石破茂政権時代と名称こそは違うものの、政策ごとに見れば焼き直し感が否めず、ごく一部を除いて事業規模を拡大・縮小しているものが大半である。
たとえば、地域の成長を目指す「産業クラスター」の形成は石破政権時代の地方創生と同じで、当時も「産業クラスター」との言葉で議論されていたものだ。AIなど先端技術への投資もこれまで実施されており、新味は欠いている。
ただ、問題はそれだけではない。先に「原案」から抜粋して触れた部分にはワケがある。
成長戦略にとって“肝”となる部分がどうにも怪しい
それは高市政権の成長戦略にとって“肝”となる部分がどうにも怪しいからである。具体的には、何度も登場する「複数年度」の投資という点である。この投資については、現時点で「GX国債」を先例とするスキームが政府内で検討されている。
GX債とは、政府が2050年のカーボンニュートラル達成という国際公約と産業競争力強化・経済成長を同時に実現していくため、10年間で150兆円を超える官民投資が必要との観点から長期・複数年度にわたり「脱炭素成長型経済構造移行債」を発行するようになったものだ。
そもそも、GX債のフレームを描いたのは、現在は首相秘書官を務める飯田祐二元経済産業事務次官である。これはエネルギー特別会計から新設すると思われる。
新設とする理由は、財政規律を重んじる財務省とは距離を置く高市首相の意向もあるのだろう。「GX債」を先例に特別会計をいじれば、財務省から事実上「査定権限」を奪うことが可能になるからだ。
以前、最先端半導体の量産を目指しているラピダスへの支援のための特別会計法改正、そして「先端半導体・人工知能関連技術勘定」なるものがつくられたが、それと同じことになる。
償還財源の裏付けのある「つなぎ国債」については、防衛関連費の増額分から持ってくることになるのではないか。
実際、自民党の安全保障調査会は国内総生産(GDP)比3.5%への増額を目指している北大西洋条約機構(NATO)などをにらみ、日本の防衛費増額の必要性を指摘する提言案を議論している。
財務省から査定権限を奪うことにつながる特別会計の活用
財務省から査定権限を奪うことにつながる特別会計の活用、そして防衛関連費の増額分がどうなるかは国民も目を光らせておくべきだろう。
防衛力強化に向けた財源確保のための防衛増税は今年4月に始まったばかりだ。法人税、タバコ税が上がり、来年は所得税の増税が待ち構える。今後も防衛費が増額されていけば、その分の負担増は当然ながら国民が負うことになる。
首相は「悲願」とする飲食料品の消費税ゼロ化を目指しているものの、一方で他の税目が増えていくのであればトータルで本当に人々の負担感が和らぐことになるのか疑わしい。
首相は「強い経済」を唱えるものの、5月18日には新発10年国債利回り(長期金利)が2.800%と1996年10月以来29年半ぶりの高水準をつけた。
長期金利上昇は、住宅ローン金利の上昇を招くだけではなく、企業の経営にも影響を与える。日銀が保有している国債の含み損も巨大になるだろう。円安進行も止まらない。
4月29日にはニューヨーク外国為替市場で円相場が下落し、一時1ドル=160円台半ばをつけた。政府・日銀は円安是正のための為替介入に踏み切ったが、円安が進行すれば輸入物価が上昇し、国民生活を脅かす。
はたして、高市政権初の「成長戦略」はマーケットや国民からどのように受けとめられることになるのか。もしも、それが期待外れに終わり、長期金利のさらなる上昇や円安進行につながっていけば、「サナエショック」が起きない保証はない。今後は、日銀の利上げ実施のタイミングにも注目が集まりそうだ。
文/竹橋大吉 写真/shutterstock