児童ら9500人発症、O157食中毒から30年 堺市で死亡の4人追悼

堺市で1996年7月に小学校の給食を食べた児童らが病原性大腸菌O157に感染した集団食中毒の発生から30年となった12日、市役所前で「追悼と誓いのつどい」が開かれた。市や学校関係者ら約400人が亡くなった4人の冥福を祈り、再発防止を誓った。
児童やその家族、教職員ら9523人が下痢や腹痛、血便などの症状を訴えた。女子児童3人が亡くなり、2015年に後遺症が原因で25歳の女性が死亡した。原因食材は特定されていない。被害者に対する市の補償の支払総額は7億6661万円で、10世帯11人との補償交渉は終わっていない。現在も後遺症のある人や健康面に不安のある人ら15人がフォローアップの腎臓検診の対象になっている。
つどいは、亡くなった児童の学年と学校名が刻まれた石碑の前で開かれ、参加者は黙とうをささげ、献花した。永藤英機市長が「亡くなった4人の無念と、最愛の人を失った遺族の深い悲しみを思い、痛恨の極みだ。心より哀悼の誠をささげる。発生から30年、二度とこのような痛ましい出来事を繰り返してはならないと改めて強く認識し、被害に遭われた方々を決して忘れず、事件を風化させないことを決意します」と追悼の言葉を述べた。
石碑は14年に市役所正面玄関前に建立され、高さ2・3メートル、幅1・8メートルで、「永遠(とわ)に」と名付けられた。「深く反省し、おわびするとともに二度とこのような不幸を繰り返さないことを誓い、冥福を心からお祈りする」などと刻まれている。
献花した堺市の介護関係の施設で働く女性(66)は「大変だったO157の時の教訓があったからコロナ禍を乗り越えることができた。感染症対策の大切さを職場の若い人に伝えたい」と話した。つどいに参加した市内の小学校の教頭は「毎年来ている。肝に銘じて学校運営をしていかなければいけない」と誓っていた。【中村宰和】