民間先行の赤ちゃんポストに自治体が挑戦、直面する課題とは… 「命を守る最後のとりで」と大阪府泉佐野市、ふるさと納税を活用

親が育てられない子を受け入れる「赤ちゃんポスト」と、一部の病院関係者だけに身元を明かして出産する「内密出産」。大阪府泉佐野市が全国で初めて、自治体主導での実現に向けて準備を進めている。予期せぬ妊娠などで赤ちゃんを遺棄する事案が尽きない中、泉佐野市は「命を守る最後のとりで」として、2026年度中の開始を目指す。 これまで民間先行の取り組みだったため、行政による積極的な関与を当事者は歓迎する。ただ、乳児院の逼迫や生まれた子どもの「出自を知る権利」の扱いなど課題は山積。実現には懸念が残る。(共同通信=鎌田理沙)
大学の卒業証書と生みの親の写真を手にする宮津航一さん=2026年3月
▽ゆりかごに「感謝」
2007年5月、熊本市の慈恵病院が日本で初めてとなる赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」を設置した。この初日に、1人の男の子が預けられた。当時3歳の宮津航一さん(22)だ。施設に描かれたコウノトリの絵は、その時の記憶として宮津さんの頭の中に残っている。
宮津さんは児童相談所による一時保護を経て、熊本市内のファミリーホームに引き取られた。「もう心配いらんけんね」。里親はありったけの愛情を注いでくれた。徐々に親子としての信頼関係を築いていった。 里親の元で暮らす子どもに、引き取られるまでの経緯を伝える「真実告知」は4歳の時だった。テレビでゆりかごの特集を目にした際、「僕ここ知ってる」と話したことがきっかけだった。
宮津さんは高校2年の2020年12月25日、里親との間に普通養子縁組が成立。現在は子ども食堂の運営に携わりながら当事者の目線を生かして全国で講演を重ねている。 宮津さんは自身の生い立ちを振り返り、きっぱりと言う。「僕はゆりかごでつながった命。この制度に感謝しています」
慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」。赤ちゃんは人形=2025年11月、熊本市
▽民間先行
慈恵病院で赤ちゃんポストが導入されてから19年が経過した。2025年には東京都墨田区の賛育会病院が続いたが、現時点で赤ちゃんポストと内密出産を実施するのは、この二つの病院に限られる。 児童虐待に関するこども家庭庁の専門委員会の検証によると、2023年度に発生や表面化した虐待による死亡事例は48人(心中を除く)。0歳児は33人と68・8%を占めた。生後24時間未満で死亡した「0日児」は2022年度の9人から16人へと増加し、行政や支援機関とつながっていたのはわずか1人だった。
予期せぬ妊娠や孤立出産で周囲に相談できぬまま悩んだ末、虐待や乳児の遺棄に至ってしまう―。 そうした最悪の事態を防ぐための取り組みが赤ちゃんポストや内密出産だが、民間先行の取り組みに対し、国からの支援はない。一部からは「安易な育児放棄を助長する」という批判の声もある。
慈恵病院の内密出産で生まれた赤ちゃん=2025年7月
▽「行政としても取り組む」。一石投じた泉佐野市
こうした現状に一石を投じたのが、泉佐野市だ。2025年5月、自治体主導で目指すと表明した。 千代松大耕市長は「女性が出産した子どもを遺棄してしまう事件は今でも続いている。行政としても対策に取り組みたい。命を守る最後のとりでになる」と決意を述べ、市外からの利用も想定する。
泉佐野市が連携先としたのは、市内にある「りんくう総合医療センター」。新生児集中治療室(NICU)などを備えた「地域周産期母子医療センター」として大阪府が認定する、地域の拠点病院だ。産婦人科を舞台にした漫画「コウノドリ」の主人公のモデルとなった医師の荻田和秀氏も在籍している。
この1年、泉佐野市は実現に向けた施策を相次いで進めた。
妊産婦らのオンライン相談を開始し、千代松市長自ら慈恵病院を視察。内密出産の費用は全額市で負担とすると表明し、出産前後の女性が滞在するシェルターの整備方針を示した。センター改修に予算を計上し、赤ちゃんポストは「赤ちゃんいのちのバトン」と命名した。
こうした自治体の関与に、慈恵病院に預けられた宮津さんは「社会から認められた制度かどうかで、本人の自己肯定感も変わる」と期待を寄せる。
慈恵病院を視察する千代松大耕市長=2026年2月、熊本市
▽「内容煮詰まらず見切り発車」懸念の声も
ただ、急ピッチの計画は粗さも目立つ。
受け入れた赤ちゃんを養育環境につなげるためには、乳児院や大阪府の児童相談所との連携が必要となる。しかし府担当者は「表明前に、こちら側に打診もなかった」と不安をにじませる。
6月の府議会でも赤ちゃんポスト事業が話題となり、泉佐野市の構想を府が説明した。事業初年度には赤ちゃんポストと内密出産でそれぞれ20人、計40人を受け入れるという想定だが、府主管の乳児院4カ所は定員計140人のうち3分の2を超えて埋まっており、府は「初年度から行き先に困る子どもが生じる恐れがある」。
家庭で一定期間養育する「養育里親制度」では、府は2025年度に157家庭で子どもを受け入れた。ただ、これ以上の余力はほとんどないのが現状だ。児童養護施設、児童自立支援施設などで養育する場合、自立まで府には費用負担も求められる。 府の関係者は「泉佐野市の事業によって乳児院の逼迫が想定されるし、府では児相対応も必要。市は準備不足」と言い切る。
泉佐野市は「事業計画書」を取りまとめて府に提出していたが、府からは人員配置の詳細や赤ちゃんを養育につなげる流れなど、細部の詰めを求められている。千代松市長は5月29日、赤ちゃんポストの運営開始目標を2027年1月末と表明したが、府側では「内容も煮詰まっていないのにスタートの時期だけ表明して、見切り発車にならないか」との声が上がる。
大阪府泉佐野市が「赤ちゃんポスト」の設置を連携して進めると表明した、りんくう総合医療センター=2025年6月
▽「出自を知る権利」は…
生まれた子が自身の誕生の経緯に触れる「出自を知る権利」も焦点だ。
内密出産に関して国が示した指針では、母親の身元情報の管理を医療機関に委ねているが、泉佐野市の場合、連携先のセンターは市による情報管理を期待している。泉佐野市は出向職員による取り扱いを想定し、調整が続く。 子どもが一定の年齢になって希望する場合、出自に関する情報にアクセスできるようにする運用が想定されるが、母親の意向やプライバシー保護もあり、子どもが望む形での情報提供がなされるかどうかは不透明だ。出自が分からず、当事者が苦しむ場合の対応まで想定が求められる。
何より赤ちゃんを手放そうとする女性に対し、他の行政サービスにつなげることなど、他の道が残されていないのかどうかの見極めも重要となる。大阪府の担当者は「赤ちゃんの境遇を考え、泉佐野市には受け入れの指針が必要だ」とする。
▽ふるさと納税を活用
懸念は費用面にも残る。
泉佐野市によると、ふるさと納税の寄付金を原資とした福祉基金を活用し、設備工事や運営に充てる方針だ。泉佐野市へのふるさと納税は、2025年度末の時点で累計寄付額が1730億円と際立っている。 ただ、「恒常的な寄付を確保できるのか。命に関わる事業なのに、寄付がないから続けられないというのはまずい」という懸念や「泉佐野市への寄付金なのに、市民以外も利用できる赤ちゃんポストと内密出産に使っていいのか」という意見が市内外から寄せられているという。 泉佐野市は今年3月から、使途を赤ちゃんポストや内密出産などに限った寄付の募集を新たに開始。市幹部は「全国からの寄付金なので、全国にいる予期せぬ妊娠で悩む人に使うのは問題ない」と説明した。
子ども家庭福祉や赤ちゃんポストに詳しい大阪総合保育大の山縣文治・特任教授は「自治体が取り組むことは利用者の安心につながる」と市の取り組みを評価する。 その上で、乳児院との連携や里親の充実には、養子縁組の斡旋団体と関係を持っておくなど市の積極関与も求められると指摘。国には「市の取り組み継続に協力すべきだ」と話した。