[ロッキード事件50年]<3>
<1億円(ピーナツ100コ)を、丸紅幹部に手渡したのは政府高官に支払うためであった>
<丸紅の幹部を通じて政府高官に支払われたのは、およそ200万ドル>
読売新聞が入手した事件の報告書。「極秘」と印字され、米ロッキード社幹部が1976年2月、米議会で証言した内容が記されている。販売代理店の丸紅を通じて、全日空に旅客機の売り込みをもくろんだ贈賄工作だ。ピーナツ1個は100万円を意味し、200万ドルは当時のレートで5億~6億円に相当する。
日付は〈昭51・6・30 特捜〉とある。ロッキード事件で、東京地検特捜部が、元首相の田中角栄を逮捕する1か月前だ。報告書は検察で作成されたとみられる。特捜部はロ社幹部らの証言をきっかけに捜査に着手。76年8月、丸紅側から5億円の賄賂を受け取ったとして田中を起訴した。
疑惑は、田中にとどまらない。
〈極秘 無期限〉〈取調結果の概要〉と題した別の資料には、〈51・9・7 特捜部〉とあり、自民党の国会議員だった12人の氏名が並ぶ。事件では、全日空を介した政界工作もあったとされ、政治献金の状況などがまとめられていた。現金受領の日時や場所、金額などが議員ごとに記され、場所は議員会館が多く、100万円単位が目立つ。
12人の中には、後に首相となる閣僚もいて、全日空から少なくとも計360万円を受け取ったことを認めていた。全日空社長の供述として「裏金から出した」という記載もある。
12人は立件されなかったものの、二つの資料からは、不透明なカネが政界に流れた疑惑が浮かび上がる。
戦後、政治とカネの問題が発覚しては、議員立法の政治資金規正法が改正される事態が繰り返された。
初の大幅改正は75年で、企業・団体から政党への献金を最大1億円に制限するなどした。きっかけは、田中の「金脈問題」だ。田中は、自身の関連会社が買い占めた土地が後に値上がりし、巨額の利益を得たなどとして批判を浴び、74年、首相辞任に追い込まれた。
89年には、値上がり確実な未公開株が政官財に譲渡されたリクルート事件が摘発され、政治資金パーティー券の購入額に上限ができた。その後も、自民党派閥の政治資金パーティーを巡る不正が2024年に摘発されたことを受け、パーティー券購入者の公表基準額が引き下げられた。
積み残しになっている問題もある。企業・団体献金の取り扱いだ。
「全面禁止は政治活動の自由の過度な制約だ」。6月16日に開かれた衆院の「政治改革に関する特別委員会」で、自民党の議員はそう訴えた。日本維新の会の議員は「今後も受け取ることはない」と強調。野党の議員からは全面禁止を求める意見が出て、議論は平行線のまま終わった。
政治資金に詳しい日大名誉教授の岩井奉信(75)は「ロッキード事件は絶大な権力を持つ田中元首相に巨額の金が渡り、元首相個人の問題とされた。派閥のパーティー券を巡る不正は、多くの政治家が関わり、組織的に違法行為が行われた点で、より悪質性が高い」と指摘する。
政治資金は、収支の透明性を確保することがなにより重要だとし、こう訴える。「最も問われているのは、ルールを見直す立場にある政治家自身の資質だ」
疑惑が浮上した国会議員には説明責任を果たすことが求められる。その場の一つである政治倫理審査会はロッキード事件を機に発足したものの、十分に機能しているとは言い難い。
田中が1983年に実刑判決を受けると、野党は田中の議員辞職を求め、国会審議を拒否。正常化を図るため、与野党で合意したのが、政倫審の発足だった。
元参院議員の平野貞夫(90)は、衆院の職員として政倫審づくりに関わった。野党は当初、議員辞職勧告ができる厳しい案を主張した。だが、85年2月、田中が脳梗塞(こうそく)で倒れると、風向きが変わった。
「自分で自分の首を絞めるような制度にする必要はない」。平野は野党議員の言葉を忘れられないという。政倫審は85年12月、衆参両院に設置。出席は任意で、偽証罪の適用もない。
2024~25年には、パーティー券問題で政倫審が開かれ、衆参計約50人の議員が弁明したものの、実態解明にはつながらなかった。平野は「政倫審は『みそぎの場』程度にしか使われていない」と嘆く。
繰り返される政治とカネの不祥事。政治家側の自浄作用が不十分なのは今も昔も変わらない。(敬称略)