「ラブホ・バスローブ会見」は職を失うほどの問題なのか…SNS炎上に屈して「異例の重い処分」を下した秋田県の罪

発端は、何気ない記者会見だった。8月6日、秋田県は、日本最大級のAIデータセンター建設に関する記者会見を開いた。アメリカのAI関連企業と、秋田市のIT関連企業が、同市北部の工業団地にAIデータセンターの建設を進める計画だという。
このニュースを報じた秋田朝日放送の夕方のニュース番組「情報ニュースショー トレタテ!」の動画を見る限り、秋田県側の会見については言及されていない。県のウェブサイトには、私が確認した限りでは発表資料が掲載されておらず、また地元紙の秋田魁新報は、当該企業2社が「計画を明らかにした」と報じている。こうした事情に鑑みると、今回の会見は秋田県からの発表というよりも、こうした報道を受けた急な説明だったのではないか。
問題になったのは、この先である。秋田テレビのニュース動画を見ると、その会見にオンラインで出席した、県産業労働部の企業誘致推進監(当時)の男性(以下、「男性」)が、カメラをオンにしていなかった。他の県職員から「もし可能であれば」と促された末に映ったのは、おそらくスマートフォンからと思しき縦長の画面だった。そこにはメガネをかけた男性が、白いバスローブ姿で、隣の人物と談笑しており、時折、鼻からタバコの煙のような白いものを吐き出していた。
そればかりか、堂々と喫煙する姿も見せたことなどから、批判が集まった。同県産業労働部長が翌7日に記者会見を開き、謝罪する中で、男性の行動を説明した。8月5日に東京での公務があり、翌日に秋田に戻った。体調不良のため自宅で療養をしており、横にいたのは妻であり、タバコは「無意識に1本吸った」という。
ここで、SNSを中心に炎上する。県の、それも幹部職員が、バスローブにタバコで会見とは何事か、と。
1週間後の14日になって、県が二度目の説明を行う。そこでは、男性が「自宅」ではなく「ホテル」におり、「配偶者ではない女性」=不倫相手と一緒にいたと訂正した。加えて、6日の勤務については、7日になってから提出された休暇申請を事後承諾したとも明らかにした。秋田テレビによれば、8月14日午前8時半までに県に対して145件の苦情が寄せられたという。
こうした経緯を重く見た秋田県は男性を停職6カ月と、課長級から主幹へと2段階降格させる処分を課した。
重要なのはここからである。元大阪府知事の橋下徹氏は、8月17日放送の関西テレビ「旬感LIVEとれたてっ!」において、次のように述べた。
「重すぎる」のかどうか。秋田県では、教職員についての「懲戒処分の基準について」は教育委員会が公表しているものの、県職員については、今回参照できる懲戒処分の具体的な量定基準を、管見の限りでは確かめられなかった。ただ、教職員についてと同じく、「人事院が作成している『懲戒処分の指針』等を参考に処分の量定を決定する」と思われる。
その「指針」では、今回の処分対象と思われる「虚偽報告」は、「減給又は戒告」としている。「停職」は、たとえば「正当な理由なく11日以上20日以内の間勤務を欠いた職員」つまり、長期の無断欠勤であったり、「他の職員に対する暴行により職場の秩序を乱した」場合であったりする。
ほかにも、秘密漏洩、入札談合への関与、セクハラといった、刑法犯として罪に問われかねない事案が「停職」に当たる。秋田県の「職員の懲戒の手続及び効果に関する条例」では、「停職の期間は、1日以上1年以下」と決められているとはいえ、半年間は短いとは言えまい。
橋下氏の言うように、この処分は「重すぎる」のだろうか。
「弁護士ドットコムニュース」が8月20日に配信した記事では谷真介弁護士が、先に見た橋下徹氏とは反対に、記者会見の姿が「信用失墜行為」(地方公務員法第33条)にあたり、また、県幹部として「責任者的な立場にあったこと」も「処分を加重し得る事情」=「加重事由」となり得ると解説している。
他方で、朝日新聞によれば、「SNSなどで、様々な情報が発信され、批判が殺到する結果を招き、社会的に大きな影響を及ぼすに至った」のであり、「その後の聞き取りでも職員は虚偽の説明を繰り返した」ことが、「重大な信用失墜行為」だとして、秋田県は懲戒処分を下したのだという。
橋下、谷、両弁護士の見解とは異なり、県は、虚偽説明の反復により信用を失わせたというのだが、果たして、そうなのだろうか。
県の聞き取りの詳細が明らかにされていない以上、メディアに出ている限りでは、この男性によるウソは、「自宅」ではなく「ラブホテル」だったところと、「妻」ではなく「配偶者ではない女性」だった点、くらいなのではないか。
「その後の聞き取り」と付け加えているのだから、秋田県は、「その後」に「繰り返し」なされたという「虚偽の説明」についても、説明しなければならないのではないか。説明がない以上、「その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為」=信用失墜行為が何なのか、わからないのではないか。
批判された8月6日の記者会見の翌7日に男性が提出した休暇申請を、事後的に受理した県の姿勢は、どうか。「休暇中だったから問題はない」という言い訳で、今回の事案をやりすごそうとしていた可能性はないのか。
県のウェブサイトには、私は、今回の処分についての説明を見つけられていない。人事院の「懲戒処分の公表指針について」では、「職務遂行上の行為又はこれに関連する行為に係る懲戒処分」は公表するものとされており、記者会見では明らかにしたと見られるとはいえ、それこそ、「社会的に大きな影響を及ぼすに至った」以上、多くの人にわかる形で公にしなければならないのではないか。
仮に、秋田県の説明を受け入れ、虚偽の説明=「減給又は戒告」に、虚偽説明の反復=「信用失墜行為」が加わったとしても、果たして6カ月の停職まで重くなるものだろうか。少なくとも、後者については、県のサイトには公表されていないし、報道を見る限りでは、詳らかではない。
となると、「SNSなどで、様々な情報が発信され、批判が殺到する結果」を、行政機関が重く見て、処分の検討にあたって、考慮したのだろうか。法令を最も遵守しなければならない行政機関が、世の中の空気に抗えず、「減給又は戒告」では炎上を鎮火できないと慌てて、加重したのだろうか。
もちろん、SNS上の批判が処分を直接重くしたと断定することはできない。県がどの事情をどの程度考慮して処分を決めたのか、その内部過程が明らかになっていないからである。だからこそ問うべきなのは、「SNSが処分を重くした」との断定ではない。SNS上の批判を、行政機関が懲戒処分の理由としてどこまで考慮してよいのか、と問わなければならない。
とはいえ、ここで、SNS悪玉論を唱えたいわけではない。SNSが行政を歪めたのだ、と言いたいわけではない。たとえば四半世紀以上前にも同じような、地方自治体の幹部職員の炎上があったからである。
2000年10月、長野県知事選挙に当選した作家の田中康夫氏が、初めて登庁する。各部署への挨拶回りで名刺を配布していると、当時の企業局長が、「(社長が)社員に名刺を渡す会社は倒産する会社ですよ」と知事に応じた。それでも名刺を渡した知事に向かって、企業局長は「ないことにさせていただいてよろしいですね」と言いながら、名刺を折り曲げた。
この一連のやりとりはテレビカメラの前で行われ、当日のニュースで全国に報じられると長野県庁には苦情の電話が殺到し、今で言えば炎上した。4日後に企業局長は辞表を提出したが、田中氏が慰留し、その職にとどまった。
今回とは逆に、集まった苦情を逆手にとって、田中氏が知事として、みずからの器の大きさを示した事案だったといえよう。
ひるがえって秋田県知事といえば、クマの駆除への抗議電話に「ガチャン」ですよ、と電話を切るポーズを見せた佐竹敬久・前知事が思い浮かぶ。プレジデントオンラインの取材に対しても、その「ガチャン」を再現していたほど強気だった佐竹氏とは異なり、今の鈴木健太知事は、「県民の皆様に大変不快な思いをさせてしまったことを深くおわび申し上げます」とコメントしている。
謝るのは良いとしても、今回の処分が妥当なのかどうか、疑問は消えない。145件の苦情は、時代の違いを考慮した上でなお、2000年に長野県に寄せられた1万件よりも、はるかに少ない。
それでも、「バスローブ姿で咥えタバコ会見」への「批判が殺到」してから20日ほどが過ぎた今では、先に見た橋下徹氏や谷真介氏などの弁護士によって、処分について「重すぎる」、あるいは「やや重い印象」と疑念が呈されている。
ことほどさように、「SNSなどで、さまざまな情報が発信され」る状況は、うつろいやすく、忘れられやすい。このニュースそのものへの関心よりも、処分が妥当かどうかのほうが、まだ注目されているほどだろう。炎上は短命だが、処分の傷は長く残り、今回の男性職員にとっては、職を失うほどのインパクトがある。
こうした状況に右往左往していては、行政の原則は、いくらでも捻じ曲げられてしまうのではないか。
もとより、日本では、大きく話題になった事件の刑事裁判で「社会的制裁を受けている」として、量刑の裁定にあたって考慮されるケースが少なくない。今回の秋田県の事案でも、すでに実名でさんざん報道されており、十分過ぎるほどに「社会的制裁を受けている」のではないか。
であるなら、秋田県は、まずもって今回の処分の妥当性について、広くウェブサイトなどを通じて、理由を明らかにすべきである。それが難しいのであれば、さまざまな基準に照らして、あらためて考え直すべきではないか。
ネットリンチに遭うだけではなく、リンチそのものが処分をさらに重くするのなら、その加重には、歯止めがきかなくなるのではないか。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)