参議院議員の辻元清美氏というと、たびたびモノマネされる「総理! 総理! 総理!」と呼びかけた国会質問や、「へこたれへん」というタスキをかけた選挙活動が思い浮かぶ、女性議員の代表的な存在だろう。
日本初の女性宰相となった高市早苗氏と辻元氏は同じ関西出身で同学年、ともに国会議員として20年以上を永田町で過ごしてきた。作家の日野百草氏が、現在の国会や高市氏をどう見ているのか、辻元氏に聞いた。(前後編の前編)
女性議員が少ないことで後回しに
――辻元さんは高市首相と同じく1990年代から政治家を続けてきたわけですが、現在の女性議員についてどう見ていますか? 残念ながら、女性の数が増えているとは思えない状態にあると思いますが。
辻元:はい。女性議員の数で言えば衆議院はほとんど変わっていません。増えてない。北欧のように本来は男女議員を同程度の数にしなければいけないのに。
日野:男女に一定の割合や人数を割り当てるジェンダー・クオータ制ということですね。日本の参議院の女性議員の割合は29.9%ですが、2026年の衆議院は14.6%でむしろ2024年総選挙(15.7%)より減っています。
辻元:2025年に国会議員として在職25年を迎えて、永年在職議員表彰を受けたのですが、男性は戦前の選挙権のあった時代から数えて500人以上いますが、女性は19人しかいません。日本で女性参政権が認められたのは1945年以降だから、と考えても少ない。
日野:戦前から婦人運動を牽引した加藤シヅエさんや市川房枝さんといったレジェンドを入れても19人と。もちろん女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんも入りますね。
辻元:私の初当選は土井さんが社会民主党党首だった時代、自民党の橋本龍太郎さんが首相だった1996年でした。同期は保坂展人さん(現・世田谷区長)と中川智子さん(元・宝塚市長)、36歳のときでした。
日野:当時、高市首相はすでに国会議員でしたね。テレビキャスターから1992年の参議院選挙に無所属で挑み落選、翌年の衆議院選挙に無所属で当選。初出馬では自民党に公認を断られ、当選しても新党さきがけに公認を断られるなど苦労しています。
辻元:私は出馬要請を受け、決断から20日で当選しましたが、やはり女性議員は難しい。1期2期と継続するとなるともっと難しい。だから、国会議員を25年やった人はまだ19人なんですね。
日野:当時もいまも難しいままだと。