24歳「頼りになる息子」の命奪った飲酒運転事故から2年、遺族が献花…懲役4年6月「抑止力にならない」

北海道小樽市銭函の国道5号で2024年9月、飲酒運転の乗用車が対向車線にはみ出し、正面衝突された車を運転していた大学院生の田中友規さん(当時24歳)が死亡した事故は22日、発生から2年を迎えた。悪質な飲酒運転が絶えず、厳罰化が進む中で起きた事故。現場で花を手向けた遺族は、志半ばで命を奪われた家族の冥福(めいふく)を祈った。
22日午後3時前、遺族が事故現場を訪れた。車が行き交う国道の脇に花が供えられている。母親は水をやり、新しい花を添えた。「誰からも愛される子でした」。遺族は静かに手を合わせた。
事故は24年9月22日午前7時20分頃に発生。札幌市内に向けて走行していた田中さんの車は、車線をはみ出してきた対向車に衝突された。田中さんは約1時間後、搬送先の病院で死亡が確認された。対向車を飲酒運転していた受刑者の男(34)は今年8月13日、自動車運転死傷行為処罰法違反(危険運転致死)で懲役4年6月の判決が確定した。
「息子は頼りになる長男でした」。7月8日に行われた男の公判で、被害者参加制度を利用した母親はすすり泣きながら思いの丈を述べた。父親、妹、弟も言葉を絞り出した。
田中さんは小学生の頃から医師を目指していたが、修学旅行で米マサチューセッツ工科大学を訪れた時、工学系の研究者になるという新たな夢を見つけた。北海道大学に進学し、大学院では就職を希望する会社の就業体験にも参加。「同じ研究をしている会社だから、とても行きたい」とうれしそうに話していた田中さんの姿を、母親は忘れられないという。
事故の1か月前に、毎年恒例の家族旅行で広島県の厳島神社などを回った。翌年は就職活動が忙しくなるため、田中さんはこう言った。「これが最後の家族旅行になるかもね」
飲酒運転根絶のための厳罰化は進む。それでも悲惨な事故はなくならない。男も前日夕方から翌朝まで、札幌市内の複数の飲食店で約12時間にわたって酒を飲んだ後、仮眠を取ることもなく小樽市に向けてハンドルを握った。
男は過失運転致死容疑で送検されたが、札幌地検小樽支部は1年以上の捜査の末、危険運転致死罪で起訴した。ただ、札幌地裁小樽支部の判決は最愛の家族を失った遺族の想像よりはるかに短かった。
判決後、遺族は量刑の軽さに驚きと憤りを隠さなかった。望んでいた同罪の適用を評価しつつも、「飲酒運転を重く裁こうという時勢の中、酒を飲んだ運転で人一人が死んでいるのに市民感覚からして軽すぎる」と心境を吐露した。
事故から2年。遺族の気持ちの整理はついていない。この日、父親は「2年たったことに特別な感情はない。でも、あの年で亡くなることは想定していなかった」と静かに語った。母親は「誕生日が来る度に年を数えてしまう」と言い、こうこぼした。「4年6月という判決では、飲酒運転の抑止力にはならない」