生成AI(人工知能)の使用履歴が有罪を立証する新たな証拠となりうるか――。薬物密輸事件の公判で、AIとのやりとりが証拠として提出された。海外から荷物を受け取って報酬を得るリスクについて、AIは違法性を警告。それを読んだ被告の認識を巡って、検察側と被告側の主張が真っ向から対立した。(八巻朱音)
「『薬物』『違法』との回答をみてリスクを考えたのではないか」。9月10日、東京地裁で行われた被告人質問。検察側は、無罪を主張する被告の男(35)に、違法性の認識を問いただした。
被告は3月にドイツから合成麻薬「MDMA」を密輸したなどとして起訴された。荷物を受け取る前、そのリスクを対話型生成AI「チャットGPT」に質問。すると、「かなり危険」「薬物・違法物である」などと示されていた。
刑法は原則として、罪を犯す意思(故意)がなければ罰しないと定めている。検察側は被告に対し、「AIから違法性を指摘されてどう思ったか」「気になってリスクを(AIに)聞いたのでは」と追及。被告は「AIが100%合っているとは思っていない」「流し読みだった」などと繰り返した。
検察側は9月30日の論告で「被告は規制薬物と未必的に認識していた」と主張。これに対し、弁護側はAIとのやり取りでは故意の立証が不十分だと反論した。
薬物密輸事件を巡っては近年、被告が荷物の中身を「薬物とは考えなかった」と主張し、無罪となるケースが目立つ。
最高裁のまとめによると、裁判員裁判対象の覚醒剤取締法違反事件では、昨年までの10年間で40件の無罪判決が出た。無罪の割合は4・65%と全体平均の約3倍に上る。
薬物密輸の罪が成立するかどうかについて、最高裁は1990年の判例で「『違法な薬物かもしれない』との認識があれば足りる」との判断を示している。
ある検察幹部は「今後、故意の立証がポイントとなる裁判で、AIの使用履歴を立証に活用するケースは増えるだろう」と話す。
検察は、故意の立証にインターネットの検索履歴などを活用しているが、検索の意図がはっきりせず、うまくいかなかったケースもある。
和歌山県の資産家に覚醒剤を摂取させて殺害したとして元妻(30)が殺人罪などで起訴された事件では、「老人 完全犯罪」「覚醒剤過剰摂取」といった検索履歴を基に、検察側は「殺害するために覚醒剤を入手しようとした」と主張した。
だが、和歌山地裁、大阪高裁は「検索履歴は、目的意識に基づくものもあれば、興味関心の赴くままに検索し、漫然と視聴するものもある」などとして無罪とし、検察が上告した。
星周一郎・東京都立大教授(刑事法)は「AIでの『会話』の履歴は、ネットの検索履歴と比べ、質問の意図やそれに対する回答から、使った人の認識を客観的に示しやすく、故意の立証に有効なツールになる」との見方を示す。
AIは誤回答をする「ハルシネーション(幻覚)」のリスクも指摘される。星教授は、AIの回答を信用するかどうかは、技術の進展や社会への浸透の度合いで変化すると指摘。「裁判所がAIの信用度をどう評価するかで証拠としての重みも変わってくる。判断が注目される」と話した。