日中対立「原因を作ったのはこちら」岩屋毅、発言を中国政府にまんまと利用されて日本は世界の笑い者…「異例の厚遇」の実態

9月末に訪中し、「異例の厚遇」と報じられた岩屋毅前外相。だが岩屋氏によると、王毅外相に対話の窓口を開くよう求めると、返ってきたのは駐日大使に任せるという答えだった。首相答弁を「事実上の撤回」として扱う打開案も退けられた。さらに帰国後の「原因を作ったのはこちら」という発言は、中国外務省の会見で高市政権に反省を迫る材料に使われた。作家の小倉健一氏は「成果を誇る元外相の訪中は、中国に利用されただけではなかったのか」と疑問を投げる。
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「原因を作ったのはこちらなのだから…」
「原因を作ったのはこちらなのだから、こちらから積極的に動くべきだろう」 2026年9月末に中国を訪れた岩屋毅前外相が、帰国後、10月1日に電子メールでロイターの取材に答えた言葉だ。
同じ取材で中国が対話の窓口を閉ざしていることにも触れているのだが、10月12日の中国外務省会見では、中国紙「環球時報」の記者が、岩屋氏の発言を「関係悪化の原因は日本側にある」という趣旨で紹介した。当該質疑では、中国側の窓口閉鎖への言及はなかった。
記者は岩屋氏の発言に続けて、日本国内には歴史の責任から逃れるやり方を批判する声もあると紹介した。毛寧報道官は、それらをまとめて理性と良心の表れとして評価し、関係悪化の責任は全面的に日本側にあると主張した。
会見録には「彼らが言っている通り」と受ける言葉まである。岩屋氏ら日本国内の声を、自分の主張の裏づけに使ったわけだ。
さらに日本の政権担当者に、国内の正義の声を聞き、台湾や歴史、対中認識について反省するよう迫った。中国側の窓口閉鎖を指摘した部分は、当該質疑の質問にも回答にもない。
日本の元外相の「軽すぎる言葉」
中国が日本側へ責任を押しつける際に使ったのは、日本の元外相の言葉だった。私はこの発言の軽さに驚く。
岩屋氏は中国に対話の再開を求めに行った。本人の説明によれば、打開案を拒まれて帰国した後に、相手が自らの対応を正当化する材料まで提供した。首相を批判する言葉の使われ方に、あまりに警戒が薄い。
岩屋氏は民間の経済団体、日本国際貿易促進協会(国貿促)の会長として訪中した。9月28日に王毅外相、翌29日に何立峰副首相と会談し、中国共産党の政治局員2人が連日応じたことが「異例の厚遇」と報じられた。
両国の関係が冷え込んだきっかけは、前年11月の高市早苗首相の国会答弁だ。台湾有事を巡り、武力行使を伴う場合には「存立危機事態」になり得るとの認識を示し、中国が反発した。
岩屋氏が王毅氏に政府間の対話の窓口を開くよう頼むと、王毅氏の返答は「呉江浩駐日大使に任せてある」というものだった。
岩屋氏が王毅外相に伝えたこと
これは、首脳や閣僚の会談を再開するという約束ではない。対話を求めて北京へ出向き、東京にいる大使を示された。首相答弁を巡っては、岩屋氏の方から打開案を出している。
10月7日の時事通信のインタビューによると、首相は追加答弁などで政府方針が変わっていないと説明しており、撤回には政治的に高いハードルがあると王毅氏に伝えた。そこで1972年の日中共同声明の趣旨を両政府で改めて確認し、「事実上の撤回」として扱う案を示した。
岩屋氏によれば、王毅氏は、曖昧な方法はよくない、問題を起こした本人が解決すべきだと退けたという。
国交正常化の際の合意を確認するだけなら、両国の立場を確かめる話だ。そこに、首相の答弁を撤回扱いにする意味を付け加えたのは岩屋氏だ。少なくともこの提案は、中国側の要求に沿って、日本側の引き下がり方を探っているように見える。
岩屋氏が撤回の難しさを政治上の問題として説明すれば、中国には、日本側も撤回の方法を探していると受け取られかねない。王毅氏はその案さえ拒否した。私が批判するのは、中国の要求の妥当性より、日本がどう応じるかという話に踏み込んだ点だ。
経済団体の会長による訪問で、首相の国会答弁の扱いまで代案を提示した点も見過ごせない。
懸案が片づいたという話は出てこない
岩屋氏の公式サイトに掲載された10月2日付の訪中報告には、訪問の主たる目的は経済交流の円滑化と活性化であり、日本政府による関係改善の努力を国貿促として側面から支援していくとの説明がある。
ただし、この報告からは、首相答弁を「事実上の撤回」とする提案について、政府の了解があったかは分からない。首相の答弁を事実上取り消す提案について、政府とどこまで調整したのか。
岩屋氏が説明すべきなのは、政府との連絡の有無にとどまらず、この提案に対する政府の了解の有無と、その範囲だ。
岩屋氏は地元の会見で、外交は政府間で行うものだとも述べている。政府の仕事と民間交流の境目を承知していたわけだ。首相答弁の扱いに関する代案を中国側に示す以上、経済団体として行ったという説明だけでは足りない。
レアアースの対日輸出についても、何立峰氏から返ってきたのは、民生用、つまり軍事用途以外なら問題ないという説明だった。
中国商務省は1月8日の会見で、対日軍民両用品輸出管理について、民生用途に影響はないと述べている。民生用途への基本的な説明は、8カ月以上前と同じだった。
一方、時事通信によると、何氏は管理方法の改善を模索しているとも説明したという。だが、それが実際の輸出円滑化につながるかは見通せない。帰国後の岩屋氏自身がロイターに、現場では輸入がかなり滞っているとの見方を示した。
対話再開は大使に一任、撤回の代案は拒否、輸出の滞りには従来の説明。本人が明らかにした3つのやり取りからは、対話再開や輸出停滞の解消について、具体的な合意が得られたとは確認できない。
中国にとっては帰国後の岩屋氏の発言まで好都合
岩屋氏は10月2日の地元・大分での会見で、政治局員2人との接触が実現したことを、対話が途絶えていた状況からの「一歩前進」と評価した。訪問も、あくまで小さな環境整備や改善のきっかけづくりと位置づけている。
接触そのものに意義を認める考え方は理解できる。だが、それだけで、懸案の解決に向けてどこまで前進したかという疑問への答えにはならない。
待遇も、前年と比べれば印象が変わる。2025年6月3日、同じ団体の会長だった河野洋平氏の訪中団を迎えたのは李強首相だった。翌4日には王毅氏が会っている。前年も2日続けて有力者が対応し、今回は登場しなかった首相まで出てきていた。
今回は高市首相の台湾有事答弁後に関係が悪化した状況での接触であり、単純比較はできないとはいえ、会談相手が2人いたという数だけで、今回を特別扱いと持ち上げるのは無理がある。
訪中の直前、9月24日の米中首脳会談では、トランプ大統領が習近平国家主席に日中対話の必要性を伝えたとロイターが日本政府関係者の話として報じた。訪中日程は9月11日には最終調整中と報道されており、訪問計画自体は米中首脳会談前から存在していた。
私の見立ては、予定されていた訪中が、中国の対米アリバイにも使える接触だったというものだ。もっとも、中国側が実際にそう位置づけたかは確認できない。高市政権への要求を下げず、日本の元外相とは話していると示せる。日本側にも譲る意思を持つ政治家がいると印象づけるには、帰国後の岩屋氏の発言まで好都合だったのではないか。
「日本が譲らないせいで問題が長引く」という中国側の理屈を助ける
中国は民間交流を政府間関係の促進につなげる発想を公言している。前年の河野氏との会談で、王毅氏は「以民促官」を日中関係の成功経験と評価した。民間交流を通じて政府間関係を促進するという意味だ。
今回の会談発表でも、国貿促などに日本を正しい選択へ導くよう求めている。中国政府が望む方向へ日本の政策を動かす役割を、友好団体に期待していると読める。
経済交流の看板を掲げた場で、日本の指導者に台湾を巡る言動の是正を求め、歴史認識や中国への見方まで注文をつける。これが中国側による王毅氏の会談発表の中身だ。
岩屋氏も、日本への「新型軍国主義」という非難を控えるよう求めている。中国の物言いの問題を知っていた人物が、帰国すると日本側に原因があると語る。その発言を、中国政府が高市政権への要求に利用した。
首相の答弁を批判する自由と、中国の責任転嫁を助ける発言への批判は両立する。中国が不満を持ったことを、その後に中国自身が選んだ対応の免罪符にしてはならない。
外交上の対立があっても、対話を続けるか、貿易を制限するかは中国政府の判断だ。岩屋氏が中国側の対応まで正当化したとは確認できないが、原因は日本にあるという言葉は、日本が譲らないせいで問題が長引くという中国側の理屈を助ける材料にされかねない。
自分の発言が相手に与えた利益を直視してほしい
岩屋氏はロイターに、高市氏の外交姿勢について「日本は大国ぶる必要はない」と語った。一方で、自らの訪中への批判には、誰も会わなければ事態は改善しないとの考えを示している。高市氏に大国ぶるなと説く前に、岩屋氏こそ英雄ぶるのをやめるべきだ。
北京へ足を運んだ意義を訴えても、提案や要請の結果を問う批判への答えにはならない。接触の実現と、具体的な成果の有無は、別の問題だからだ。
私が問うているのは、会うか会わないかではない。自分の提案を拒んだ相手に、日本が原因を作ったと認める言葉まで渡した判断だ。中国政府はそれを使って高市政権に反省を迫った。自ら動いたことを評価する前に、自分の発言が相手に与えた利益を直視してほしい。
対話をしたという事実で、その発言への説明責任は消えない。中国側の要求を聞くだけでなく、日本側の立場をどう守り、関係改善につなげたのか。その説明が必要だ。
今回の中国政府の対応を見る限り、日本側が少しでも譲歩を示せば、それを足掛かりに、さらに要求を強めてくるおそれがある。
言いたいことを伝え、認めることは認めたと強調するだけでは、自分の提案や発言が相手にどう受け止められたかという検証にはならない。日本の元外相だからこそ、その点を厳しく問われるべきだ。
文/小倉健一