暴言を浴びせ暴行をする「お仕置き部屋」に過大請求…障害者グループホーム「恵」 調査報道で明らかになった闇

障害者福祉の世界では利益優先の事業者が多く出現し、利用者・家族・スタッフの人生が狂わされるケースが増えている。背景には「施設から地域社会へ」という国の政策があるが、参入ハードルは低く、不正のチェックは追いついていないという。
【写真】強度行動障害を持つ入居者にずさんな対応をしていたという「恵」が運営する「ふわふわ春日井」
そんな中でもことさら悪質な事案が、2024年に事業所の指定取消処分を受けた障害者グループホーム「恵」である。書籍『障害者福祉ビジネス 食い物にされる税金と利用者』より一部を抜粋・再構成し、その杜撰な所業を明らかにする。
「最後まで面倒見ます!」
2023年4月3日。東京はよく晴れ、桜はほぼ散っていた。 北関東在住の黒川信介さん(仮名)は、JR山手線の田町駅からしばらく歩いた慶應義塾大学近くにある8階建てビルの前にいた。自動ドアを入り、エレベーターで6階へ向かう。午前9時の開始時間には、会議室に約30人が集まっていた。
障害者のグループホームを各地で運営する株式会社「恵」の社員研修。ホームの管理者(施設長)向けに開かれたものだ。福祉の仕事に十数年携わり30代半ばを迎えた黒川さんは、求人サイトでこの会社を見つけ、4月1日に入社したばかり。北関東のホームで管理者を任されることになり、研修にやってきたのだった。
会議室の前列に会社の幹部2人が座り、研修が始まった。管理者の業務や会社のルールを説明していく。だが、黒川さんは話を聞いていくうちに、違和感がどんどん強くなっていった。
「稼働率100%にこだわってください。稼働率を上げるのが最優先です。それには営業しかありません」 「とにかく満床にすることです。満床にすることでスタッフの給料も払えるし、自分たちの給料も高くなるんです」
幹部の2人のそんな話を、周りの出席者たちは一生懸命メモしている。「え? 株式会社ってこういうものなの?」。これまで社会福祉法人などで働いてきた黒川さんは戸惑った。 幹部2人が「営業ではこの言葉を必ず言うように」と指示したのが、次のセリフだった。
「最後まで面倒見ます!」 「営業の練習」もさせられた。隣の席の人と「黒川と申します。よろしくお願いします!」「最後まで面倒見ます!」などと互いにあいさつし合う。
「なんだか、雰囲気がマルチ商法みたいだな……」。黒川さんは「この会社はちょっとヤバいんじゃないか」と不安になった。 だが、黒川さんが本当に「ヤバい」と思うのは、この後。北関東のホームで実際に働いてからのことだった。
2年にわたる取材の始まり
黒川さんが研修に出てから3カ月後の2023年7月。私が会社で仕事をしていると、後輩の記者から電話があり、「こんな情報をキャッチしたんですけど」と相談された。 「愛知県を中心に各地で障害者のグループホームを運営する会社があって、厚生労働省が調査している」
会社の名前は恵。グループホームの名前は「ふわふわ」だという。 「ふわふわ……?」。どこかで聞いたことがある名前だ。記憶をたどると、2カ月ほど前、別の取材で愛知県の福祉関係者から名前を聞いていた。2022年に群馬県内のグループホームでスタッフが入居者に暴力を振るい、死亡させた事件が起きていた。それがふわふわという名前のグループホームだった。愛知県の関係者は運営に懸念を示していた。
後輩からもたらされた情報は、具体的にはこんな内容だった。 「会社がグループホームの入居者から食費を過大に徴収していて、厚労省が所在地の各自治体に調査をかけている」
死亡事件と食費の過大徴収。ただ、これだけでは何とも言えない。「何はともあれ、手分けして取材してみよう」。後輩の記者と分担のしかたを相談し、取材に取りかかった。このときは「ちょっと問題がありそうな事業者だな」。その程度の認識だった。約2年にわたる取材はそんなふうにして始まった。
4年で売り上げが10倍超に
まずは恵の基本的な情報を集めるところからだ。ホームページを見たり、法人登記簿を取ったりして調べた結果、次のようなことが分かった。 会社は2012年に名古屋市で設立されていた。代表取締役社長は中出了輔氏という33歳(2023年時点)の男性。2018年に名古屋市内に最初のグループホームを開設し、数年で事業を拡大。東海や関東を中心に12都県で障害者グループホームを約100カ所運営していた。
障害福祉の事業者は中小・零細がほとんどだ。100カ所はかなり多い。「大手」と言っていい規模だ。2018年に3億円弱だった年間売上高は、2022年には約38億円と、わずか4年で10倍超になっていた。急激なスピードで数を増やしていることが分かる。 なお、障害福祉の事業者の場合、「売り上げ」といってもそのほとんどは、事業者に支払われる公的な給付金(報酬)。つまり、税金だ。グループホームの場合は、入居者が負担する家賃や食費などがそれに加わる。
基礎的な情報を集める一方で、私は愛知県を中心に知り合いの障害福祉関係者にかたっぱしからメールを送った。「ふわふわというグループホームを運営している恵という会社のことを取材しています。何か情報を聞いていたり、入居者のご家族やスタッフを知っていたりしませんか?」。そんな具合だ。 役所の発表を記事にするのではなく、自分たちで調べて、隠れた不正や問題を明らかにする「調査報道」という手法は、時にこんなふうにして始まる。関係者に当たり、知っている人を紹介してもらい、またその人に誰かを紹介してもらう。そうやって、核心的なことを知っている人物に近づいていく。
情報は徐々に集まってきた。 「複数の虐待通報が行政に寄せられている」 「職員の入れ替わりが激しい」 「入居契約のときの対応がずさんだった」 そんな話が聞こえてきた。ただ、間接的な情報だったり、抽象的な内容だったりして、記事にするには弱い。
一方で、こんな話も聞いた。 「障害が重度の人を受け入れてくれている」 「よいホームとは言えないかもしれないが、『ここならすぐ入ることができる』ということで、親が年を取って面倒を見きれなくなったケースではありがたい存在になっている」
何とも判断が難しい。実態を見極めるには、内部のスタッフや入居者の家族に直接見聞きしたことを話してもらう必要がある。 もちろん、入居者本人に話を聞ければ一番いいが、ふわふわの入居者は重い知的・精神障害がある人が大半のようだ。会社側の協力なしに本人にアクセスするのはほぼ不可能だし、具体的なことを証言してもらうのも難しい。
人づてに「スタッフや入居者家族をご存じないですか」と聞いていくと、愛知県内の福祉関係者が「恵にひどい対応をされた家族がいる。話してもいいと言っている」と、ある親御さんを紹介してくれた。
「強度行動障害」という状態
いろいろな問題を取材していると、その後の取材への取り組み方を決定づけるような人に出会うことがある。恵の取材では、この親御さんがそれに当たった。 愛知県春日井市に住む母親の西角歩さん。2023年8月、後輩の記者と一緒に自宅へ伺うと、夫婦で取材に応じてくれた。
西角さんには、重い知的障害と自閉症のある双子の息子がいる。長男は昇真さん、次男は朋晃さんという名前だ(2023年取材当時、23歳)。 20年近く障害福祉の取材をしてきて、親仲間を通じても、知的障害や自閉症のある人は多く知っているが、双子で重い自閉症があるというケースには初めて出会った。きょうだいとも発達障害や知的障害があるというケースは時々ある。でも、双子は珍しい。双子というだけでも育児は相当大変なのに、2人とも重い知的障害と自閉症があったら、大変さは想像を絶する。私はまず、そのことに驚いた。
自閉症の場合、独特のこだわりや感覚過敏があることが多く、重い知的障害を伴うと自分でそれを話すことができない。本人も苦しく、いら立ちやストレスから「自分の頭をたたき続ける」「人に殴りかかる」「ものを繰り返し壊す」といった自傷・他害行為や破壊行動をしてしまうことがある。「強度行動障害」と呼ばれる状態だ。 例えば、過去にあった嫌なことを何かのきっかけで思い出し、パニックになって暴れるということもある。周囲からすると、なぜ突然暴れ出したのか分からない。大声で叱ったり、体を押さえつけたりすると、本人は怖がって一層ストレスがたまる。すると、さらに行動障害が激しくなって、虐待や身体拘束をしてしまう悪循環に陥る恐れがある。
行動障害は生まれつきのものではない。本人が不快に感じないよう生活環境を整えたり、周囲がうまく対応したりすれば、和らぐ場合が多いが、専門的なスキルや経験が必要となる。障害福祉の分野でも、ことさら支援が難しいといわれる。
「大丈夫」の言葉、信じた
西角さんの2人の息子、昇真さんと朋晃さんも子どもの頃からこだわりが強く、さまざまな行動が頻繁にあったという。家中のコンセントを抜いたり、物を2階の窓から外に落としたり。西角さんはこう振り返る。
「生活はめちゃくちゃでした。2人を手にかけようと思ったことが何度もありました」 それでも、西角さん夫婦は2人を周囲から隠すことはしなかった。小学校はほかの子と同じように近くの公立小学校の普通学級に入れた。2人の発語は一言、二言程度で、意味のある会話はなかなか成立しない。いろいろなトラブルがあったが、地域社会の中でぶつかったり謝ったりしながら育ててきた。「自分やほかの人を傷つけることだけはしないように言い聞かせてきました」と西角さんは話す。
中学と高校は特別支援学校に進んだ。2人が高校を卒業した頃、ちょうど恵が愛知県内でグループホームを作り始めていた。西角さんは恵の短期入所(ショートステイ)を何度か利用し、その頃は特に対応に問題はなかったため、地元の春日井市にふわふわがオープンすると、2人の入居を決めた。2019年のことだ。
「2人のことは分かっていますから、大丈夫ですよ」。スタッフのそんな言葉を信頼した。重度の障害者を受け入れてくれる恵を応援したいような気持ちもあった。 2人の歯磨きがほとんどされていないなど、気になることはあったが、スタッフとやりとりしながら2年ほどはいい関係で過ごした。だが、2020年に新型コロナの感染が拡大。2人との面会はなかなかできなくなった。2021年になると、長男の昇真さんが一日に何度もパニックを起こして暴れるように。部屋の壁紙をはがし続けたり、面会に行った西角さんにつかみかかったりして、行動障害が激しくなった。朋晃さんも不安定になっていた。
「ひどく傷つけられた」
当時、2人を含め入居者たちは日中、グループホームの隣にある恵の通所施設を利用。後に取材で分かったことだが、元社員らによると、この通所施設では「お仕置き部屋」と呼ぶスペースがあり、女性の所長がそこで利用者に暴行を加えたり、暴言を吐いたりすることが頻繁にあったという。
昇真さんと朋晃さんはそうした環境に置かれていた。でも、発語がほとんどない2人はそれをほかの人に伝えることができない。スタッフは2人の行動障害が激しくなったことについて「原因は分からない」と話していた。
西角さんはこう憤る。「そういうことが行われていたとは知らされなかった。2人ともつらい思いをしても分かってもらえず、悲しく、苦しかったと思う」 ホーム側は昇真さんを落ち着かせようと、抗精神病薬の服薬を増やしていった。相談がないまま、ほかの薬を含め10種類近くに増加。行動障害の悪化を理由に4カ月間、面会を見合わせ、久しぶりに会うと、昇真さんはうつろな表情でよだれを垂らすようになっていた。西角さんは自宅へ戻すことを再三申し出たが、止められたという。
昇真さんはこの頃、風呂や洗面所で水を大量に飲む行動も現れるように。水の飲み過ぎによる低ナトリウム血症でけいれん発作を起こして倒れ、2回救急搬送された。「命が危うい」。西角さん夫婦はそう感じ、2022年以降、2人を順次退去させた。
驚くことはまだあった。昇真さんが壁紙をはがすなどして壊した部屋の修繕費の請求書が届き、金額を見ると約160万円。自分たちで見積もりを取り、恵と交渉した結果、約58万円になったが、3倍近い金額を請求されたことになる。
昇真さんはその後、別の事業者が運営する県外のグループホームに移り、朋晃さんは自宅の近くでヘルパーの訪問サービスを利用しながら一人暮らしをしている。西角さんは涙をこらえながら話した。「昇真も朋晃もひどく傷つけられた。こんな被害はもう最後にしてほしい」
取材・文/市川亨
障害者福祉ビジネス 食いものにされる税金と利用者