農相更迭まで2週間、対応の遅れを問われ「スマホは最大音量」…高市首相の国会答弁に残った疑問

政権の危機管理や情報収集・分析の能力に乏しく、その自覚もないのだろう。“身内”の不祥事へのガバナンスが機能しなかったことが露呈したにもかかわらず、反省する姿勢を示さないのだから。
高市早苗首相が10月14日、ようやく「私の大事なやなちゃん」「知恵袋」と呼んでいた簗和生農相(当時)を更迭した。地元自治体の道路予算を「カットした」などと発言しただけでなく、公職選挙法違反(買収)を強くうかがわせる事案、政治家としての資質の欠如を物語る発言などが相次いで報じられたためだ。遅まきながら、このまま閣僚に留めれば、参院で問責決議案が提出され、臨時国会の重要法案の審議入りへの影響が避けられないと気付いたのだろう。
簗氏については、9月17日の内閣改造に当たって、政権内で意思疎通を図っていれば、閣僚にふさわしい人物ではないと分かったはずだ。役職希望アンケートというエントリーシートだけで閣僚・党人事を決するという政治手法の限界が現れてしまった。
首相は10月15日、後任農相に自民党の武部新元農林水産副大臣(旧二階派)を一本釣りした。「即戦力として活躍してくれる」と、その起用の理由を語ったが、決め手はやはりアンケートだった。
この先、同様の間違いが繰り返されないとの保証はない。現に武部氏を含む数人の閣僚について公職選挙法違反や政治資金規正法違反の疑惑が取りざたされている。
だが、内閣支持率は各種世論調査で下落せず、横ばいだった。首相が自ら独善的政権運営を見直すこともないのではないか。
高市首相は、簗氏の予算カット発言が9月30日に週刊新潮と週刊文春の電子版に報じられてから、更迭(辞表提出)まで2週間もかかったことについて、10月16日の参院予算委員会で、釈明に追われた。
立憲民主党の辻元清美氏から、発言の発覚時点でけじめをつけなかった理由を問われ、「かばっていたわけではない。本人が説明責任を果たすべきだと考え、そのように促した」と明らかにした。
辻元氏は、呆れたように「今回、危機管理能力の欠如が指摘されている。簗大臣の問題と同時に、首相の資質も問われている」と重ねて問いかけた。
その答弁は唖然とする内容だった。首相は「危機管理能力がなかったと思われたのは、とても残念だ。24時間、常に公用スマホをそばに置いて最大音量にして、夜も横になっている。国会の危機管理能力、災害などが発生した時の対処は迅速にやってきたし、危機管理には私は力を入れている思いだ」と、独自の見解を得意顔でアピールしたのだ。
辻元氏は「国交省も農水省も大混乱していた。それをちゃんと収められなかったというのは、災害の時に電話を置いていたとか、そんな話じゃない。そこが分からないというのが、理解できない」と首相を非難した。
辻元氏が指摘したのは、簗氏の更迭をずるずると先送りし、首相官邸や関係省庁、国会運営を混乱させたという組織的な危機管理対応力の欠如だった。首相は、精神論や技術的な初動対応に話をすり替えたのである。それがかえって首相の資質の問題を浮かび上がらせてしまったといえよう。
政権の危機管理の要諦は、「事実把握と初動対応」「情報の一元的管理と丁寧な説明責任」「身内の処分を含む毅然としたガバナンス」とされる。今回の簗氏の事例では、どう対処すべきだったのか。
簗氏は、自民党筆頭副幹事長当時の5月24日、党栃木県大田原支部総会後の懇親会で、数十人の党員らを前に2026年度道路予算をめぐって、こう述べたことが音声データに残っている。
「那須烏山市と那珂川町の26年度の道路予算については、大幅にカットした。那須烏山市は前年度比で64%減、3分の1にした。那珂川町は54%減にしている」「自民党の議員に頼ってインフラ整備が必要だというところに多く回すのが、当たり前の話だから」
26年2月の衆院選で栃木3区は保守分裂選挙だった。簗氏は無所属新人の渡辺真太朗氏に敗れて比例復活当選した。那須烏山市の川俣純子市長と那珂川町の益子純恵町長らは、渡辺氏を支援していた。そして簗氏の発言に符合して道路予算が大幅に削減されていた。
こうしたカット発言報道の翌10月1日、簗農相は記者団に「大臣就任前の一議員の活動に関わる回答は控えたい」と述べたが、閣僚としての資質が問われている以上、逃げ切れるはずはない。
木原稔官房長官が翌2日、簗氏を官邸に呼び、「説明責任を果たすように」と指示せざるを得なかった。簗氏は同日夕、一議員として記者会見に臨み、国交省に交付金の額を問い合わせ、5月の会合で報告したことを認めたが、「私の表現ぶりが誤解を招いた」「行政に働きかけて予算が減ったという事実はない」と釈明した。
簗氏は10月5日、国会内で記者団に対し、5月の予算カット発言について「撤回し、お詫びする。極めて不適切だった」と陳謝しつつ、辞任を否定した。これに先立ち、高市首相が簗氏を首相官邸に呼び、発言を撤回し、謝罪するよう指示していた。
この時点で「初動対応」を誤ったといえよう。本来なら、ここで更迭すべきだった。首相や木原官房長官には、地元の道路予算を削減することで自分の力を誇示し、投票行動に影響を及ぼそうとする政治家に即レッドカードを出すというセンスがなかったといえる。
首相らは、簗氏が国交省に問い合わせただけで、何も働きかけていない、という報告を内々受けていた。道路予算を増減する権限がないのに、身内の会合で自分の政治力を誇張して話したに過ぎないのだから、発言の撤回、謝罪で乗り切れると読んだ。どう受け取られるかというところに考えが及ばなかった。
簗氏の入閣は、首相の特別枠だった、と聞く。9月の内閣改造後の記者会見で、今回の顔ぶれについて「選挙に強い人を選んだ」と言いながら、簗氏は閣僚で唯一、小選挙区選で落選していた。旧安倍派で、政治資金収支報告書に1746万円の不記載があり、党から役職停止6カ月の処分を受けた過去がある。世論の反発を敢えて押し切っての抜擢だった。
問題発覚後、簗氏の辞任を首相に進言する側近もいなかった。首相には自分に都合の良い情報しか上がらない。何しろ首相自身が「危機管理のプロ」を自認(錯覚)し、「とにかく働いて仕事で返せと言っている」(8日の衆院本会議)と答弁しているのだから。
自民党内は「『私が予算をつけた』と言う人は昔から時々いるが、『私が削ってやった』というのは聞いたこともない」(石破茂前首相)という冷めた空気だった。
地元は当然、反発する。那須烏山市の川俣市長は10月5日、「予算カットの発言を撤回し、謝罪があったが、那須烏山市や那珂川町の住民に大きな不安を与えたことは事実だ。住民に、しっかりと説明責任を果たされたい」とコメントした。
これに対し、国土交通省が10月6日、簗氏のカット発言をめぐって、国交省への圧力や働きかけは確認されなかったが、問い合わせがあった、との調査結果を公表した。
問い合わせは2月中旬、簗氏から那須烏山市と那珂川町への26年度予算配分額について、佐々木紀国交副大臣(現首相補佐官)と黒田昌義官房長(現国交審議官)にあった。佐々木氏は4月の予算成立後、簗氏に2市町への予算配分を説明していた。
こうした経緯は国交次官らに報告が上がったというが、記録が残っておらず、黒田氏は国交省の聞き取り調査に対し、「細かいメモがないので覚えていない」と答えたという。軽微なものは記録を残さないというルールは、それはそれで別の問題でもある。
この時点では、首相官邸が主体的に国交省や財務省からの情報をまとめて開示すべきで、「情報の一元的管理」という観点からも、いかがなものかという対応だった。
「説明責任」のポイントは、なぜ那須烏山市は前年度比で64%減(国交省によると26%減)、那珂川町は54%減になったかという算定根拠の開示だろう。国交省はその後、那須烏山市内の重点配分対象事業が26年度内で終了することや那珂川町内には対象事業がなかったなどと説明したが、そもそも同省は自治体ごとの配分額、県の事業に対する社会資本整備総合交付金(国費)の上乗せ分などの算定根拠や調整過程を明示していない。
国交省関係者は一様に「簗氏が予算配分に関与できるはずがない」「一度付いた予算をはがすことはあり得ない」と明言する。
実際には予算カットはなかったのだろう。だが、国交省の配分の匙加減が不透明なだけに、政治家が「予算を取ってきた」と地元にアピールする余地を残しているともいえる。
危機管理の「処分を含むガバナンス」という点で、高市首相の判断はどうだったのか。
日本維新の会の前原誠司元外相が10月7日、簗氏について京都市内で記者団に「政治家として失格だ。閣僚を辞めるだけではなく、議員辞職に値する」と語った際は、維新側に「言い過ぎだ」と苦言を呈していた。
転機は13日の衆院予算委だった。公明党の中野洋昌氏が「発言そのものが大臣の適性を欠いている」と更迭を求めたのに対し、首相は「本当に不適切でダサいと思う」と、それまで擁護していた姿勢を一変させた。
野党は同委で、選挙時に簗氏の陣営が支持者をシャトルバスで出陣式に無料送迎したとの週刊文春報道を受け、公職選挙法が禁じる利益供与の疑いがある、と一斉に追及した。
簗氏は当初、スタッフがバスを借りる前に栃木県選挙管理委員会に照会し、「会場費の一部として計上する」との回答を得ていたとして、違法性を否定した。野党側が同選管に確認したところ、公示前に簗氏側から相談された記録も記憶もない、事前に聞かれれば公選法違反の可能性があると答えるはずだ、という内容だった。
この食い違いに、首相は「違法性があるようなことがあれば、私は躊躇しない」と述べ、初めて更迭を示唆したのである。
簗氏は、翌14日の衆院予算委で答弁が揺れる。選管への照会は事前ではなく、収支報告書への記載方法だった可能性がある、と事実上、前日の発言を修正したのだ。
14日には簗陣営が2024年衆院選で、選挙運動に携わった運動員に報酬を支払っていたという新たな公選法違反(買収)疑惑が週刊文春電子版に報じられる。ここに至って、首相がようやく更迭に踏み切ったが、委員会の場でこれほど醜態をさらした例は稀だろう。
首相にとって計算違いだったのは、野党10会派が14日、簗氏の問責決議案提出で一致したことだった。仮に提出されていたら、可決する可能性があるだけでなく、臨時国会での消費税減税・支援金法案や衆院定数削減法案の審議にも少し影響が出たことだろう。
高市首相は14日、簗氏の辞表提出を受け、記者団に「任命責任を重く受け止めている」と弁明したが、政権内に混乱を招いたことについて謝罪も反省の弁もなかった。
簗氏については「今日も(衆院予算委の)答弁を聞いていたが、まだ私自身も含めて十分に理解を得られた内容だとは思っていない。今後、一国会議員として説明責任を果たしてもらいたい」と突き放した。
簗氏は辞任後、国会に現れず、メディアの前からも姿を消している。地元ではお詫び行脚を求められているが、公選法違反疑惑への対応に追われているのか、実現していない。
高市改造内閣では、武部農相が2024年10月の衆院選公示日に代表を務める党北海道第12選挙区支部が国交省の港湾業務を受注していた地元の海運会社から30万円の寄付(献金)を受け取っていたとの報道など、数々の公選法違反疑惑が取り上げられている。
関芳弘文部科学相も初入閣前の2020年12月と2024年6月の2回、衆院内規で禁じられている議員会館で政治資金パーティーを開いた問題がしんぶん赤旗から追及されている。関氏は旧安倍派の政治資金事件で836万円の不記載が指摘され、党の戒告処分を受けていた。
こうした閣僚の辞任や不祥事があると、内閣支持率は低落する傾向にあるが、高市内閣はそれに当てはまらない。10月の読売新聞世論調査(16~18日)では内閣支持率は57%で、前月から2ポイント減の横ばいだった。不支持率は30%(前月30%)だった。
簗氏が更迭されたことを当然だと「思う」は82%で、「思わない」の10%を大幅に上回った。一方、高市首相の責任について大きいと「思う」46%と「思わない」46%が並んだ。内閣不支持層では「思う」77%、「思わない」19%で大差がついた。
内閣支持層や若年層、中年層の現役世代は簗氏の問題と首相の責任を切り離して考える傾向が強いらしい。支持層では首相の責任が大きいと「思う」は35%にとどまった。
政治的スタンスによって、同じ対象への評価基準が異なるのは、安倍晋三政権以降に見られる党派的分極化によるものだ。高市首相を「推し活」している支持層は、野党やメディアから危機管理の不備などへの批判があっても、異なる情報環境にいて、状況の変化を見極めて更迭したのだから責任はない、などと心理的に首相擁護に傾きがちだという。
内閣支持率を常に気にかけている首相が、危機管理の仕組みと実務を学び直し、何でも独りで決定する政治スタイルを見直すきっかけが当面、望めないことにもなる。
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(政治ジャーナリスト 小田 尚)