最近のトヨタが頻繁に使う言葉が「コネクティッドカー」。要するにつながるクルマだ。さて「このつながるクルマって一体何だ?」と問われて、明瞭にスパッと説明できる人は、トヨタの中の人にも実はあまりいない。というか筆者はまだお目に掛かっていない。
コネクティッドとは何か?
「オペレーターと会話して、お出かけ先のレストランやホテルを予約できます」とか「万一交通事故を起こして意識不明になっても、クルマが事故を通報してくれて救援がやってきます」とか、「家の電気の消し忘れがクルマから消せます」とか「スマホの音楽をカーオーディオから流せます」とか。まあそのひとつひとつは事実なのだけれど、そんな断片をいろいろいわれても結局なんだか分からない。
「戦争とは何か?」と問われて、「銃を撃ちます」とか「弾薬を補給します」とか「相手の位置を正確に突き止めることが大事です」とか言われても何だか分からないのと同じだ。
プロイセンの軍人、カール・フォン・クラウゼヴィッツが、「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」と説明したことで初めて戦争が定義されたように、コネクティッドとは何か? という本質をそろそろ定義するべきではないか。筆者にそれができるかどうかは分からないけれど、ここでそれに挑戦してみることで、誰かがもっと良い説明をしてくれるようになるかもしれない。そんなことを思いつつ、今回はコネクティッドについて考えてみたい。
ITSから始まったつながるクルマ
まずはトヨタに範に取りながら、これまでの流れを追いかけてみよう。狙いはいろいろと肉付けされていく過程をみることで、本来の機能は何だったかを洗い出すことだ。
おそらくその原点は、国土交通省が主導したITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)だ。1996年に関係5省庁が主導して始まったこの計画は、2004年に日本ITS推進審議会議が発足して本格的にスタートした。
ITSとは「人と道路とクルマの間で相互に情報のやり取りを行い、事故や渋滞、環境問題を解決」しようとするものだ。すでにこのスタートの時点で、「事故、渋滞、環境問題」と3つの目的が設定されており分かりにくくなっているが、ベースラインは、クルマとクルマ(車車間)、あるいはクルマとインフラ(路車間)の間で情報をやり取りして、安全性を向上させることにあるだろう。
そして安全向上によって、道路に対する流量能力を上げる(例えば指定速度の向上)ことが可能になって、渋滞や環境負荷が減るという順番になるはずだ。安全より効率や環境を優先するのはナンセンスだからだ。
手法としてはいろいろあるが、やはり基本となるのは交差点での交通整理だと考えられる。通常、ドライバーが信号を目視して停止や発進の操作を行うが、信号機の付帯設備からデータを発信し、ITS対応ナビに組み込まれた受送信機でデータのやり取りを行う。クルマの側が自動判断して停止や加減速を行えば、信号が赤に変わるまでの残時間なども共有でき、より高い速度からも安全に停止できる。このようにして、上述した3つの目的が達成可能になる。
問題は普及だ。多くのITS未対応車の中にごくわずかのITS対応車を混在させたところで制御できることは少ない。未対応車がボトルネックになってしまうからだ。加えて路車間の設備が整っている交差点は、極限られたエリアにしかない。
実際ITS対応の市販車はすでに存在し、対応車間では、クルーズコントロール(クルコン)の際に、先行車の運転情報を受信することもできている。例えば先行車がアクセルをオフにしたことは車車間通信を経由して、自分のクルマに伝えられるから、クルコンのレーダーが車間距離の変化を捉えるより早いタイミングでの車速制御が可能になった。
ITSが普及すれば、先行車に対する過剰減速で発生するサグ渋滞なども防止できるだろう。厳密にいえば安全性は向上しているのだろうが、実感できるメリットはさして多くない。サグ渋滞のようなマクロ交通の話を別にすれば、少しだけ車間距離を余分に取れば済む話だ。
専用通信端末の導入とインセンティブ
こういう進歩したのかしていないのか判然としない時代を経て、ITSを包括しつつ、さらに機能を向上させたシステムが搭載されたのは、2017年のプリウスPHVだ。
プリウスPHVにはDCM(Data Communication Module)と呼ばれる、車両専用の通信モジュールが搭載された。最大のポイントは通信容量の拡大だ。DCMでは音声とデータ高速通信が可能になったので、車両側が持つ数多くのセンサーからのデータと、前方カメラの映像をセットでクラウドに送信可能なスペックになった。
それはつまりクラウドサーバを使うことで、全ての演算を車両側のCPU(Central Processing Unit:中央演算装置)でやらなくてもOKな時代へ向けた布石である。しかしながらプリウスPHVの段階では、まだ実験に近く、ユーザーメリットの提示もあまり明確ではなかった。唯一「ヘルプネット」と名付けられた緊急通報システムが次世代らしいもので、これは事故発生時に、クルマに搭載された加速度計が事故の衝撃などの詳細情報を計測し、医療機関とオペレーションセンターにほぼ同時通報するもので、場合によってはドクターヘリが出動してくれる場合もある。
普及のためにはインセンティブが必要である。そこへ一歩踏み出したのが18年のクラウンとカローラ・スポーツだ。
トヨタが大々的にコネクティッドカーを告知し始めたのはこのタイミングである。極めてざっくりとした言い方だが、ヘルプネットに加えて、快適機能とエンタテインメント機能が追加された。
例えばオペレーターとの音声通話によるコンシェルジュサービスや、ナビなどの音声コントロール機能の拡充、運行記録のスマホ転送、リアルタイム情報が更新される地図データなどが追加された。未来感のあるサービスが付与されたことで、DCMの年額制通信料(含む利用料)を負担する意味がようやくできた。
このとき、筆者が感心したのは、LINEをインターフェースとしたコネクティッドの操作方法だ。通信によって可能なことが増えるほど、操作は煩雑になる。しかも提供されるサービスが多岐に及び過ぎているため、スマホで操作するにしてもアプリがパンクする。例えば音楽を操作する機能と事故の通報をする機能、クルマのメインテナンスについての機能が同じアプリに統合されても混乱するだけだ。
かといってクルマに関係するアプリを3つも4つもインストールさせて、それぞれに異なる操作に習熟しろというのも無理な話だ。
LINEマイカーアカウントでは、LINEの友人と同じように自分のクルマを登録して、メッセージで操作を行う。例えば「金閣寺へ行きたい」と打ち込めば、あとはAIのアシストによるダイアログで、ナビの目的地や到着時刻設定から、燃料残量に応じた給油タイミングのサポートまで全部設定できる。
こういう誰もが知っている既存のサービスを利用したインターフェイスの設計は非常に賢く、多機能を手軽に利用できる優れたアイデアである。
スマホを取り込む時代
そして今回第3の変革がやってきた。カローラ(セダン)とツーリング(ワゴン)の発売に合わせて、トヨタの新型ナビ「ディスプレイオーディオ」が搭載された。乱暴な言い方を許してもらえるのなら、これはスマホ連動機能を大幅に強化したものだといえる。前述したLINEのインタフェースを賢く利用するやり方をさらに進めて、今度はスマホの機能をクルマ側が使い倒す試みだといえるだろう。
すでにスマホには多くの機能が盛り込まれており、身の回りの多くの事をサポートできる。スマホがどう便利なのかを説明しだすとキリがないので、読者諸氏の経験に任せたい。しかも幸いに、スマホは使い方そのものも比較的周知されており、必要な人はどんどん多機能を使うし、苦手な人は限られた必要な機能だけ使ってそれなりに満足している。それをそのままクルマに移行すればいいのではないか?
新機能はサードパーティによってどんどん開発されるだろうし、新機能や既存機能のブラッシュアップをクルマと一緒に毎度毎度開発する意味は少ない。もはやそんな領域を組み込み開発でやっている場合ではない。クルマの開発速度ではこうしたソフトウェア領域の変革の速度には間に合わない。そこでこうした車両制御や安全に関わらない部分はオープン戦略を採ることにしたのだ。
具体的にはトヨタの「スマート・デバイス・リンク(SDL)」のほか、有償オプションで、「Apple CarPlay」と「Android Auto」が選べる。SDLはLINE社のAIアシスタント「Clova Auto」と連動する。音声アシスタントはiPhoneならSiri、AndroidならGoogleアシスタントやAlexaが使用可能だ。厳密にいえばそれぞれできることは少しずつ違うだろうが、常時機能が進化していくものなので、瞬間的な機能差で一喜一憂してもあまり意味はない。
これによりスマホ側アプリが対応するナビやオーディオ機能を、音声コマンドで自由に操作できる。なお接続はどのみち充電が必要なのでUSBの有線接続になり、ケーブルをつなげば対応したアプリが起動する。
次元の違う2つの階層
さて、では全体図にもう一度戻ろう。そもそもコネクティッドの一丁目一番地は安全だ。そこに向かう技術の代表は当然ながら自動運転である。自動運転になったら事故が撲滅できるかといえばそうはならないだろうが、少なくともヒューマンエラーは排除できる。
交通死亡事故のピークは、第一次交通戦争といわれた1970年の1万6765人、第二次交通戦争といわれた92年の1万1452人だ。17年にはこれが3694人にまで減った。従来のやり方でこれ以上減らすには限度があり、抜本的なやり方の変更が必要だ。それがヒューマンエラーの排除を目的とした自動運転ということだ。
クラウドサーバとクルマをつないで高速処理を行うためには、5G(第5世代移動通信システム)が必須だ。しかし5Gといっても、4Gの拡張版である簡易型と、本格的な高速大容量を確立する本来の規格の両方があるのだという。そして本格型の5Gのインフラ整備にはだいぶ時間がかかりそうなのだ。
しかしながらクルマの「つながる」が目指す本来の目的は、5Gに支えられた自動運転にある。トヨタはDCMをアライアンス各社に普及させて、ビッグデータを収集しつつ、バーチャルに自動運転の開発を進めようとしていると筆者は考えている。
そして、こういう真面目な話だけでは普及が進まなかったというITSの反省を活かして、スマホ機能がクルマで使えるという分かりやすいメリットをユーザーに提供しているのだと思う。つまり、「つながる」話はこのDCM領域の骨太の話と、新しモノ好きに訴求するエンタメ領域の話が別階層でそれぞれ走っているので分かりにくいのだ。
(池田直渡)