働き方改革の旗印のもと、推進が叫ばれているテレワーク。ただ、実際に企業に勤めるビジネスマンの中には「導入や現場での普及が遅い」と感じたり、管理職や経営層からも「効果が感じられられない」などと感じたりする人が少なくないのではないだろうか。
ITの普及などで一見うまくいきそうなテレワークが、日本企業でつい失敗してしまう原因と対処法は何か。テレワーク研究の第一人者として多くの企業の現場を調査し、日本テレワーク学会会長も務めた東京工業大学環境・社会理工学院教授の比嘉邦彦教授に聞いた。
「人事に丸投げ」してしまう経営層
――テレワークがうまく普及しない、もしくは導入しても効果が感じられない点は、かなり多くの日本企業が抱える悩みです。なぜでしょうか?
比嘉: テレワークは昔から、正しく導入されれば働く人、経営サイド、社会の“三方良し”とされてきました。しかし、「なかなか広がっていない」と20~30年以上言われているのです。
特に今、テレワークがあまり進んでいない理由として挙げられるのが「経営者にとって良しとされるテレワークがなされていない」という点です。今の働き方改革は「社会や働き手のため」とされています。働く側にとって「良し」となる取り組みなのです。
反面、経営者にとってメリットのある(テレワークの)取り組みをやっている組織はほとんどありません。(名目上は)生産性の向上やコスト削減、人材確保といった経営者目線が一応、入っています。ただ、実際に行うメリットは、ほぼワーカー側の物になっているのです。「三方良し」と言っておきながら、経営者目線のテレワークがなされていないのですね。
――ただ、そもそも多くの企業では、ボトムアップというより上層部の指示でテレワークが導入されているように思えます。「経営者目線のテレワーク」とはどんな物でしょうか?
比嘉: 経営者から見て何かの目標達成があるか、と言うことです。例えば「政府に言われて行う」テレワークは、経営者目線とは言えません。「こういう会社にするのだ」と(経営者が)言い出してやることこそが、経営者目線なのです。
だから、たいていの場合テレワークは「丸投げ」になります。(経営者)自身が本当にやりたいと思っていないことが多い。人事に投げてしまう訳です。人事はあくまでルールの枠内でやろうとする。推進チームを作って他社を勉強し、みんな似たような規則を作るので「金太郎あめ方式」になってしまう。
彼らはイノベーションを起こそうと思ってはやりません。本当に会社のために行うには、イノベーションを起こす目的でなくてはいけないのに。人事に丸投げしてしまうのが根本的な間違いなのです。
「テレワークさせたくない」管理職
比嘉: 昔僕のところに相談しに来た会社の話です。テレワークを導入したところ、外回りを担当する営業職ではうまくいきました。オフィスが縮小できペーパーレス化も実現、コミュニケーションもスムーズになりました。コストが下がり、顧客満足度も上がったのです。
一方、内勤向けのテレワークはうまくいっていませんでした。そこでは育児・介護を目的に在宅勤務制度を広げていましたが、やっている人も週1回くらい。しかも2~3人のうち1人が実行するくらいでオフィスも減らせず、電子化も進みませんでした。
在宅勤務者は、あらかじめ電子化されていなかった資料をスキャンして自宅に送ったり、逆に外部から(職場にいない人に)掛かってきた電話を、他の従業員が受けたりする手間が増えました。在宅勤務をしている日の生産性は上がったかもしれませんが、他の従業員の生産性は落ちたのです。
その部署に(テレワークを)入れた時の経緯を聞くと、「仕事を継続してもらうためのワークライフバランス目的」だったそうです。でも、いつのまにか「テレワークを入れるとこういうメリットがあるはず。(営業担当の)モバイルワークではこのくらい成果が出ているのに……」と思われていた。
――経営者が、そもそも一貫した目標をテレワークに設定できていなかったということですね。ちなみに現場レベルではどのような失敗要因が挙げられますか?
比嘉: データでも出ていますが、(日本の)中間管理職は基本的に部下にテレワークをさせたくないと思っている場合が多いです。ヒアリングしたとある会社ではテレワークが全然進んでいませんでした。理由を聞くと、「自分の上司が反対しているので手を挙げない」のだと。
中間管理職の責任というより、彼らが「同じ時間、同じ場所で働いているのが当然」という働き方をずっと続けていた点が大きいと思います。机に座っていれば「頑張っていること」になり、残業すれば偉いという考え方ですね。
だから、そうしていないテレワーカーに不安を感じる訳です。(テレワーカーを管理する)マネジメント能力が無いため、ワーカー側に負荷を与えてしまう。マネジメントというのは出退勤管理ではなく、仕事の管理であるはずです。それができていれば、出退の管理は必要ないはずなのですが。
また、部下の方も上司を信用していなかったりしますね。(職場に出勤することで)「頑張っていますよ」とアピールせざるを得ない。
こうして、上層部が目的を理解していないし、中間層も反対しているので(テレワークの)規則が動かないのです。
テレワークに経営者の「意図」を
――では、組織でテレワーク施策を失敗しないためにはどうすればいいのでしょうか?
比嘉: (大企業で)ちゃんとやっている例としては、日本マイクロソフトや味の素があります。また、中小企業やベンチャーの中には相当うまくやっているところがありますね。
例えばFIXER(東京・港)というベンチャーは、地方の優秀な人材を雇用するためにサテライトオフィスを作っています。本社は浜松町にありますが、いつでも在宅勤務できるような仕組みにしています。台風の日に社長が出勤したら、秘書しかいなかったということもあったそうです。電車が動いておらず、(自然と)在宅勤務になったのですね。
ソニックガーデン(東京・世田谷)も、最初持っていたオフィスを完全に廃止した点が素晴らしい。最初からオフィス無しというベンチャーは多いですが、(後から)手放してフルタイムのテレワークにする場合、精神的抵抗が大きかったはずです。
いずれのケースも共通しているのは、経営者が(テレワーク化に)ちゃんとした意図を持っていることです。一方で、社長がちゃんと経営目標を持って(テレワークを)入れて成功しても、経営者が変わると元に戻ってしまう事例もよく見てきました。
テレワークとは「人間の問題」
――やはり経営層がカギを握っているのですね。では、具体的にどんな心構えや運用が必要なのでしょうか?
比嘉: まず、テレワークが「単なるツール」であることを理解すべきです。魔法の杖でも、オールマイティーな物でもありません。そしてどういう人たちが対象で、どんな頻度でやるかということが、(経営層の想定する)目的と合っていなくてはいけません。
例えば育児・介護支援目的の在宅勤務制度は、実は4パターン作らなくてはいけないのです。まず「育児」と「介護」で分けられます。その中で、(それぞれ)「仕事が主、育児はサブ」にするのか、その逆か。介護でも同様で、計4パターンになるのです。ただ、これを実行している企業はまず無いでしょう。
介護を理由に在宅勤務したい人と、育児目的の人では年齢層が違います。介護の方はほぼ管理職で、逆に育児目的の人は20~30代ですよね。在宅勤務を利用するという意味合いが違ってくるのです。また、育児は“先”が見えているので復帰計画が立てやすい。しかし介護は半年で終わるのか、10年かかるのか分からないですよね。しかもその人たちは管理職だったりします。
そういった事情を分かっていないで、勤務規定を一緒にするのはおかしいし、ワーカーからすると使いづらい仕組みになってしまうのです。
あと、僕はそもそも「テレワークのための勤務規定を止めたら?」ということも言っています。テレワークを特別視すること自体が阻害要因になっていると思います。普通の(出勤する)勤務と同じように評価していけば、推進されると思います。
実は1980年代半ばにも、大企業や政府がテレワークを普及させようとする動きがありました。当時浸透しなかったのは、ハードやソフト、ネットワークといった技術的な問題でした。ノートPCも重く、会社も(ADSLや光回線でなく)通常の回線を従量課金で使っていたのです。
今はクラウドなど新技術も出てきて、当時不便だった問題は全部解決しています。唯一今も変わっていない、進んでいないのが「人間の問題」なのです。