脳に障害があり、小学校への通学が認められなかった福岡県豊前市三毛門の田中邦治(くにはる)さん(66)が16日、三毛門小学校の4年生の児童と授業や給食を共にし、念願だった学校生活をおよそ60年ぶりに体験した。【籔田尚之】
1979(昭和54)年の養護学校(当時)義務化まで、田中さんのような重度の障害者は就学猶予、免除者とみなされ、教育を受ける権利を奪われていた。
同小4年の児童36人と田中さんの接点は、社会福祉の授業。今月11日、車いすの田中さんらと障害者スポーツで交流した際、児童たちは学校に通いたくても通えなかった田中さんの夢が、みんなと授業を受け、給食を食べることだと知った。担任の榊原由樹教諭に「一緒に授業を受けて給食を食べたい」と訴え、市社会福祉協議会が仲介し、この日の“特別授業”が実現した。
田中さんは全介助が必要な重度障害者。2人の姉と一緒に生活をしている。付き添った四つ上の恵子さんによると、生まれてすぐに高熱のため脳に障害が残ったという。「弟は母におんぶされて、私たちの授業参観を見に来ていました。学校との関わりはこれだけでした」という。
児童たちは、教室の入り口を色紙で作った輪飾りや絵で装飾し、田中さんの登校を歓迎した。田中さんは自作の名札を首からかけていた。国語の授業では本人も好きだという俳句と短歌を学んだ。楽しみにしていた給食では、児童たちのアイデアで田中さんを中心に机を車座に並べた。全介助のため、児童がスプーンで田中さんの口に食べ物を運んだ。
「おいしかった。子供に食べさせてもらったのが一番うれしかった」と田中さんは感想を語ったという。麦ごはん、八宝菜、わかめスープ、牛乳を残さず食べた。
恵子さんは「家にいるときと同じ、終始リラックスした表情でした。弟の夢をかなえてくれた子供たちに感謝します」と喜んだ。