【持冨 旬】「食べても太れない」ハードゲイナーの僕が感じた、想像を絶する苦悩 羨ましいと言われるけれど…

僕は食へても太れない。身長は175cmてあるか、体重は常に50kg前後。大して食へていないからたろうと思うかもしれないか、それは大きな誤解た。
幼い頃から母には「あんたは本当によく食へるね」と言われ続け、今は妻に同しことを言われる日々を送っている。自分ては大食いとまては思わないか、一般男性並みには食へている自覚はある。
ても太らない。いや、“太れない”のだ。

僕は3人兄弟の真ん中て、兄と妹も揃って痩せている。両親も今はこく普通の体型たか、昔の写真を見れは痩せていたようてはある。とうやら痩せているのは、遺伝が関係しているように思える。しかし兄弟の中ても、僕たけ痩せ方かあまりに異常なのた。
本やYouTubeなどて、自己の成長に役立つコンテンツ探しを日課としているが、その中て自分と同しような体型のYouTuberさんか、徐々に太っていくのを目の当たりにした。そのYouTuberさんは健康のために太ろうと、筋トレと体重増加用のフロテインの摂取を始めたらしい。
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僕も30代半はとなり、妻もいる身。健康診断ても毎年痩せ過きを注意されているのて、健康のために頑張って太ってみようと決めたのてある。 筋トレには自己肯定感を上けてくれる効果もあり、自己の成長に繋かるため、一石二鳥た。
そうして筋トレとフロテインのことを詳しく知ろうと、独自に勉強を始めた。フロテインは種類か豊富て、原料の違いて効果も変わる。そこで、体重増加用のフロテインを探していると、「ケイナーフロテイン」という名前を発見。とうやらこれらしいと、詳しく調へてみると「ハートケイナーの方におすすめ!」という文言か。
……ハートケイナー?
僕の特異な体質を表す言葉を、初めて知った瞬間たった。
「ハードゲイナー」とは、栄養の吸収が悪く、普通の日常生活でもエネルギー消費が激しいために食べても太れない体質の人を指す言葉だった。
太るには、カロリーの摂取量が消費量を超えなければならない。ハードゲイナーはたくさん食べても栄養が吸収されにくく、普通に生活しているだけで、カロリー消費量が摂取量を上回ってしまう。これでは太らないのも当然だ。
栄養が吸収されない原因は、胃腸が弱かったり、腸内細菌に「痩せ菌」という痩せやすくなるための細菌を多く持っていることなどが挙げられていた。僕の排便回数は1日1~3回で、軟便が多い。やはりしっかり消化されておらず、栄養が吸収されていないようである。

調べれば調べるほど、僕はハードゲイナーの特徴に当てはまっていた。
エネルギー消費については詳しいことは分からなかったが、僕はこう分析している。痩せている人は脂肪が少ないため、寒さに弱いことが多い。冷えやすい体温を上げるために、余計なエネルギーを消費してしまっているのではないか……と。カロリー消費量が増え、摂取量を上回り、そしてさらに痩せていく。
調べてみると、ハードゲイナーには簡易的な診断方法があるという。その方法とは、「右手の親指と中指で輪っかを作って左手首をつかんだとき、輪っかに余裕があればハードゲイナーの可能性がある」というもの(おそらく利き手によっては逆にしたほうが良い)。もちろん、手の大きさや指の長さで診断結果は変わるので、確実な方法とは言えないだろうが、一つの目安にはなるだろう。
実際に筆者がハードゲイナーの簡易的な診断を試した時の様子
ちなみに、指が長すぎて輪っかに余裕ができてしまう人は、「マルファン症候群」(全身の結合組織の働きが脆弱になる遺伝性疾患。骨格、眼、心臓血管の症状などを起こす病気)という別の疾患の疑いもあるので、この診断は一度試してみるのをオススメしたい。
僕の診断結果といえば、もちろん輪っかに余裕があった。僕は婦人用の手袋がちょうど良いくらいに手が小さい。それほど余裕があるのだから、どうやらハードゲイナーに間違いないようだ。
僕は食事をすると、下腹部がポッコリと出てしまうので、胃下垂の疑いがある。そのため、胃下垂のせいで痩せているのだとこれまで思っていた。しかし実際はそうではなく、痩せていて内臓脂肪が少ないために胃を支えることができず、重力で垂れ下がっているようだ。つまり「胃下垂だから痩せる」のではなく、「痩せているから胃下垂になる」ということだった。
ハードゲイナーという言葉を知って、自分の身体のことがよく分かってきた。そしてTwitterにこのことを投稿したところ、大きな反響があった。痩せすぎで悩む人は、想像よりはるかに大勢いたのだ。

痩せすぎなことに対して、周りは大抵こう言う。
「羨ましい」「太りたいなんて贅沢な悩み」
しかし、実際に太りたくても太れずに悩んでいる人は大勢いるのだ。確かに痩せていることのメリットはある。身長は実際よりも高く見え、足も長く見える。狭い隙間にも入り込めるので、混雑している所でも身動きが取りやすい。だがそんなメリットなんて、抱えているデメリットを考えたら霞んでしまう。
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僕が一番苦しんでいるのが、「冷え性」だ。末端冷え性で、手足がすぐに冷えてしまう。夏でも冷房が効いていると、たちまち身体が冷えてしまうので、室温にはかなり気を遣うことになる。冬はとにかく辛いので、冬の時期だけ海外に逃げたいと思っているほどだ。
次に「疲れやすさ」。これは主観でしかないが、僕は体重が落ちているときほど疲れやすいと感じている。立ちくらみの回数なども増える傾向にある。蓄えがないと、何かしら身体に悪影響が出るのは間違いないようだ。
服のサイズにも長い間悩まされてきた。痩せている身体を隠そうと大きめのサイズの服を着ると、着せられている感じが強くなり、逆に弱々しく見えてしまう。ぴったりなサイズを着ないと格好がつかないのである。そのぴったりなサイズも、僕の場合はインナーがXSサイズ、アウターはSサイズであり(もう一度言うが身長は175cm)、探すのに苦労する。結果、常に同じブランドのものを買っている。
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ジーンズなどのパンツも、なるべく細いものを選びたいところ。しかし、食後のポッコリお腹を考慮しなければならず、仕方なくワンサイズ上を選ぶことになる。するとやはり、見た目は悪くなってしまう。最近ようやくストレッチの効いたものが豊富になってきたので、サイズを下げることができ、非常に助かっている。技術の進歩には感動すら覚えるほどだ。
靴やアクセサリーなど、身に着けるものには全てこうした悩みが付きまとう。もう考えるは面倒なので、「これ」と決めたらいつも同じものを購入するようにしている。僕はミニマリスト的な考え方に近いので、特にストレスは感じてないが、同じくハードゲイナーで、ファッションを楽しみたいという方にとっては大変だろう。

内面的な悩みもある。痩せすぎな自分に自信を持つことが難しい、ということだ。これは男女共通の悩みではないだろうか。
男性らしい、女性らしい身体付きからは程遠く、鏡を見るたびに自信を失い、自分を嫌いになっていく人も多いかと思う。幼い頃からガリガリだとからかわれ、人付き合いが苦手になってしまった人もいるかもしれない。僕の場合は、今でこそ個性だと受け入れているので「イジってくれてありがとう」くらいにしか感じなくなった。けれども幼い頃はやはり嫌な思いをしていたし、傷つくこともあった。
大人になれば太っていく人は多い。いくら食べても太らないハードゲイナーが、羨ましがられるのも理解はできる。しかし太っている人に「太ってるね」と言うのが失礼と感じるならば、痩せている人に「痩せてるね」と言うのも、失礼に当たる場合があることを考えてみてほしい。同じ言葉でも、喜ぶ人と傷つく人がいることを。
痩せすぎの僕ですら、「ハードゲイナー」という言葉を知らず、悩みを共有できる仲間が大勢いることを知らなかったのだから、その悩みを今すぐ大衆に認知してもらうのは難しいのかもしれない。
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マスメディアではスラッと痩せている「モデル体型」の人が持て囃される今、その裏で抱える悩みに注目が当たることは、まず無い。だからこそ、Twitterやこの記事を通して僕がこうして悩みを打ち明けたことで、ハードゲイナーという言葉が少しでも認知されれば嬉しく思う。
最後に、痩せすぎで悩む人たちに伝えたいことがある。それは、痩せすぎを深刻に考えすぎずに「それが自分の個性なんだ」と受け入れたり、僕と同じように「少し努力して痩せすぎを改善」すれば、毎日が楽しくなるということだ。
痩せていて羨ましいと言われたら、「ありがとう」と受け入れてみよう。「自分は人に羨ましがられる個性を持っている」と思っていれば、自然と自己肯定感も上がってくる。自己肯定感が上がれば、そのうち何を言われても気にならなくなる。自分を好きになれるからだ。

それでも鏡を見るたびに嫌な気持ちになるなら、太る努力をすればいい。僕がそれを実践しているように、筋トレやゲイナープロテインを摂取したり、食事の回数を増やすなどして、少しずつ体質を改善していく。「努力」と聞くと大変そうだと感じるかもしれないが、試しに毎日たった1回の腕立て伏せをするだけでもいい。まず始めること、そして毎日の習慣にすることが何よりも大切だと僕は思っている。
僕が太ろうと決意したとき、体重は50kgだったが、それから1ヵ月で53kgまで増えた。筋トレとゲイナープロテインの摂取を毎日欠かさず、習慣化した結果だ。まず目標は60kg。最終的には65kgを達成したい。
僕と同じように太りたいと切実に悩んでいるハードゲイナーの仲間たち、「やればできる」と心に決めて、一緒に頑張ろう。お互いの目標達成を、心から願っている。