「国民に寄り添う天皇になられた」登山同行の元山梨県職員・斉藤敬文さん、思い出語る

天皇陛下は22日、即位礼正殿の儀を迎えられる。登山好きとして知られる陛下は、親王、皇太子時代に甲信越の山々に何度も登られた。山梨県内の登山に案内役として7度同行した元県職員の斉藤敬文さん(80)=南アルプス市上八田=は「山で人々と触れ合ってきた陛下は、国民に寄り添う天皇になられた」と思い出を語る。(渡辺浩)
■「意志の強い方」
斉藤さんが印象に残っているのは、昭和62年8月10~13日に南アルプスの白根三山(北岳、間ノ岳、農鳥岳)を縦走されたときだという。
当時、産経新聞に連載された「プリンスの夏日記-浩宮さま南アルプス行」の切り抜きを大事に持っている。記事にはこうある。

全ての行程で、山男らしいたくましさを発揮された浩宮さまだが、たった一度だけ、「ちょっときついですね」と弱音を吐かれたときがあった。
3日目の8月12日、農鳥小屋(2800メートル)から西農鳥岳山頂(3051メートル)に至る30分間。のしかかるような岩稜を右に巻きながらの急なジグザグの登りだった。
「それでも、ご自分から『休みたい』とは決して言われませんでした。意志の強い方です」
案内役の甲府林務事務所県有林課長の斉藤敬文さん(48)は言う

32年たって、斉藤さんは「陛下のリュックを持たせてもらったことがあるんですが、愛用のカメラが入っているためか、10キロはあるように感じました。本当にタフでした」と振り返る。
■誕生日は富士山の日
天皇陛下の誕生日、2月23日は「富士山の日」でもある。
陛下は学習院初等科1年のときの文集に、学校の屋上から富士山を見たときの感想を「ぼく、あんまりうれしかったので、おくじょうから、おっこちそうになりました」と書かれた。
平成26年に登山専門誌に寄稿したエッセーで「作文を書いた頃から半世紀近く、私は富士山に魅せられ続けている」と、富士山への愛をお書きになった。
さらに、20年に静岡側から富士山初登頂を果たしたときの感動を「雄大な景色に見惚(ほ)れるうち、長年来の夢が叶(かな)い、富士山に初登頂できた喜びもひしひしとわいてきた」とつづられた。
■金峰山を詠まれる
「雲間よりさしたる光に導かれわれ登りゆく金峰(きんぷ)の峰に」。今年1月の歌会始の儀で披露された陛下のお歌だ。
陛下が高校1年だった昭和50年に金峰山(甲府市、長野県川上村)に登り、雲間からのぞく光に導かれるように歩みを進めた際のことを歌にされた。
斉藤さんは「44年前の山梨での登山を詠まれたと知り、本当に驚きました」と話す。
金峰山の山頂には中学生数十人のグループがいて、「浩宮さま」と声を掛けてきたという。「陛下は笑顔で会話して、記念写真にも応じられていました」。その後の登山でも、登山者と気さくに会話される姿が印象に残っているという。
「登山で全国を回って国民と接してこられたことが、陛下のお人柄を形成してきた。令和はきっと穏やかで平和な時代になります」。斉藤さんはそう信じている。