大規模災害 全容にどう迫るか? 実情をどう伝えるか? 悩み、学ぶメディアの現場は

近年、日本各地で地震や豪雨など大規模災害が相次いでいる。災害報道の重要性が高まる一方、被災者や遺族への取材のあり方などを巡り、メディアに対しては批判的な見方もある。よりよい災害報道のために、報道機関は何ができるのかーー。8月29、30日の両日、東京都千代田区の日本記者クラブで、全国の新聞やテレビ局の記者を対象に「災害報道実践講座」が開かれ、北海道から沖縄まで79社の報道機関から約100人の記者らが集まった。考え、学び、悩む記者の現場を報告する。【今村茜/統合デジタル取材センター】
広域で大規模な災害が起きると、全容の把握が難しい。14府県270人以上の死者を出し、平成最悪の豪雨災害になった2018年の西日本豪雨では、広島県や岡山県の被災地は大都市に近く被災情報が早かった一方、愛媛県の被災地は県南部に交通の便が悪い地域が多く、被災情報の集約や取材が遅れた。
ベテラン記者による講座では、NHKネットワーク報道部の熊田安伸専任部長が「災害報道は調査報道と親和性が高い」とし、きめ細かい調査・分析の重要性を強調した。「災害発生時にまず情報が入るのは都市部など人が多い地域で、最大被害地が分かりにくい。情報が入らない空白地帯に注意して」。被害を訴えるツイッターが投稿された場所を分析したり、通報などの情報が入った場所を地図上に記し、発生場所に近いが情報が入っていない空白地帯を見つける「マッピング」手法などを紹介した。
危険な現場にどこまで近づくのかは災害の度に問われる課題だ。中国新聞では2006年の台風取材で若手記者が行方不明になり、今も発見されていない。中国新聞の荒木紀貴報道部デスクは、この教訓をふまえて社内で07年に取材ハンドブック「災害取材 安全の心得」を作成したことを紹介した。「報道の使命は、自らの安全を確保してこそ果たせる」と社内方針を明確化し、昨夏の西日本豪雨でも取材時に冠水した道路で立ち往生した記者の車を後退させる、長期戦を覚悟し現場記者は3日勤務したら1日休ませる、など安全を優先させたという。
ネット上のツール活用も
災害報道で使えるインターネット上のツールなどを紹介したのは、大手IT企業グーグルの報道支援機関グーグル・ニュース・ラボの井上直樹フェロー。地球全域を衛星写真で見られる「グーグルアース」を使用し、米ワシントン・ポストが、台風被害前後を比較した例などを紹介した。歩行者目線で指定した道路沿いの写真が見られる「グーグルストリートビュー」を使い、被災地で記者が撮影した写真とストリートビューの災害前の写真を比較したり、情報を地図上に付与する「グーグルマイマップ」に避難所の住所を入力、避難所が一覧できる地図を作成できることなどを紹介した。
中日新聞電子編集部の松波功記者は、ネット上にアップされた偽画像・動画を見破るために、画像が加工された跡を表示するサイトや、ユーチューブの投稿時刻を確認する方法などを解説した。
被災者取材のロールプレーで、自分の間違いに気づく
今年5月に大津市で起きた保育園児らが死傷した交通事故や、同月に発生した川崎市での児童殺傷事件では、被害者側へのメディアの取材手法についてネット上で批判が上がった。災害報道の現場でも被災者や遺族への取材手法に批判的な見方がある。
被災者取材のあり方についての講座では、社会心理学の研究を続けている松井豊・元筑波大学教授が「災害取材ロールプレー」を実践。参加者は7~10人ほどのグループに分かれ、記者役と被災者役とで数分間の模擬取材をした。想定場面は大地震発生10日後。自分は生き残ったが娘を津波で亡くした被災者役に、記者役が避難所で話を聞くシーンだ。記者も記者役を演じたが、娘を亡くしたと語る被災者役に「おつらかったですね」と言ってしまい、「『はい』としか言いようのない質問は意味がなく、NGワードです」と講師に指摘された。
被災者役をした人からは、「会ったばかりで自分のことを何も知らないのに、本当に自分の気持ちが分かるのかと思ってしまった」との声があり、安易な声かけは相手を傷つけてしまうこともあると気づいた。講師からは、被災者は精神的に傷ついており、答えるのが難しそうな質問があれば尋ねてよいか確認する▽どんなに締め切りが差し迫っていても相手のペースに合わせる▽「今、どのようなお気持ちですか」「分かります、私も同じです」は最も使われ最も効果のない質問で、使用を避けるーーなどと指導された。講座に参加した九州朝日放送の井上桂太朗記者(32)は「ロールプレーで被災者役をして、『確かにこう聞かれたら不快だ』など、普段取材する側では意識しないことに気づかされた」と話していた。
現場でのさまざまなジレンマ
災害報道のジレンマを学ぶ講座では、元NHKディレクターの近藤誠司・関西大学准教授(災害ジャーナリズム論)が、取材時に判断が困難な状況を想定し、あえてYES・NOで答える「クロスロード演習」を実施。例えば、▽あなたはTVディレクター。大地震発生で、被災現場で生中継を担当することに。夜、照明を使っていると、被災者が捜索活動に貸してほしいという。機材を貸す?▽あなたは新聞社のカメラマン。地震の被災地で病院を取材することに。しかし入り口には「メディアお断りの張り紙が。それでも取材する?▽あなたはTV局のプロデューサー(管理職)。取材ディレクターが津波の被災者から亡くなった肉親の「遺体の写真」を借りてきた。防災啓発のため遺族自身がオンエアを希望しているという。番組で使う?ーーなど計10問だ。
被災現場で照明機材を貸すかという質問は「YES」と答えた人が多かったが、近藤准教授は「その場に直面すると即断できないことも。これは私が阪神淡路大震災で実際に体験した例で、今でこそ『機材を15分だけ貸す』と考えられますが、すぐに報道しなければならない切迫した状況だった当時は、判断できなかった」と語った。
お断りの張り紙にどう対応すべきか
メディアお断りの張り紙がある病院を取材するかどうかの質問は「YES」が多数。参加者がグループ別にそれぞれの回答理由を話し合うと、「取材交渉だけでもする」「病院の敷地外で取材をする」「張り紙だけで断念しては仕事にならない」という声が上がる一方、「混乱した状況で張り紙をするというのは明確な意思があるということ」と、取材すべきでないという意見も出た。近藤准教授は「学生に同じ質問をすると9割がNO。今は『張り紙をしている以上、取材交渉をするのも失礼』というのが世論だということを、報道機関は理解する必要がある」と指摘した。
遺体の写真を番組で使うかどうかの質問は、「水死体の遺体は損傷が激しく視聴者へのショックが大きい」「被災者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こすおそれがある」などNOがほとんど。YES側からは「損傷した衣服の一部、指先など体の一部だけを映してはどうか」「モザイク処理して使う」などの解決策を模索する意見が出た。近藤准教授は「海外では議論にならない話題で、こうした報道を迷うのは日本メディアの特徴」と説明。学生へ同じ質問をすると、年々「YES」が増加しているといい、「学生は『どうせネットで出回るのになぜ報道しないのか』『マスコミは事実を隠している』と思っている」と、報道機関と若年層の考えの違いが広がっていると指摘した。
参加したとちぎテレビの菊池康伯記者(33)は「遺体そのものを映さずとも、遺族が遺体の写真を自分で撮ったという事実や、なぜ撮ったのかなどの気持ちを聞いて報道することで、防災啓発にもなる。判断が難しい事例が多いが第三の道を探り続けたい」と話していた。