大阪市東住吉区の見性寺(けんしょうじ)の本尊「木造阿弥陀如来坐像」が、桃山時代に奈良を中心に活躍した仏師「宗印」の作品であることが判明したと、大阪市教委が23日、発表した。仏像の内側に名前が書かれていたという。安倍文殊院(奈良県桜井市)の住吉明神立像(国宝)などで知られるが、現存する作例は極めて少なく、貴重な8例目の発見となる。
仏像は高さ87・1センチの等身大で内側は空洞。頭部を調べると、内側に「慶長十一(1606年)」「南都 北室大仏師 宗印」などと墨書されていた。桃山~江戸時代初期にかけて活躍した宗印は、豊臣秀吉が造らせた京都・方広寺の大仏(現存せず)を手がけた当時最高峰の仏師。奈良を拠点とし、快慶、運慶に代表される「南都仏師」の最後の一人とされる。
見性寺は1881年ごろに火災に遭った。仏像は復興後に安置され、以前は羽曳野市の誉田八幡宮の奥之院(明治時代に廃絶)にあったと寺に伝わる。八幡宮が所有する奥之院の棟札には、本尊の墨書と同様、慶長11年という年号や「無量寿仏」がまつられたと記されており、言い伝えが正しい可能性がある。
市教委文化財保護課の川北奈美学芸員は「具体的な時期が特定でき、仏像研究に資する貴重な資料。当時からすると復古的なデザインで、南都仏師が身近にある飛鳥時代や奈良時代の仏像を参考にした可能性もある」とした。仏像は一般公開していない。【矢追健介】