令和元年、雅子さまが皇后になられた。 10月22日には、新天皇の即位を国内外に宣言する「即位礼正殿の儀」が行われた。国際政治学者の三浦瑠麗さんが、雅子さまに寄せる思いを綴った。 ※「週刊文春」2019年8月15・22日号より転載
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こんなお題を頂いて困ってしまいました。私は新皇后雅子さまに望むことは何一つないのです。言うなれば、生きがいを感じられるお幸せな人生を過ごされるよう、ということ以外。
日本国憲法において特別身分はただ一つだけ定められています。それは「天皇」。生身の人間が皇室を背負い国民の理想に応えるのは、特殊な鍛錬を必要とする、ある種残酷なことです。そんな特殊な立場であっても、何らかの生きがいを見出したい、というのは人間の自然な感情ですが、生きがいを持つことさえも公務の次に許されることであって、一挙手一投足をあげつらわれるなか、辛うじて見つけられるものになりがちです。
皇后の場合は、そこにもう一つねじれが生じます。そんな大任を背負う天皇を「支え」、子供を産むことがお務めであり、生きがいでもあるべき、とされてきたからです。いわば、配偶者の存在を前提にしてしか発揮され得ない貢献といえるでしょう。一方で、平成の御代においてはむしろ主人公ではないはずの皇后が注目され、国民からのさまざまな期待を押し付けられました。男子を産むことだけが使命なのであれば、なぜそれほど監視するのか。皇后の振る舞いをあげつらい、一挙手一投足に注目するようになったのは、大衆化の流れにほかなりません。そこに保守的な「皇后はこうあるべき」論が織りまぜられ、一種グロテスクな保守と大衆的ポピュリズムの結合ができあがってしまった。それでも美智子さまは(多大な重圧こそあれ)夫を支えて生きる運命を普通のこととして育った世代です。したがって、陛下を支えることが自分の存在意義であるということをためらいもなく受け入れられたのです。では男女雇用機会均等法以後の女性はいったいどうすればよいのでしょうか。
日本にキャリア女性を作ったこの法律ができてから、34年しかたっていません。国際基準に合わせる形で上からの改革として始まった流れは、社会を大きく変えました。その一方で、まだ新旧世代が混在しているのがいまの日本です。もしも雅子さまが違う育ち方をしていれば、これほど生きづらくはなかったことでしょう。いったん「自我」を育む教育を受けた人間からそれを奪い取ることは難しい。雅子さまの自我は、そこに自分がいることには意味がある、という信念だったのではないでしょうか。この世代は、結婚したからと言って仕事を辞めなければならないなどということはありません。キャリアを諦めた皇室入りの決断の根拠は、自分の適性を活かした社会貢献を別のかたちでもできる、という確信があればこそだったのではないでしょうか。
「雅子の人格を否定するような動き」があった、とかつて陛下が言われた言葉は、混乱を生みました。人格否定って何だろう。何でだろう。おそらく、その時の日本社会は自己決定権という言葉を十分に知らなかったのです。現代の日本では、女性も男性もそれぞれの生きづらさを抱えて生きています。期待される役割も、双方にあることでしょう。しかし、自己決定権に関してはまだ圧倒的に女性が行使しにくい社会です。令和になってから、雅子さまが貫禄をもっていきいきと活動されている様子を嬉しく拝見しています。
(三浦 瑠麗/週刊文春 2019年8月15・22日号)