日本だけでなく世界中の、企業経営が大きく変化するかも知れない――。
AppleやAmazonといった米国の大手企業経営者の団体であるビジネス・ラウンドテーブル(BRT)が、8月19日に「企業の目的」を再定義した声明文を発表した。これが企業経営者の間で、大きな話題を呼んでいる。
BRTは、企業の目的をこれまでの「株主第一主義」から「すべてのステークホルダー(利害関係者)に配慮し恩恵を与える」との立場に転じた。声明文には183名の経営者の署名が行われている。
この声明文で出されたコミットメントには、「従業員へ投資をする。公平な報酬を行い重要な福利厚生を提供する。変化の速い環境に対応するため、訓練・教育を通じて従業員による新たなスキル習得をサポートする」ことなどが盛り込まれている。
1972年に設立されたBRTだがもともと、設立当初は企業の目的を「企業は株主、従業員、地域社会などすべてのステークホルダーへ投資・関与することが必要」としていた。しかし、1997年に株主第一主義に転じたのだ。その理由として、「企業買収家からの圧力が一因」としている。
欧米型企業経営、あるいは米国型企業経営は、経営者は株主から雇われているとの考えのもと、徹底した成果主義により最終利益を追求し、株主への配当を多く支払うことと株価を上昇させ株主利益を拡大すること大命題となっている。
そのため、短期雇用や実力主義の雇用が行われ、企業業績次第では従業員のリストラ、事業撤退、経営者の交代、場合によっては事業売却や会社そのものの売却すら厭わない。そのため、経営判断のスピードを重視する。従業員にとっても基本的に年功序列はなく、成果主義のため昇給や昇格、待遇面での優遇が行われ、キャリアアップや好条件への転職が当たり前で、企業に囚われることなく人材の流動化が進んでいる。
これに対して、かつての日本型経営は基本的には終身雇用・年功序列的な雇用が行われ、経営も合議制やボトムアップなど慎重は判断が行われ、企業は従業員のためという意識が強かった。
しかしバブル経済崩壊後に日本企業では、企業価値が大きく毀損したこともあり、企業買収(特に外資系ファンドによる)が頻繁に行われた。それとともに、企業経営もそれまでの日本型から米国型への転換が行われ、株主重視の経営が行われるようになっってきたわけだ。
また従業員の側でも、不可抗力的な部分はあるものの、終身雇用を諦めあるいは成果主義による好条件を求めて、人材の流動化や転職が当たり前となっているだろう。そこに加えて、バブル経済崩壊後の不況期には、正規雇用者が急激に減少(いわゆる就職氷河期)を迎えて非正規雇用者が急増し、日本の雇用関係は大きく変化した。
ではBRTのいう、「すべてのステークホルダーへ投資・関与することが必要」とはそもそもどんな人々のことか。今回の声明文では、企業の経営活動に関わる顧客、従業員、株主、取引先、地域社会、行政機関などすべての利害関係者を指している。
従って、多くの企業経営者が“念仏のように唱える”ステークホルダー重視の経営とは、米国企業の株主第一主義や近年の日本企業の株主重視のように、株主だけが重視されることではないのだが、これまではステークホルダー=株主という経営が行われてきたわけだ。
しかし、米国では2000年頃から労働分配率が大きく低下しており、所得格差が拡大していることが、大きな国内問題となっている。こうした現状を鑑み、企業経営者自らが「公平な報酬を行い重要な福利厚生を提供する。変化の速い環境に対応するため、訓練・教育を通じて従業員による新たなスキル習得をサポートする」との声明文を出したことは、非常に大きな意味を持つ。
もちろん、今回の声明文は株主を軽視するものではなく、株主に対して経済的なリターンをもたらすという目的を放棄したわけではない。それでも、経営者自らが従業員に対する“公平な報酬”という労働分配率を向上させる意思を示したことは、今後、米国の企業経営が変化していく“礎”となるかもしれない。
このBRTが起こした“小さな波紋”が、やがて“大きなうねり”となって日本の企業経営にも波及し、日本での所得格差を是正する動きにつながることを切に願いたいと思う。