関東圏鉄道各社のアプリに見る、利用者への接し方戦略

関東圏の鉄道各社は、利用者のために運行情報などを提供するスマートフォンのアプリを提供している。JR東日本や東京メトロだけではなく、関東圏の大手私鉄でも出そろい、それぞれを相互に行き来しながら使用できるようになっている。

しかし各社のアプリを使ってみると、違いがあって面白い。鉄道の運行情報に徹していたり、自社サービスへの囲い込みをうながしていたり、鉄道そのものの魅力を打ち出していたり、各社それぞれの利用者への接し方、露骨に言えば囲い込みの方法に違いが見える。

そんな各社のアプリを紹介しつつ、そこから見える鉄道会社のありかたの違いについて考えてみたい。なお筆者はiPhoneを使用しており、iPhoneのアプリを使用した上でこの記事を書いているものの、Androidのアプリでもそれほど変わらないだろう。

運行情報に徹するJR東日本アプリ
JR東日本のアプリは、経路検索や運行情報、列車走行位置、駅情報など、鉄道を利用する際の情報提供に優れた、鉄道利用者のためのアプリである。運行情報は遅延や運休などの情報が分かりやすく出され、列車走行位置はほぼ正確、表示に遅れが出ることもほとんどない。鉄道利用の案内としては、多機能で分かりやすいアプリと言えよう。

このアプリの特徴として、鉄道利用者の情報提供に徹していることが挙げられる。JR東日本は鉄道以外にも多くの事業を行っているので、「利用者を囲い込んでそこへの誘導を行いたい」といった考えを持ってもおかしくはないが、それは別のアプリで対応している。

Suicaをスマートフォンで使用したい人にはSuicaのアプリがあり、JR東日本のサービスをよく利用してポイントなどをたくさん貯めたい人には「JRE POINT」のアプリがある。

JR東日本は広域的に事業を行っている鉄道会社であり、ひとつのアプリで情報を盛り込むには、ちょっと無理がある。またSuicaのアプリは、電子マネーのアプリとして独立させるほうが、利用者としても便利だろう。アプリでチャージするたびに、鉄道の運行情報などが出てくる、というのも無理がある。

JR東日本の場合、地域密着型の私鉄とは異なり、幅広いエリアでサービスを展開することになる。そういった場合、アプリでは分かりやすく鉄道事業について伝えるほうが、理にかなっているといえよう。

都心に密着する東京メトロのアプリ
都心で働き、普段から鉄道を利用する人は、東京メトロのアプリをぜひスマホにインストールするべきだ。東京メトロのアプリは、運行情報や列車走行位置といったスタンダードなものだけではなく、トイレの空室情報や空きロッカー情報、最寄り駅の出入口検索、駅の構内図、乗換出口案内など、鉄道利用者にとって必要な情報を十分提供してくれるアプリである。また、都営地下鉄の運行情報も提供している。

東京メトロは、全事業に対して鉄道の割合が大きい事業者である。営業エリアは都心部が中心なので広くないが、利用者は多い。そういった鉄道事業者としては、都心で鉄道を利用する人には何が必要かを考え、それに合わせたアプリを作ることが求められる。

それに応えたのが、東京メトロのアプリである。地下鉄を利用する上で、どこにトイレがあって空いているのか、コインロッカーは空いているのかといったことは重要な情報である。その情報を適切に提供しているのが、東京メトロアプリである。

列車走行位置についても「空いている」などの情報を表示することで、列車の混雑を平準化しようとしている。ただし、大きくダイヤが乱れたときには、走行位置が表示されないこともごくまれにある。

鉄道を細かく掘り下げるのが東京メトロのアプリの特徴で、純粋に鉄道を利用する上で必要なものを提供している。どう鉄道を利用してもらうかを突き詰めるのが、アプリに見える東京メトロ唯一最大の戦略である。

沿線住民の利便性をとことん追求した東急線アプリ
東急電鉄のアプリは、バスとの連携や、改札の混雑が見える「駅視-vision」、早朝利用などでもらえる「グッチョイクーポン」などが特徴的だ。もちろん、運行情報や列車走行位置の情報も充実している。

東急の場合、利用者と事業者の距離が近い。東急は「選ばれる沿線」をほかの鉄道会社に先んじて掲げており、沿線住民に東急のサービスを総合的に利用してもらうことをグループの戦略としている。鉄道だけではなく、バスとの連携もアプリでできるのはそのためだ。

案内の通知も細かい。先日の台風19号による計画運休の際には、何日も前からひんぱんにお知らせをプッシュ通知しており、計画運休が行われる予定を丁寧に利用者に通知していた。

駅の混雑も「駅視-vision」で見えるようになっており、混雑していれば家で待っていようかな、と考えることもできるようになっている。またダイヤ乱れの際の情報提供も分かりやすく、アプリを開いたら路線図とともに問題が起こっている路線を表示するようになっている。これも、東急沿線を選んだ住民に対するサービスを第一に考えていることの現れである。

沿線住民を第一に考える。「選ばれる沿線」で選んでくれた沿線の人たちにとっては、便利な「東急線アプリ」である。

列車位置情報が面白い小田急アプリ
小田急電鉄が提供するアプリは、列車の位置情報と運行情報を中心としている。駅の混雑情報や、一部の駅ではトイレの空き情報も提供している。沿線情報などは、別のアプリで提供する。

位置情報で位置を示しているだけではなく、列車種別も示している。その上トップページにも列車位置情報が表示され、駅の発車時刻も発車標のように並べられている。トップページの列車位置情報は、代々木上原から登戸までの複々線区間ではそのとおりに表示されており、複々線区間の醍醐味を味わえる仕組みになっている。

小田急は複数のアプリを提供し、沿線住民へのサービスはそちらで提供している。「小田急アプリ」は鉄道情報を充実させ、現実に利用する人に便利な仕様になっている。

「選ばれる沿線」をめざす意志の固い京王アプリ
京王電鉄が提供するアプリは、鉄道やバスの運行情報、列車位置情報だけではなく、京王関連の商業施設のクーポンや、特別な列車の運行情報にも力を入れている。

こういったアプリのつくりは、京王グループの提供するサービスを鉄道以外にも利用してもらおう、沿線を愛してもらおうという意思表示の現れである。京王は「選ばれる沿線」を目指す、ということを最近よく述べている。その姿勢がアプリに現れているのだ。

鉄道を楽しめる西武線アプリ
西武鉄道のアプリは、イベントやクーポンなどの提供はあるものの、ほかの鉄道会社に比べると弱い。ただし、鉄道そのものを楽しめるという点では、このアプリに非常に好感が持てるのだ。

列車の走行位置を示す機能では、列車の走行位置だけではなく、使用している車両も分かるのだ。限定塗装の車両や、東急やメトロなど他社からの乗り入れ車両も、アイコンとなって表示されている。実際に利用している人にとってはどんな車両なのかわくわくし、沿線で写真を撮っている人には実際に参考になるアプリとなっている。

西武鉄道という鉄道を愛してほしい、車両などにも関心を持ってほしいという西武鉄道の考え方がよく現れたアプリである。その意味では、筆者は沿線住民ではないにもかかわらず大好きなアプリである。

列車走行位置の見やすい東武線アプリ
東武鉄道のアプリは、基本情報を押さえることに注力したベーシックなアプリだ。目立った特徴はないものの、列車種別ごとに整理された位置情報が見やすく、分かりやすいのがポイントである。ベーシックなところをきちんと押さえている。

位置情報に列車種別ごとの停車駅が組み合わされており、初めて東武を利用する人でも使いやすい。シンプルな分かりやすさという点では、JRなどとも共通し、あくまで鉄道利用者へのサポートに徹するという企業の姿勢が分かる。

文字情報の使い方が上手な京成アプリ
京成電鉄のアプリは、アプリとしては後発のものであり、位置情報や運行情報を中心としている。そのため、サービスが少ないのが難点だが、列車種別と目的地を最小限の文字情報で伝えているのが特徴である。「スカイライナー」などは専用のアイコンで表示している。これからどうアプリの機能を増やしていくかが課題だ。

「駅から」を軸にした京急線アプリ
京急電鉄のアプリは、列車走行位置や運行情報、「駅視-vision」の提供を中心としている。アプリを開くと設定された駅の発車時刻と行先が表示され、鉄道利用の利便性をあくまで第一としている。「駅視-vision」の提供もその一環だろう。情報の提供も素早い。「京急らしさ」を軸にアプリが作られている。

チャットボットがユニークな相鉄線アプリ
相模鉄道が提供するアプリは、後発のものとしてはよくできている。運行情報や位置情報の提供はほかと同じだが、「そうにゃん」や「20000系」を着せ替えすることができ、相鉄に親しみを持てるようになっている。また、分からないことを聞ける「チャットボット」にも対応し、問い合わせへの即答も可能だ。

センスのよいアプリが、近くJR東日本への直通が開始され、「選ばれる沿線」競争に名乗りを上げてきた相鉄の競争力を高めることになるだろう。

関東圏の主要鉄道各社のアプリには企業戦略が見え、それぞれ利用者への接し方をどうするか、などを考えていることがよく分かる。利用者にとって便利な鉄道を目指していたり、「選ばれる沿線」に取り組んでいたり、どう利用者を大切にするかが、アプリの作り方からうかがえるのだ。

(小林拓矢)