日本人初の国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子(おがた・さだこ)さんが29日までに亡くなったことが分かった。92歳だった。
緒方さんは1927年東京生まれ。曽祖父は犬養毅元首相、祖父は芳沢謙吉元外相、父は元フィンランド公使という一家に育ち、幼少期を米国と中国で過ごした。4歳の頃、曽祖父が殺害される5・15事件が起きた。聖心女子大に学び、米ジョージタウン大で修士課程、カリフォルニア大バークレー校で博士課程を修了した。76年に女性として初めて国連政府代表部公使を務めた。
上智大外国語学部長を経て、91年に8代目の国連難民高等弁務官に転身した。2000年末まで10年間の在任中、イラク・クルド難民の大量流出、ボスニア紛争、ルワンダ難民問題などに取り組み、「現場主義」を掲げて積極的に各地を回った。危険を顧みず、ヘルメットと防弾チョッキで現場を歩く姿から、「行動する国連難民高等弁務官」とも評された。1994年に第1回読売国際協力賞を受賞した。
米同時テロ後、アフガニスタン支援政府代表を務め、02年に東京で開催したアフガン復興支援会議では、45億ドル以上もの復興資金を集めた。03年からは国際協力機構(JICA)理事長を8年半務め、退任後は政府の国家戦略会議議員などを務めていた。貧困、環境破壊、紛争、テロなどの脅威から人々の生活、生存や尊厳を守るため、安全保障の対象を国家から一人一人の人間に拡大した「人間の安全保障」の重要性を唱え、国際社会に訴えた。
03年に文化勲章受章。夫は、緒方竹虎・元自由党総裁を父に持ち、日銀理事や日本開発銀行副総裁を務め、14年に86歳で死去した緒方四十郎氏。