BEAMSと福岡ハカセの両方を見出した「伝説の編集者」とは

10月29日の発売とともに、業界内外を騒がしている異色の コラボ増刊「ビームス×週刊文春」 。そのなかから、『週刊文春』の連載でお馴染みの福岡伸一さんが綴る「ビームスと私」をご紹介します。
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あるとき渋谷に向かう東急電車の席に座って本を読んでいると(未だに私は電車内ではケータイではなく本を読む事が多いのだが)、ある駅で、世にも稀なる美女が乗り込んできて私の前に立った。すらりとしたスタイル。そして着ている服が完璧だった。私はなるべく彼女の方を直視しないようにして、彼女の着こなしをちらりとうかがった。上はつややかな黒のニット、鮮やかなオレンジ色のボトム、ハンドバッグは紺、アクセントに淡い水色のスカーフを首に巻いていた。電車が渋谷につくと彼女は颯爽と降りていった。へえ、あんなおしゃれさんがいるんだ。私は勤務する大学がある表参道まで行くので、そのまま座席に座りながら、さわやかな残像の余韻を楽しんだ。あの風合いや色使いはひょっとするとBEAMSのラインナップかもしれないな。渋谷が勤務地みたいだったし。
しかし、一方で、私は心のどこかにちょっとだけ引っかかるものを感じていた。ある種の違和感、と言ってもいいかも知れない。その感覚の正体がいったい何に由来するのか、私にはわからなかった。大学に到着すると、すぐに講義の準備や雑用に取り紛れて、朝のささいな出来事はすっかり忘れてしまった。その後、ずいぶん経ってからのこと、本をパラパラとめくっていた私は急に思い至った。スティーブ・ジョブズが語っていた有名な言葉、コネクティング・ドッツとはまさにこのことだ。2つの無関係なことが突然、頭の中で連結し、発火する。ちなみに、これこそが人間の知性にだけ出来て、AIには出来ないことだと思う。AIは、履歴がある2点しか結ぶことができないからね。

私が見ていたのは『世界の蝶』という図鑑だった。子どもの頃からの一番の愛読書である。世界中の美麗な蝶が網羅されている。そしてそのとき、あの違和感の謎が解けたのである。それはこういうことだ。もし、蝶だったら――ひとつひとつのアイテムがどんなにすばらしいものであっても――絶対にその組み合わせはしないよね、という感覚なのだった。少年の頃から筋金入りの虫オタクだった私は、その美意識の基準がすべて虫たちの意匠から成り立っている。たとえば、私の一番好きな蝶は、台湾の南の孤島にだけ棲息する貴重な蝶、コウトウキシタアゲハという大型種なのだが、その優美さといったら筆舌に尽くしがたい。すらりと流線型に伸びた漆黒の前翅、そして輝くような深い黄色の後翅、首には可憐な赤い衿をまとっている。そのバランスの精妙さはいかばかりか。そう、黒には黄色のボトム、スカーフは紅色じゃないとダメなのだ。ことほどさように、少年の頃から、私にとって自然は唯一無二のデザインリソースなのであり、それは未だにそうなのである。
さて、話題は変わるが、私を作家として世に出してくれたのは小黒一三である。かつてマガジンハウスの雑誌「ブルータス」の編集者として辣腕をふるい、のちにアフリカの路傍の絵描きムパタを世界的に有名にし、ムパタの名を冠したホテルをマサイマラの高原に建て、環境雑誌「ソトコト」を作り、ロハスやスローフードを世に流行らせた伝説の人物。そんな彼が20年も前、まだ何者でもなかった私に突然電話をしてきて、書く場所を与えてくれた。そして今に至る。彼は自らの編集者哲学を貫いて、いつも黒子に徹し、表に出ることはない。でも、ある意味で、BEAMSを世に送り出したのも小黒一三であるといえるだろう。1970年代後半から80年代にかけて、雑誌が文字通りあらゆる文化の流行を創出し、牽引した時代。BEAMSを巡っても、小黒たちの群像劇あるいは愛憎劇(?)が繰り広げられた。当時、私は京都大学でマジメに勉強していたので、残念ながらその頃のことは知らない。きっと本誌で誰かが証言してくれるだろう。
ふくおか・しんいち 1959年、東京生まれ。青山学院大学教授。ロックフェラー大学客員教授。著書に『ツチハンミョウのギャンブル』など。
(福岡 伸一/文春ムック 週刊文春が迫る、BEAMSの世界。)