「超小型EV」でEVビジネスを変えるトヨタの奇策

10月24日から11月4日まで、東京ビッグサイトで開催されている東京モーターショーの見どころを、前回、前々回のマツダのEVに続き紹介していきたい。

時代の変わり目がやってきた。トヨタの出品車両は割と地味だ。名前も実用一本やりの「超小型EV」。犬に「いぬ」と名前を付けるようなぶっきらぼうな話だが、これは多分東京の景色を変える。

EVの使命
2年前の東京ショーで、筆者は「JPN TAXI」を強くプッシュした。そして今東京の街中にはあの背の高いタクシーがあふれており、東京の景色が確実に変わりつつある。おそらく「超小型EV」でも同じようなことが起きるに違いない。

次世代モビリティの中心を担うのはEVだといわれつつ、現実的にはその普及は遅々として進まない。日産リーフもテスラの各モデルも確実に少しずつ増えてはいるが、JPN TAXIがたった2年で都市の景色を変えたレベルと比べると、その差は比較にならない。

トヨタのこの超小型EVは、JPN TAXIほどではないかもしれないが、次の東京モーターショーの時にはやはり都市景観を変えるほど、そこら中を走り回っているだろう。

この超小型EVが真にすごいのは、自動車の歴史上初めてEVで利益を上げる商品になりそうだからだ。だから業界の人に「トヨタはついにEVでもうける方法を見つけましたよ」というと「本当ですか!」ととても驚く。「EVはもうからない」ということがそれだけ常識になっているからだ。

ちなみに、もうかっていそうなテスラだが、昨年あたりからようやく単月収支が連続黒字化したところで、いま猛烈に積み上がった過去の累積赤字を埋める作業に入っている。もしこのまま好調が続くようであれば、ペース的には割と早期に黒字化する可能性はある。ただし一方でパナソニックの決算では「(テスラ専属供給の)円筒形電池の収益改善が課題」とされている現実もあり、新型電池「2170」の利益分配もどこかで何とかしないと事業が継続できなくなる。

さて、まずは簡単にEVマーケットの状況説明から始めるべきだろう。EVがなぜ必要か? それは温室効果ガスの削減のためだ。これだけはきちんと頭に入れてもらわないと全部の話が分からなくなる。EVの良いとこ悪いとこはいろいろあるが、何よりも化石燃料廃止へ向けた重要な取り組みであることは別次元に重要だ。そこがどうでもいいのなら内燃機関で問題ない。というか、現状それ以外の部分では内燃機関の方がアドバンテージが大きい。

給油の速さや航続距離、パワートレーン全体の個性の持たせ方。そういうところはエンジンが有利だ。一方でEVは音と振動が少なく、洗練されているし、低速からの加速力はエンジンが太刀打ちできないほど圧倒的だ。

EVマーケットの構造
ファミリーカーとしてのEVにとって致命的なのは価格で、いわゆる家族のためのクルマとして使えるものは、日産リーフの330万円が最廉価。同じリーフでも上は451万円になる。その価格に手が届く人はいいだろうが、全部が全部そうではない。普及ということを考えれば、やはり250万円というラインがひとつの目安だろう。トヨタのプリウスやノア/ヴォクシーなど、家族向け用途で売れているクルマの中心価格はそのあたりだ。

「EVの中古なら安くてお買い得じゃないか?」という人がいるが、ついこの間までシェア0.1%だったEVのユーズドカーの市中在庫が豊富かどうかは、議論の余地があるようには思えない。

しかも安いのはバッテリーの劣化で航続距離が激減しているからだ。過疎地在住でガソリンスタンドが近隣から撤退してしまい、今や充電の方が便利だし、行き先も病院とスーパー程度で長距離乗らないという人が安く購入するには、運良く面白いソリューションになるかもしれないが、とても一般に勧められる話ではない。

ということで、EVはファミリーカーとしてはまだ価格が高い。バッテリー単体の価格が200万円から300万円くらいといわれている現状では、この価格はいかんともしがたい。しかも現実的な運用を考えれば、戸建てで自分専用の充電器を完備し、夜間に低速充電して使うのが基本中の基本。家に充電器がないとすれば、会社の役員か何かで、マイカー通勤をして勤務時間に会社の充電器を独占できる雲上人でもなければ維持は相当に難しい。

それでも強硬なEV原理主義者の人はいる。

例えば、先日(10月4日)のEVsmartBlogの対談で、夏野剛氏は「今時、エンジンの付いたクルマに乗っているのは20世紀人ですよ。前世紀の遺物を使っているという概念になっていくと思うんです」などと平然と語った。しかし、筆者には「ケーキがあるのにどうしてパンなんて食べるの?」としか聞こえなかった。

EVには未来的なフィールがあることは筆者も認めるし、いずれ時間をかけてEVが主流になるとは思う。しかし、今EVに乗っていないのは前世紀人という意見には到底賛同できない。またおそらくは文脈的にも、環境の事を考えての発言とは思えないが、本気で温室効果ガスを削減していこうとすれば、価格帯別にさまざまな技術が必要で、高額なゼロエミッション技術があればほかにはいらないというものでもない。

100万円のクルマにはその価格なりの、200万円のクルマにもその価格なりの、それぞれの価格帯に向けた技術が組み合わさって、ポートフォリオとして平均値を下げることが現実的だ。よもや「EVも買えない貧乏人がクルマに乗るのが間違いだ」というつもりでもあるまい。多くの人が「移動の自由」を享受しながら、環境問題を解決していくには、マイルドHV(ハイブリッド)やHVもまた並行して必要なのだ。

まあ実はこのあたりの人は、リーフが買えるかどうかというレベルではなく、もっと上のテスラクラスターの人たちだ。テスラはEVの常識を壊して、プレミアムEVというジャンルを構築してみせた。それはつまり「安くしようと思うからいけない」という概念で、富裕層に向けた新しモノとしてのEVという新機軸だった。

このクラスの人たちは1000万円でも2000万円でも大して気にしない。だったらケチらずにバッテリーをたっぷり乗せて、デジタルなガジェットを大量投入して、未来のクルマらしさをたっぷり演出してあげればいい。なに、多少不便があったって、その時はもう一台のベンツで出掛ければどうってことはないのだ。

このテスラのプレミアムEVというコンセプトはヒットを飛ばし、初めて「欲しいEV」を世に送り出した。そして現在厳しさを増す温室効果ガス関連法の締め付けによって、既存の自動車メーカーがEVに進出せざるを得なくなった。

EVマーケットの変化
大衆車メーカーは困りつつも、魚の少ないことが分かっている日産と同じ池に新たに竿(さお)を立てることになる。しかしこれはかなり絶望的な椅子取りゲームだ。全固体電池が世に出てくる2025年くらいまでは、お客の予算より100万円高いクルマを、何とかして売るというビジネスにならざるを得ない。そして全固体電池が本当に全ての問題を解決してくれるのかも、その時になってみないと分からない。

一方でテスラが発見した、「高くても構わない」というお客を以前から抱えているブランドにしてみれば、従来よりケタ違いに速いEVスーパースポーツを作れば一定数売れるのは明らかだ。

すでにポルシェはタイカンを、ジャガーはI-PACEをデビューさせているし、フェラーリもアストンマーチンもロータスも、軒並み超高性能EVをリリースする。ランボルギーニはBEV(バッテリー電気自動車)は作らないそうだが、フォルクスワーゲングループの一員なので、ポルシェ・タイカンのコンポーネンツはいつでも使える。PHV(プラグインハイブリッド)の計画はすでに発表済みだ。

もちろんすでに先行しているベンツ、BMW、アウディもラインアップを増やしてくるだろう。加えて、ポルシェやジャガーは、すでにそれぞれの伝統の乗り味をEVで再現するモデルを送り出し始めている。戦いは、自動車としてのブランドアイコンを持たない新参メーカーには、すでに太刀打ちできない領域に入っている。

ということで、これからプレミアムEVマーケットは、大量のコンペティターが富裕層を奪い合うレッドオーシャンと化すことが見えてきている。

トヨタの奇策
さてそうした中で、一体トヨタは何をしようというのか? そもそもEVの普及を阻んでいるのはバッテリー価格である。テスラは「高くても構わない」客を狙うことで、バッテリー価格の束縛を逃れた。トヨタは全く逆のアプローチを取った。

「値段を下げられるようにバッテリーを小さくしよう」。いやいやそんなことをしたら航続距離が足りなくなる。だからみんな困っているのだ。「航続距離がいらないお客さんを選んで売ればいい」

このコンセプトを聞いた時、筆者は顎(アゴ)が外れるかと思った。なるほど、そりゃそうだ。世の中には企業イメージのためにEVを使いたい組織はいっぱいある。例えば電力会社。役所の公用車を筆頭に、公的要素のある事業の全て、インフラ企業や郵政や、保険・金融関連など数えればキリがない。検討中の企業は、トヨタから一覧で発表されている。現状彼らの事業を担っているのは軽自動車だ。しかも一日当たりの走行距離は100キロもいらない。

とっくにEVに切り替えたい気持ちはあったはずだが、軽自動車を350万円のリーフにはできない。三菱のi-MiEVだって300万円。これでは現状の軽自動車と置き換えられない。トヨタが超小型EVを一体いくらで売るつもりなのかまだ明確になってはいないが、トヨタのことだ。リース契約でのトータルランニングコストは従来の軽自動車と十分戦えるか、場合によっては安い価格を提示してくるに違いない。それはプロボックスHV(ハイブリッド)が、もはやHVを買わないと損だという計算書と共に、顧客に提示されるのと同じストーリーだ。

だから、これから日本の「荷物は積まなくて良い」用途の営業車は全部この超小型EVになり、荷物も運びたい営業車はプロボックスHVになる。台数はさばけるし、定期的に入れ替えも起こる。トヨタでは10年利用後のバッテリー性能を、新車の90%レベルに置いて開発を進めており、減価償却より早く性能がダウンして使い物にならないということは起きないはずだ。併せて充電方法や、専用の保険、中古車のリセールや電池のリユースとリサイクルまで全ての作戦は立案済みだ。

トヨタには絶対不動の中心軸として「トヨタ生産方式」がある。究極的には「売れた分だけ作る」ということだが、今回の話もそれに忠実だ。トヨタは、売れるか売れないか分からない350万クラスのファミリーEVカーには今は参入しない。それより確実に売れるビジネスEVを制圧し、CAFE(企業平均燃費)の数値を一気に引き下げることを狙っている。実に恐るべき戦略である。

(池田直渡)