鹿児島県出水市で4歳女児が母親の交際相手に暴行された事件で、亡くなった大塚璃愛来(りあら)ちゃんが昨秋以降、夜に頻繁に出歩く姿を近隣住民が目撃し、部屋で泣き叫ぶ声も頻繁に聞いていたことが、住民らへの取材で判明した。だが、児童相談所などはネグレクト(育児放棄)を疑わせるこうした情報を把握しておらず、今年3月の匿名の通報で初めて璃愛来ちゃんの異変を察知した。
璃愛来ちゃんと20代の母親が7月まで住んでいた同県薩摩川内市のアパート近くの住民らによると、母子は昨年秋ごろ、このアパートに入居。母親は夕方から車で外出して朝方帰宅することが多く、目を覚ました璃愛来ちゃんが「ママー」と泣いたり、夜でも1人で外に出て行ったりすることが増えていった。
昨年12月~今春には、隣接する高齢者向けスポーツ施設の職員が、夕方~午後9時ごろに1人で外にいた璃愛来ちゃんを計3回保護していた。施設によると、初めて保護した時はおむつがびっしょりぬれていて、2、3回目は下着を着けていなかった。このうち1回の保護時の様子を見た施設利用者の70代女性によると、璃愛来ちゃんは雨の中、薄着でびしょぬれになって泣いていた。
3回目には虐待を疑った施設の看護師が体を確認したが目立った傷はなく、自宅のドアに「預かっています」と張り紙をして1時間ほど待たせていたら母親が迎えに来た。看護師が「気をつけて」と注意すると「すみませんでした」と謝ったという。
ただ、こうした情報は行政には伝わっておらず、県中央児童相談所などが璃愛来ちゃんの異変に気付いたのは、3月16日に児相に寄せられた「虐待を疑わせる動画がある」との匿名の通告(通報)が端緒だった。
しかし、通告に基づいて同月18日、児相や薩摩川内市の職員、県警薩摩川内署員が自宅を訪問した後も、璃愛来ちゃんが夜1人で出歩く姿が目撃され、同月21日~4月2日には同署が計4回保護。自宅近くのドラッグストアの店長は「午後10時前に店に入ってきた。『お母さんは?』と尋ねても答えなかったので、どうにもできず警察に来てもらった」と振り返る。
一方、璃愛来ちゃんはその頃、約2年通っていた保育園から市内の認可保育園に転園。4月2日の入園式に母親と出席し仲むつまじい姿を見せていたが、7月に出水市に転出するまでに登園したのは計15日だけだった。母親から休みの連絡はなく、園からの電話に出ないことが多かった。
児相や薩摩川内市は深夜徘徊(はいかい)が相次いだ璃愛来ちゃんについて、園に見守りを依頼していたが、異常は見当たらなかった。園長は「どうすれば防げたのか、そればかり考えている」と話した。
事件では、出水市のアパートで同居していた母親の交際相手の日渡駿(しゅん)容疑者(21)が、8月31日に暴行容疑で逮捕された。【浅野孝仁、菅野蘭、降旗英峰】
「通告をためらわないでほしい」
昨年度に全国の児童相談所が受けた虐待の相談件数(速報値)は過去最多の15万9850件に上る。児童虐待防止法は、虐待や疑わしい事案を発見した場合、児童相談所に通告(通報)する義務を全国民に課している。実際、通告の経路別でみると、近隣住民や知人(2万1449件)が、約半数を占める警察(7万9150件)に次いで多く、虐待の早期発見に「周囲の目」は欠かせない。
ただ、虐待を疑わせるあざなどは目につきにくいところにあるケースも多く、確証がない中で通告に踏み切るのは容易ではない。今回のケースでも、近所の住民が毎日聞こえてくる泣き声に虐待を疑い、児相への通告を検討したが、悲鳴や殴る音まで確認できなかったため「証拠がないから」と見送っていた。
西南学院大の安部計彦(かずひこ)教授(児童福祉)は「専門知識のない一般の市民が判断する難しさはあるが、小さい子が1人で外を歩いていればネグレクトが疑われて心配だ。傷やあざの有無だけでなく、子どもの安全が確保されていないと思えば、虐待の可能性があると判断し、通告をためらわないでほしい」と話す。【青木絵美】