働き方改革に成功している企業は株価が上昇 「効率」「時短」より重要なものとは?

Great Place to Work Institute Japan(GPTWジャパン、東京都品川区)は、毎年実施している「働きがいのある会社」調査の結果分析を発表した。発表では、効率化や時短化などの「働きやすさ」は向上する企業が多い中、「やりがい」が失われつつある状況が明らかになった。

GPTWジャパンは、働きがいのある会社研究所(東京都品川区)が米Great Place to Work Institute(GPTW)からライセンスを受けて運営する調査機関。GPTWは1991年に米国で設立され、98年から働きがいのある会社調査を実施し、ランキングを発表している。

調査には現在、世界60カ国、7000社超が参加している。ランキングは各国ごとに発表され、調査内容や評価方法は全世界で統一。個人が働きがいを感じるとされる「信用」「尊敬」「公正」「誇り」「連帯感」の5項目、全58設問から企業を評価している。一定以上の水準にある会社は「働きがいのある会社(ベストカンパニー)」として認定される。日本では07年からランキングが発表されており、19年の調査には480社が参加した。

今回の分析では、18年調査と19年調査に参加した国内199社が対象となった。GPTWが「働きがい」を構成していると考える「働きやすさ」と「やりがい」の2要素から、各社における変化を調査した。

働きやすさの面では、全体の52%となる104社で改善が見られた。指標のうち「尊敬」を構成する項目での改善が目立ち、ワークライフバランスや、休みの取りやすさなどで向上が見られた。

一方、やりがい面が改善したのは39%、78社にとどまった。54%の107社ではやりがいの低下が見られた。

では、働きやすさで改善がなされた企業のうち、やりがいも改善された企業と逆に低下してしまった企業では、どこで差が付いたのだろうか。

キーワードは「信用」
GPTWジャパンによると、やりがいが改善された企業とそうでない企業との差は、「信用」にあった。両企業でスコアに差が付いた項目を見ると、「経営・管理者層は重要な事柄や変化について、きちんと従業員に伝えている」「経営・管理者層は、言うこととやることが一致している」など、信用に関する評価が上位を占めている。

GPTWジャパンの今野敦子シニアコンサルタントは「企業が注力しているのは『労働時間の削減』が多い」と分析している。厚生労働省の掲げる働き方改革は、日本の労働力人口の減少を受けて、労働生産性の向上を目的にしている。そのための手段が、「長時間労働の是正」「同一労働同一賃金の実現」「柔軟な働き方の実現」の3つだ。しかし「生産性」「効率」といった面にばかりスポットライトが当たってしまい、ただ労働時間を短くすれば良い、と企業ではなりがちだ。「効率性を追求するあまり『無駄』として切り捨てられるものがどんどん積もり、息苦しくなっているのでは。例えば上司との面談も、業務に直接的な関係はないと見られがちだが、やりがいを高める上では本来必要なもの」と今野氏。

このような状況を受けて、企業におけるコミュニケーションの重要性が増している。実際、働きがいのある会社として認定される企業も、コミュニケーションに重きを置くところが多い。

例えば、東京海上日動システムズ(東京都多摩市)では、「That’s談 with P」という制度を導入している。同社は合併を経て、さまざまな企業のカルチャーが入り交じり、コミュニケーション面に課題を抱えていたという。そこで、1週間に2回程度社員と社長が雑談できる同制度を導入。オフィシャルでない場で社長自らメッセージを伝えたり、雑談したりすることでやりがいも向上。10年連続でベストカンパニーにランクインしている。

また、経費管理などのクラウドサービスを提供するコンカー(東京都中央区)では、社員同士でグループを結成。2カ月に一度、決められたテーマに沿って各グループが好きな活動をする制度を取っている。活動費用は会社負担で、各社員がコミュニケーションを深められる制度だ。プロレスを見に行ったりサバイバルゲームを楽しんだりと内容は多岐にわたるという。同社は19年調査の、社員数100~999人企業が属する中規模企業部門ランキングで、1位に輝いている。

希薄化するコミュニケーション
発表会に登壇したリクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所の古野庸一氏によると、企業における働きがいの向上は、「仕事のデザイン」がメインだとされていた。1970年代ごろから人材マネジメントにおいて「ハックマン&オルダムモデル」と呼ばれる理論が提唱され、仕事の有意義性や自律性などから働きがいを向上させる施策が目立っていた。

しかし、効率性が重視されるようになるとともに、企業におけるコミュニケーションは希薄化している。リクルートマネジメントソリューションズが19年に行った調査によれば、5年前と比べて職場での人間関係の希薄化を感じている人は全体の44.6%にものぼる。また、85.1%の人がサポートを必要としているが、そのうち十分にサポートを得られていると答えた割合は58.4%にとどまる。

こうした背景から、発表会ではコミュニケーションの重要性が繰り返し強調された。厚生労働省が14年に発表した「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査報告書」においても、このような傾向が明らかになっている。「評価結果とその理由の本人へのフィードバックと説明」「従業員の意見の会社の経営企画への反映」「朝礼や社員全体会議を通じた会社のビジョンの共有」など、コミュニケーションに関する施策を実施している企業において、働きがいに対して肯定的に答えた人の割合が高かった。

働き方改革、成功企業は株価も上昇
古野氏によると、働きがいの向上に成功した企業は、株価も上昇する傾向にあるという。古野氏は、19年の調査においてベストカンパニーにランクインした企業のうち、過去5年間の株価データを入手できる企業を13社リストアップ。14年3月末に各社に同じ金額を投資した場合の5年後(19年3月末)におけるリターンを、東証株価指数(TOPIX)、日経平均と比較した。

その結果、TOPIXが32.3%、日経平均が43.0%のリターンだったのに対し、「働きがいのある会社ポートフォリオ」は128.3%のリターンとなった。年率換算すると17.9%で、投資額はおよそ2.3倍にまで増えた計算になる。

「こうした分析は毎年行っているが、毎年同じような結果になっている」と古野氏は話す。このように、単に「時短」だけの改革ではなく、コミュニケーションを重視して「やりがい」面にまで手を伸ばすことができれば、働き方改革は会社全体の利益にもつながる。今後は効率性だけを追求するのではなく、「なぜ、改革を行うのか」に立ち返った態度が企業には求められそうだ。