日本マイクロソフトが2019年9月に国内投入を発表した「Microsoft Surface Hub 2S」は、チーム内でのコラボレーションを目的にしたディスプレイ型デバイスだ。「Surface」ブランドの最新シリーズで、50インチの大画面を生かし、情報共有やプレゼンテーション、遠隔地とのビデオ会議などを実現する。
また、「Windows 10 Team」というWindows OSを採用しており、Windows 10のアプリを実行したり、タブレットPCでの操作感を大画面タッチスクリーン上でそのまま再現したりできる特徴を持つ。
前モデルのSurface Hubは、基本的に壁掛けでの利用を想定しており、ホワイトボードのような使い方をしたくても、ケーブルの取り回しの関係で移動に自由度がなかった。だが今回の「Microsoft Surface Hub 2S」では、オフィスや教育現場向けの家具を開発する米Steelcaseとの協業で、移動が容易な「Steelcase Roam」というスタンドと専用のマウンターが用意されており、これにAPCの充電型バッテリーを装着することで、電源ケーブルをコンセントに接続することなくSurface Hub 2Sを利用可能になった。デバイスを好きな場所に移動して作業できるわけで、オフィススペースの有効活用につながる。
これはほんの一例だが、近年のMicrosoftは、Surface製品群や同社ソフトウェア・サービスの市場投入にあたってSteelcaseとの協業を行うケースが増えており、単純にPCやタブレットを販売するというだけでなく、いかに現場で活用してもらうかという点を重視している。
今回は香港を拠点にアジア太平洋地域の市場調査や製品展開を行っているSteelcaseグローバルクライアントコラボレーション担当リージョナルバイスプレジデントのJason Taper氏に、どのように両社がコラボレーションし、実際にどのように現場で製品を活用して業務改革が進んでいるのかを聞いた。
SteelcaseはMicrosoftとのコラボレーションで何を生み出すのか
2019年に日本マイクロソフトの報道関係者向けイベントが日本スチールケースのオフィスで2回開催されている。1つは今回のSurface Hub 2SならびにSurface Pro Xを含むSurface新製品群の発表、そしてもう1つがSurface製品群の開発責任者であるPanos Panay氏を囲んでのラウンドテーブルだ。
Surfaceの目指す方向性にSteelcaseのコンセプトが合致したことが理由だというが、この協業は2017年にスタートしている。Taper氏によれば、Steelcase内にはワークスペース、つまり仕事場の未来を考えるチームが存在し、そこで働く人を含む将来に向けた研究開発を続けているという。同様のチームはMicrosoft内にも存在し、そうしたなかでMicrosoft CEOのSatya Nadella氏とSteelcase CEOのJim Keane氏の両トップがとある会議で意気投合したのがきっかけだ。
こうした過程で生まれた両社のコラボレーションの例として同氏が挙げたのが、「Steelcase Node」という製品。例えば、従来の教育現場では、教室内に教壇があり、それを臨む形で生徒の机が整然と並ぶのが一般的だ。ところが「アクティブラーニング」という概念では、生徒が机で円陣を組む形で配置して学習を進めるなど、より積極的に授業に参加することを促すスタイルになっている。
Nodeはこうしたアクティブラーニングで有効な設計が行われた机と椅子が一体化したもので、キャスターがついていて移動が容易になっている。机にはスロットが用意されていて、タブレットなどのデバイスを装着できるようになっているほか、椅子の下には生徒が持ち込んだバックパックを収納するスペースもある。Steelcaseが既存顧客を含むさまざまな知見を基に製品開発を行っているとすれば、Microsoftは使う人たちが新しいことを可能にする製品を作り続けており、Nodeを使って生徒がどのような学習を進めていくのかという部分を担う。それぞれの役割を通じて相互補完するのが両社の協業の意味するところだとTaper氏は語る。
働く空間をデザインする
「Steelcaseの製品は全て私たちの知見で作られている。その目的は人の可能性をどんどん明らかにしていくということだ。そのうちの1つの要素がスペース(空間)であり、この在り方によってより良い仕事の結果を引き出せると考えている」(Taper氏)
仕事空間をデザイン、提案するのもSteelcaseの仕事だというTaper氏だが、その事例の1つが本インタビューを行った会議室だ。通常、企業の会議室といえば大きな机や長机が並び、部屋の側面のどこかにホワイトボードやディスプレイ、プロジェクターが設置されている風景が想像できるだろう。
今回取材した日本スチールケース内の会議室は「Team Studio」と呼ばれ、同社のコンセプトを体現するアプリケーションの1つとして機能している。長方形をした部屋には2つのテーブルが配置され、ちょうど部屋の真ん中の部分が空いていて行き来が自由になっている。机も通常の会議室のテーブルとしては高く、椅子に座っている人と立っている人の視線の差がそれほどない。会議中、つまりチーム作業中に必要に応じて好きに移動して、立った状態のまま目線を合わせて話し合うことも可能だ。
また、このチームで共有する空間において、そこにいる全ての人たちが同じ目的に向かって一直線に歩んでいる必要はない。同社では人の行動には「Focus(集中)」「Collraboration(コラボレーション)」「Respite(小休止)」「Learn(学習)」「Active Hyper Collaboration(アクティブハイパーコラボレーション)」の5つのモードがあり、1つの空間に複数のモードが存在する余地があっていいとしている。
前述のTeam Studioでいえば、会議室の隅には他よりも背丈の低い椅子が設置されていて、ちょっとしたプライベートな空間となっており、部屋にいながら会議中に席を外して電話をすることもできる。また、テーブルが2つあることで、活発に意見が交わされているテーブルがある一方で、もう片方のテーブルでは別の作業をこなしつつ会議に耳を傾けている別のモードの人もいるなど、複数のモードの存在が許容されている。
積極的にコラボレーションを行うための工夫もある。Team Studio内に設置されたディスプレイなどは、「Puck(パック:アイスホッケーで使われる“パック”と同義)」と呼ばれるコントローラーを使って手元で制御でき、手元のデバイスを接続させることも可能だが、このパックは全ての会議参加者の手元に用意されており、誰もがアクティブハイパーコラボレーションに参加できる。よくある会議室ではディスプレイ付近のテーブルにこの手の機材が配置されていることが多いが、このあたりの考え方の違いが明確になっている。
日本でもデジタルトランスフォーメーション(Dx)は急速に進んでいる
Taper氏は「いままでのオフィスでは、こうした感じで、違うモードでいろいろな人がいろいろなところで作業している姿は見られなかった。こうした新しい仕事のやり方というのは、実際に人々が経験し、理解することが大事だ」と話す。
同氏は新しい仕事環境での新しい働き方を「Agile Work(アジャイルワーク:身軽な仕事)」のように表現しているが、金融サービスやIT産業が積極的に取り込んでいくなかで、PwC、アーネスト&ヤング、デロイト、KPMGといった“ビッグ4”と呼ばれる4大コンサルティングファームが音頭を取り、その働き方を自ら実践している。
従来、コンサルティング企業は顧客の下へと出向き、意見を聞きながら問題解決に当たっていることが多かったが、こうした新しい働き方については逆に顧客を自社へと招き、それを実際に体験してもらう形でアピールするスタイルへと変化しているという。
そして何より重要なのが、実際に体験し、実践していくなかで成果が目に見えること。Steelcaseの製品を全ての企業が導入すべきというわけではなく、これを使うことでいままでとは異なる仕事のスタイルが可能になることが重要だとTaper氏は加える。
アジア太平洋地域を中心に見ている同氏だが、米国では一度良いと判断したら一気に変えていく風土がある一方で、日本を含むアジアは全体に慎重で、時間をかけて少しずつ積み上げていこうという意識が強いという。実際に日本の現状について聞くと「どちらかといえば取り組みは遅れている。だが、すぐにも追いつこうとしている。(日本の)企業風土において、何か変化があるとリスクがあるととられがちだが、私たちのリサーチ結果によればむしろ、企業側は変化を起こしたいと考えているようだ」とTaper氏は述べている。
危機意識が強いのは日本企業だけでなく、世界的にみて“重厚長大”といわれる大企業ほど変化に敏感なようだ。例えば、日本ではソニーやLINEといった企業がコラボレーション先として挙げられているが、国内外事例としてはIBMとStandard Chartered Bank、HSBCといったどちらかといえば金融機関が多い。
なぜ金融機関の参加企業が多いのかといえば、「最も新しい変化によって打撃を受けているのがそういう業態だから」とTaper氏は説明する。アジャイルワークという文脈で、「FinTech(フィンテック)」と呼ばれる新興の金融系企業が素早く環境の変化に立ち回る一方で、従来型の巨艦で運営される企業は小回りが利かない。そうした意識を反映した動きなのだという。また10年ほど前までは、企業における労働者の仕事というのは完全に役割分担が決まっていたが、MicrosoftやAmazonといった世界的に名だたる先進企業ほどデジタル変革の重要性を認識しているという。
単純に海外の成功モデルを日本に導入すればいいというわけでもなく、人口密度が高く、特に労働人口が東京都心部に集中している日本では、それに応じたデザインを考えるべきだとも同氏は加える。それぞれの国にはローカルな事情があり、それをくんでいくことが重要だというのがその考えだ。
これは個々人の働き方も同様である。興味深い話だが、Taper氏は香港を拠点に活動しているが、家族の時間やプライベートを大切にしつつ、出張を含む多くの仕事を日々こなしている。朝3時から4時の早朝に家を出て、5時から仕事を開始し、午後の早い時間には早々に仕事場を出て、顧客と会う時間に充てている。仕事は精神状態に左右される複雑なことが多く、能率を上げるためにプライベートの時間を大事にし、“9時5時”ではない新しい働き方を実践しているというわけだ。これについてクレームをつける人はおらず、それを実現するのもまたテクノロジーの役割だと同氏はいう。
「日本の将来を考えたとき、高齢労働者の数が多く、今後も増えていく現状をどう捉えるのか。そのうえで今後のイノベーションを考え、名だたる経済大国でありたいと思うならば、アクティブラーニングを経て労働市場に入ってくる子どもたちの働く環境を考えていくべきだろう」(Taper氏)