台風19号の大雨により近くの川で堤防が決壊し、4人が溺死するなど大きな浸水被害を受けた福島県いわき市の平下平窪(たいらしもひらくぼ)地区。一度は濁流に流されながらも、公園の木にしがみついて助かった女性(72)がいた。支えになったのは、近隣のアパートから投げ込まれ、柿の実が結び付けられたビニールひも。太さ1センチにも満たないひもが、女性の“命綱”になった。
10月13日未明、自宅アパート1階で寝ていたタクシー運転手の高木寿秋さん(66)は、畳から染みてくる水で目が覚めた。起き上がると周りの畳が浮かんでおり、水位はあっという間に上昇した。パジャマ姿で窓から飛び出し、アパートの外階段から2階に上がるのがやっとだった。
そんな時、「助けて。こっち来て」と女性の叫び声が聞こえた。道路を挟んで向かいにある公園で、木にしがみついている女性が助けを求めていた。女性との距離は10メートルほど。目の前の道路には、腰の高さまで濁流が勢いよく流れている。何とか助けたいと考えていると、逃げ出した自室の窓の近くにビニールひもがあることを思い出した。水につかりながら取り出し、階段脇に植えられている柿の実も手に取った。
柿の実に穴を開け、ひもを通した。アパート2階に避難していた若い男性が投げると、柿の実は女性の手に収まった。ひもの片方を持ったのは高木さん。「大丈夫。いざとなったら飛び込んで助けに行くから」と声を掛け、明け方に水が引くまで女性を励まし続けた。
女性は公園に近い平屋建ての自宅が浸水。100メートル以上流され、かろうじて公園のフェンスに引っかかり、近くの木に登った。泥水を何度も飲み込み、寒さと不安に震える「生き地獄」の中、高木さんの励ましとひもの存在が支えになった。「ひもは引っ張ったら切れるかもしれない。それでも心強かった。高木さんは命の恩人です」と感謝する。
あの日、地区では自宅2階に逃れるなどして身動きが取れなくなった人たちが、懐中電灯を振ったり声を掛け合ったりしてお互いを支え合った。高木さんは「同じ状況なら誰でも同じことをすると思う。助かって本当によかった」と振り返った。【川口峻】