岐阜城全容解明へ 天守閣の謎に迫る 初の基礎部分調査

岐阜市は、国の史跡・岐阜城山上部の発掘調査を始めた。山上部の調査は前年度よりも規模を拡大するほか、初めて天守閣の基礎(天守台)部分を調べ、石垣や瓦などの破片の発掘を目指す。天守閣の形状は謎の部分が多く、瓦などが発見されれば岐阜城の全容解明への大きな一歩となる。【高橋龍介】
調査場所は①天守閣から南西に約100メートル離れ、二の門周辺の絵図に描かれた石垣(約110平方メートル)②天守閣西側の石垣(約100平方メートル)③資料館南側の石垣(約1200平方メートル)④昨年大きな石垣が見つかった天守閣から約350メートル離れた中腹の平坦地(約150平方メートル)――の4カ所。計1560平方メートルに及び、10月31日に①の場所で作業が始まった。
このうち最も注目されるのが、②の天守閣が載っていた天守台の石垣部分。天守閣は1910年に天守台上に木造で再建されたが、43年に焼失。56年に現在のコンクリート製の天守閣が再建された。石垣西側の角は、古い石垣が残っているとみられる。
市教育委員会によると、築城当初の天守閣の遺物はこれまで発見されていない。「豪華な座敷」で織田信長の饗応(きょうおう)を受けたとする宣教師ルイス・フロイスが書簡で触れた部屋も、天守閣以外の場所の可能性もあるという。
また城にまつわる伝承は証明困難で、瓦の破片や柱に使われた金具などの遺物も発見されていない。そのため、現在の天守閣の形状は同時代のほかの城などから推定されたものという。
岐阜城は、信長が1560年代に城主となり、1600年、関ケ原の前哨戦で落城し廃城となった。しかし、天守閣は残ったとみられ、柱などは加納城の築城に利用されたが、瓦は山上に残された可能性がある。
市教委は今回の調査で、瓦の破片などを探し天守閣の実像に迫ることを目標とする。柴橋正直市長は「来年のNHK大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』の舞台となる岐阜城の本物の姿を知ってもらいたい。市民や全国のお城ファンに岐阜城の魅力を発信したい」と話す。
調査は来年1月までの2カ月半。①②は一般の見学が可能。作業日時は水~金曜午前9時45分~午後3時45分(雨天中止)。岐阜公園内の発掘案内所で当日の調査予定を告知する。