大阪と名古屋を結ぶ近畿日本鉄道の名阪特急「ひのとり」(80000系)が来年3月のデビューに向け、最後の準備を進めている。複数の会社が参加する開発プロジェクトとして2013年12月にスタートし、最新のVR(仮想現実)技術などを投入。先月には最初の1編成(6両)が夜間陸送され、「大きく飛翔する新たなシンボル特急」(都司尚社長)が姿を現しつつある。
旅立ちを祝うかのように、土砂降りの雨が一瞬、勢いを緩めた。10月25日午前2時過ぎ、近畿車輛(しゃりょう)(東大阪市)の東門。赤色の先頭車両がトレーラーにひかれ、ゆっくりと姿を現した。最終試験を行う近鉄高安車庫(八尾市)までは約15キロの旅路。「まだ気を抜けないが、感無量です」。見送りの近鉄社員がつぶやいた―。
この日にこぎつけるまで、開発プロジェクトは試行錯誤の連続だった。新たな自社の顔として、近鉄が求めたのは斬新さ。これを受け、デザイン担当のGKインダストリアルデザイン(東京都)は光沢のあるメタリック塗装を提案した。
「鉄道車両は風雨にさらされ、耐久性も求められる。(塗装作業が複雑な)メタリックで大丈夫か」。近鉄技術管理部の岡野友紀課長(46)の脳裏に不安がよぎった。近鉄、塗装担当の日本ペイント・インダストリアルコーティングス(大阪市)にとって、初めての挑戦。部下の垂水健一さん(31)は「20種類以上の異なる見本色を作り、比較した」と振り返る。検査入りしていた現行の名阪特急「アーバンライナー」に実際に見本色を塗装してみて、検証するほどの念の入れようだった。
課題は次々と現れた。新型特急の売りは「くつろぎ」。厚みのある座席をコイト電工(静岡県長泉町)が製作することになったが、車体担当の近畿車輛が意見した。「客室の空間には限りがある。座席を大きくすると車体の外板を薄くしなければならないが、それでは強度が弱くなる」。一方で、近鉄は「サービスのため、窓際に飲み物2本分のスペースを確保してほしい」と要望。優れた特急をつくる――との思いが誰にもあるだけに議論は熱を帯びた。
そうした中で、初導入したのはVR技術。専用ゴーグルを装着するだけで、本物そっくりの仮想空間を視覚的に体験することができる。ひのとりでは架空の座席、カフェコーナーなどを、性別や身長の異なる社員らに体験してもらい、設計段階での修正に役立てた。従来のように実寸大模型を制作する必要がなくなり、開発期間の短縮にもつながった。
ひのとりの名前の由来は、こだわりの赤色から。来年3月14日のデビューまでに3編成(各6両)が完成予定で、大阪難波と近鉄名古屋駅ではそれぞれ、出発式を予定している。「感動の涙はその時まで、とっておきます」と岡野課長。最終チェックに追われる日々を送っているという。【高橋昌紀】