原田義昭(衆院議員、前環境大臣)
9月10日、内閣改造、閣僚辞任を翌日に控え、私は大臣として最後の記者会見をしました。私は記者団から「1年間の特記事項は」と問われるままに、東京電力福島第1原発の問題に触れ、汚染処理水の問題についてはあえて「希釈して海洋放出の方法しか解決策はない。この処理水の放出については、トリチウムという難しい物質も含めて安全性、科学的基準は全て満たされている。原子力規制委員会の委員長も2代にわたってはっきりと希釈、放出すべしと発言している。世界の全ての既存原発からは海洋放出が当たり前のように行われている。一方、漁業者の被害、風評被害、韓国などの国際非難…などが十分予測されるが、それは国が全責任をもって対応する。科学的安全性と世界基準を丁寧に説明することで必ず理解されるはずだ」と発言しました。
私は昨年10月、大臣就任早々に福島の原発事故跡の現場を視察しました。広大な敷地に1000個にも及ぶ異様なタンク群と「今後の見通しは立っていない」という東電職員の説明に、これでいいのかと素朴な疑問と強い違和感を持ったのが最初でした。
それ以来、政府の担当者、10人を超える外部専門家とも個別に意見交換し、新聞記事など周辺情報も集めました。とりわけ原子力規制委員会の更田豊志委員長が一貫して「処理すれば、放出してもよい」「国際的安全基準は心配ない」の発言には大変心強く思いました。
経産省の小委員会では、さまざまな方策、例えば貯留水を蒸発させる方式、地下に埋める方式、「凍土壁」を作って溶融核燃料(デブリ)と遮断する方式、遠く外洋に捨てる方式などが議論されていますが、いずれも現実的な解決として収束する見込みはありません。
処理水は今も毎日170トン増えており、この8月の貯留量(累積)は115万トンになります。2022年夏には137万トンで貯留スペースは満杯となり、いずれ、どこかよそに広大な場所を探さなければならないのです。いつ終わるのか、予測を立てることはできません。その費用は一体誰が負担するのか、ということも大事な論点です。
原田義昭前環境相=2019年6月(佐藤徳昭撮影)
原田義昭前環境相=2019年6月(佐藤徳昭撮影)
誰かが行動しなければならない、この危機感が大変私を追い立てました。この処理水対策は、厳密には環境大臣の所管でなく経産大臣(小委員会)の所管です。しかし、原発問題が国家的大事業であることは言うまでもありません。
私は「環境大臣」「原子力防災担当大臣」として原子力問題の担当者であり、同時に国事の全てに責任を負う「国務大臣」であり、さらに私は全ての国民を代表する「国会議員」であります。国家に必要なことは臆せず行動し、また行動する崇高なミッション(使命)を持っています。この大問題をズルズルと引っ張るわけにはいかないのです。
なぜ辞任直前に発表したのか、任期中に行うべきでなかったか、というご意見も多数ありました。すでに述べた通り、1年をかけて自らの意見形成を図ったこと、厳密には所管外であったことなどから、最後の記者会見という場で、ついに決断に至ったことを理解いただきたいと思います。
また、後任の小泉進次郎環境大臣が直後に福島県の被災地を訪問し、私の発言を謝罪したとの動きがありました。私の処理水放出発言をいきなり否定したとの解釈から、小泉氏の人物評価まで行われているようですが、まず私の発言がいささか唐突で、福島県の皆さま、とりわけ漁業関係者に突然の強い衝撃と不安を与えたことは事実であり、これには小泉氏が後任大臣として(また私になり代わって)謝罪していただいたことになります。
さらにその具体的方策については、前任者(原田)も自分(小泉)も「所管外」であって、本来の経産大臣の決定があればそれに誠実に従う、と答えており、これは現職大臣としては正しい態度であると考えます。
私の処理水に関する発言から2カ月が経ちました。私の予想を超えて、多くの人々の関心を呼び、マスメディアにも大きく取り上げていただきました。おしなべて私の主張は好意的に受け取られていると感じています。例えば大阪市長松井一郎氏の「大阪湾で受け入れる余地がある」などの発言は、力強いサポート意見であると認識しています。
原田義昭前環境相と業務の引き継ぎを行う小泉進次郎環境相(左)=2019年9月12日(桐山弘太撮影)
原田義昭前環境相と業務の引き継ぎを行う小泉進次郎環境相(左)=2019年9月12日(桐山弘太撮影)
いずれにしても今後政府におかれては、私の意見も参考に入れて検討されることを期待したいと念じています。