【寺下由美子】図書館司書は「いらない仕事」?非正規・低賃金労働とパワハラの実態 「シャネルを着た司書」を諦めない

「司書」と聞いて、どんな人を思い浮かべるだろうか。
図書館のカウンターに座って、黙々と何か作業をしている人、みたいな感じだと思う。
私は関西の大学で9年間、図書館の司書をしてきた。普段私の周りには同僚はもちろん友人まで司書ばかり。でもたまに異業種の人と初対面で会う機会があって、自己紹介では当然お互いにどんな仕事をしているのか話題になる。
正直、図書館の話をするのは気が重い。だいたいこんな反応をされるから。
「カウンターに座ってるだけでしょ。暇そう」「楽して稼げていいね!」「好きな仕事ができて幸せだねー」
言いたいことは山ほどあるけれど、結局その場の空気を読んで曖昧に笑って聞き流すことにしている。少しモヤッとしながら。もちろんそれ以外は、異業種の人と話すのは面白いし勉強になるので好きだ。

私に限らず、職業のイメージで相手から誤解されたり、仕事内容を上手く伝えられなかった経験は誰にでもあると思う。どんな仕事だって、その大変さは本人が一番よくわかっているし、逆に他の人に理解してもらうのはなかなか難しい。
それにしても、図書館の仕事は確かに世間では微妙なイメージかもしれない。でも、割と大勢の司書が、自分の仕事は天職で、子供の頃からの夢だと話している。
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ぶっちゃけ、私自身は成り行きで司書になったから、天職って言い切れるような自信もないし、仕事が大好きかと聞かれても困る。そんな私が仕事を続けてこられたのは、職場で出会った司書たちがすごく魅力的だったから。
図書館では物静かだけど、仕事を離れたらガハハと笑う。おしゃれも買い物も大好き。美味しい飲食店の情報通。サブカルに詳しくて、常に何かの沼にハマっている。絵を描いたり楽器を演奏するのが好き。シャイだけど真面目で明るくて優しい。
こういった司書の素の姿が、世間にあまり知られていないのは、何だか勿体ない気がする。どうすれば多くの人に司書の仕事や魅力を知ってもらえるのか、何か良い方法がないかずっと考えてきた。そんな時、この寄稿の話をいただいた。
せっかくの機会なので、私がこの9年間で見てきた図書館業界の良い面・ブラックな面を紹介しつつ、そこで働く司書のリアルな声をみなさんに届けたいと思う。
私が務めていた大学図書館は学生と教員のサポートをする施設で、司書の仕事は研究に使う資料や情報を入手して提供すること。取り扱う分野もさまざまで、私の場合は工学、法学、美術、歴史、経済、経営、外国語、心理、スポーツを担当してきた。
基本的に図書館に来る学生はみんな勉強熱心だ。でもテスト期間中になると、授業を休みがちな学生が藁にもすがる思いで駆け込んでくる。
私はそんな学生たちに「もうちょっと早く準備した方が楽やでー」と声をかけつつ、一緒に課題の本を探して、レポートの書き方もアドバイスする。パソコンやコピー機の使い方も教える。
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たまに驚くような質問もあるけれど「そんな簡単な事もわからんの?」なんて思わない。わからないことは恥ではないし、その後の勉強や仕事に必ず役立つから。これをきっかけに司書を信頼してもらうことも大事。彼らは教員とも距離があって、大学にあまり居場所がない。もし司書が見放したら、完全に大学からフェードアウトしてしまうかもしれない。
勉強熱心な学生も、そうでない学生も、困ったとき誰かに話を聞いてもらうだけで気持ちが楽になる。わからない事をわからないと素直に言える場所が図書館だし、だから司書の仕事も必要なんだと思う。

大学図書館の司書は、実は大学の職員ではない。多くが、ある会社の外部委託で働く時給制の契約社員。日本図書館協会の統計によると、大学図書館で働く司書の6割が非正規雇用だ(※)。
私の実感として、京都と大阪の場合は9割近い司書が非正規雇用だと思う。司書を正職員で雇う大学図書館はもう数える程しかない。大半の大学はどこかの会社に業務委託している。
業務委託は人材派遣と違って、図書館の運営自体を丸ごと委託先の会社が請け負う。このビジネスには大手書店2社と、人材派遣会社が参入している。大学は毎年1月頃、複数の会社に業務委託費の見積もりを出させて、一番安い会社を選ぶ。
大学の規模にもよるが、業務委託費は数千万円。およそ半分が会社の利益で、司書の人件費などは残り半分から支払われる。
業務委託の司書は働きぶりが熱心で、大学職員たちに評判が良い。大学は会社を信用して別の仕事も依頼するようになる。大手書店の場合、大学に本を販売できるし、新しい図書館を作る時はプロデュースも任される。人材派遣会社は、他社より有利に教務課などの部署へ派遣社員を売り込める。
でも、会社は図書館を運営するノウハウに乏しい。現場の司書が知識と経験を活かして運営している。基本的に会社からは何のフォローもない。
こうして会社が利益を上げる一方で、司書はどんな労働条件なのかというと――。
時給900円~1200円、契約期間は半年か1年。交通費はなし、または上限付き。交通費が1日460円支給される図書館もあって、これは京都市バスの往復運賃と同じ。全額支給の図書館は少ない。
司書資格(国家資格)があっても、なくても時給は変わらない。土日出勤しても、22時まで働いても時給は上乗せされない。
賞与もない。昇給もない。会社は昇給できると言うが、実は時給1200円で雇うべき人をわざと時給1000円で採用して、「頑張り次第」を条件に毎年10円ずつ上げる仕組みになっている。まともな評価制度はない。
電車の大幅な遅延も認められず、遅れた分はきっちり天引き。シフト制なので休むことも許されない。病気や怪我で休んだら即無収入。ガンの手術で休む時さえ会社に嫌な顔をされる。命が危なくても。
以上が司書のリアルな働き方だ。でも苦しいのはこれだけじゃない。会社や大学からパワハラを受けた司書たちがいる。2018年に関西の大学図書館で実際にあった2つの話を紹介しよう。

司書にはいろんな仕事があるけれど、一番大変なのは情報検索の授業だ。教員から依頼を受けて、60分~90分のゼミで学生に資料と情報の探し方を教える。準備は多いし、当日の負担も大きい。
司書Aさんの場合、さらに別の業務も兼任していたので、毎日残業するぐらい忙しかった。ある日突然、Aさんは委託先会社の営業3人に呼び出された。
「残業が多すぎる!」「要領が悪い!」「仕事のミスが多い!」「司書としてどうなの?」
密室で、3人がかりで次々と怒られたが、最後まで「辞めろ」とは言われなかった。会社が退職させたがっているのは明らかだった。Aさんは仕事が好きで辞めたくなかったけれど、ショックで体調を崩して退職した。
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なぜ会社はこんな事をしたのか。考えられる理由は、まず単純に残業代を払いたくなかったから。あとは大学のご機嫌取り。以前、Aさんの些細なミスに大学職員からクレームがあった。大学様(会社は大学をこう呼ぶ)のご機嫌を損ねたら、次年度の業務委託の契約が危うい。だったら末端の司書を切り捨てよう。
会社と大学の関係は蜜月のようで、実のところ砂上の楼閣だと思う。
ある人材派遣会社は15年間もB大学図書館の業務委託を受けてきた。毎年の契約交渉はスムーズで、他社と見積もりを比較されることもない。しかし、そんな平和な関係も理事長の交代で呆気なく終わった。
新しく理事長に就任したのは某大企業の元社長で、メディアにもよく登場する有名人。この人の経営手法は徹底的な経費削減で、多少強引な手を使っても極限まで削る。多忙な理事長に代わって、その大企業から出向した社員が大学運営を任されていた。

年度末の3月上旬、理事長代理が「業務委託費を4割削減しろ」と会社に言ってきた。会社の営業は唖然とした。すでに2月の協議で金額は最終決定したはず。他社の見積もりと比較しても、一番安い金額だった。
理事長代理は図書館に一度も来たことがなく、司書の業務なんて何も知らない。ただ「理事長に評価されたい」という理由で、委託費4割削減という無茶な数字を打ち出した。
新年度スタートの1ヵ月前というタイミングは、会社の逃げ場を無くすため。さすがに会社の営業も「うちが撤退したら図書館は開館できない」と言ったが、それに対して理事長代理は「替わりはいくらでもいる。図書館の運営なんてどうにでもなる」と自信満々。彼らの強気の背景には、こんな理事長の言葉があった。
「司書は本当に7時間ずっと働いているのか?」「人件費を削減しても図書館の質は落とすな」
会社は今更まるまる利益を失うわけにもいかない。新設される図書館の委託も狙っていたので、仕方なく削減に応じた。せめて業務の一部を大学に返そうとしたが、「大学職員も削減されているから、図書館業務まで負担できない」と拒否された。しかも大学は、理事長の就任式や出張を理由に協議を何度も先延ばしにした。
その影響を最も受けたのが、現場の司書たちだった。会社と大学の交渉が二転三転するせいで、3月下旬になっても労働契約書が貰えない。3月31日で雇用契約は終わる。転職活動をする間もなかった。
加えて、会社から「人手不足の別の大学図書館に異動してほしい。断るなら辞めてもらう」と、強引に異動を迫られた。会社と大学のあまりの身勝手さに、ついに司書たちもキレた。
司書たちは全員で集まって、面談で会社に何を言われたのか確認し合った。すると、人によって説明内容が全然違うし、特定の人が精神的に圧力をかけられているのもわかった。
全員で異動を拒否し、個人面談も拒否した。密室では圧力をかけられるから、営業には全員の前で話をしてもらった。

司書たちは、今すぐ労働契約書を渡さないなら全員即刻出て行くぞと営業に凄んだ。もし本当に司書が全員出て行けば、図書館はしばらく閉館するしかない。それは大問題になる。
「司書に全員辞められたら、ウチはもう図書館業界で仕事ができなくなる」「学生のためと思って残ってほしい。私を助けると思って」
営業は、この時初めて謝罪した。異動の話も撤回、労働契約書もすぐに持ってきた。3月30日だった。
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会社から「司書が全員辞めそうだ」と聞いて、慌てて図書館課長と館長を務める大学教員が司書に謝罪した。課長は今回の予算削減の経緯を説明して、最後にこう言った。
「司書は予算削減のスケープゴートなんだよ」「学生のためにグッと踏ん張ってほしい」
その言葉に司書たちは絶句した。重苦しい沈黙の中、1人の司書が言った。
「私たち司書は、給料も低くて労働条件も最悪です。でも自分の利害なんて関係なく学生、教員、職員のために仕事をしてきました」
課長と教員は辛そうな表情で深々と頭を下げた。それでも司書たちの表情は暗かった。
結局、その後間も無く、司書たちは全員転職先を見つけて、図書館を去った。会社はまた強引な方法で他の大学から後任の司書を連れてきたが、その人も半年で退職した。求人では全く人が集まらず、司書資格も図書館経験もない人が来ては数日で辞めていく。
かつて優しい司書たちが迎えてくれた明るい図書館は、もう存在しない。図書館のカウンターは無人化された。机には小さなベルがぽつんとあるだけ。ベルの前では、質問に来た学生が戸惑った表情で立っていた。
司書の仕事にはやりがいがある。好きな本に囲まれた穏やかな環境。みんなの仲も良い。でも労働条件には不満と不安しかない。大学図書館で働く司書のほとんどが同じような心境だと思う。
「やりがい搾取」という言葉がはやっている。やりがいやモチベーションを理由に低賃金労働を強いること。雇い主から「好きな事を仕事にしているなら、お金はいらないでしょ」と言われると、何となくそれが正しく思えて、受け入れてしまうような精神状態。
残念ながら、この言葉は非正規雇用の司書によく当てはまる。学生のため、教員のためと思うと仕事を頑張れてしまう。でも、私は司書たちに、冷静に自分の足元を見つめてほしいと思う。学生と教員のために頑張ることと、労働条件は全く別次元の話だからだ。
B大学では、司書が全員辞めそうになった途端、大学と会社は「学生のためを思って」と言ってきた。でも彼らは、その対価を支払う気はない。どう考えても筋が通らない話だ。当然司書の我慢にも限界があるので、図書館を長年支えてきたベテランを中心に、司書が次々と退職している。そのためどこの大学図書館も、深刻な司書の人手不足だ。
大学は一体、図書館をどうしたいのだろう。ただの書庫でいいのなら、司書は必要ないかもしれない。でも困っている学生に寄り添う、温もりのある場所にしたいのなら、司書は必要不可欠だと思う。

「アメリカの司書は、シャネルのスーツを着ているよ」
私が桃山学院大学で司書資格の勉強をしている時に、図書館情報学の山本順一教授から聞いた話だ。私の脳裏には、アメリカ版「VOGUE」の編集長アナ・ウィンターが、シャネルのツイードスーツを着て図書館のカウンターに座っている姿が浮かんだ。ボブカットにサングラスが司書っぽくて、とにかくカッコいい。その時から私の目標は「シャネルを着た司書」になった。
アメリカの司書がシャネルを着ているのは「仕事も人生も楽しむ」「誰にも支配されない」という強い意志の表れだと思う。司書は物静かで何を言われてもおとなしく黙っているように誤解されがちだ。だからこそ「人からどう見られたいか」をアメリカの司書は常に意識しているのだろう。
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日本の司書に欠けているのは、まさにその「人からどう見られたいか」という意識なのかもしれない。世間からの司書のイメージが良くない原因は、司書が図書館に閉じこもっているだけで、積極的に外の世界と関わったり、意志を発信しようとしていないからだと思う。
もちろん図書館も同じだ。最近、「もう図書館と司書はいらない」という意見さえ出ている。図書館は利用者のニーズの変化に対応して、社会に役立っていることをもっとアピールする必要がある。
どの業種も生き残りをかけて必死に戦っている。だったら司書も図書館も、生き残りをかけて立ち向かおう。
図書館を必要としてくれる利用者のために。
将来の夢を「司書さん」と言ってくれる子供たちのために。
私はまだ、「シャネルを着た司書」を諦めていない。
〈参考資料〉※「大学図書館集計I(2018)」(日本図書館協会)[参照2019-08-23]http://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/図書館調査事業委員会/toukei/大学集計2018.pdf