高齢者施設などへの訪問診療を行う福岡市の歯科医院が、不正請求を繰り返しているとの情報が西日本新聞「あなたの特命取材班」に寄せられた。取材を進めると、歯科医師の送迎などを行う民間企業に診療を「丸投げ」する無責任な歯科医院と、企業の指示で安易に不正に加担する歯科医の姿が明らかになった。
情報に基づきある施設を調査すると、歯科医院の男性歯科医らが日中に訪れ、約1時間で出てきた。施設によると、2年前から週1回の頻度で診療に来てもらっていたという。この施設は本来、訪問診療の保険請求ができない「通所施設」だが、入手した内部資料では、夜間に複数の患者宅を訪問したことにして診療報酬を不正請求していた。
男性歯科医にこの事実をぶつけると「雇われの身で立場が弱いので…」と不正を大筋で認めた。一方、雇用主の院長は「そんな施設を訪問していたことすら知らなかった。まさか不正があったとは」と説明した。どういうことなのか。
院長によると、医院は、歯科医の送迎や診療日程の調整などのサポートを行う企業と業務提携している。医療行為に関わらない業務の委託は法律で認められているが、この医院は訪問診療そのものを「丸投げしていた」。診療を担う歯科医とは雇用契約を結んでいるが、約2年前から「顔も合わさなくなった」という。
男性歯科医は実質的に企業の管理下で働いており、事実と異なる「カルテ」も「企業の社員に指示されるままに書いてしまった。深く考えていなかった」と明かした。企業側が作成したレセプト(診療報酬明細書)を医院はチェックせず、自治体などに保険請求。院長は「何もしなくても毎月60万~70万円が入ってくるうまみがあった。認識が甘かった」と話した。
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この企業は福岡県内の複数医院のほか、関東などでも事業展開している。複数県の関係者によると、訪問診療の経験が少ない医院に提携を持ち掛け、診療を担う歯科医の採用も企業側が行う。歯科医は医院と雇用契約を交わすが、企業の指示下で働き、診療器具を置いた企業の事務所を拠点に訪問診療を行うケースが多かったという。
医院と企業は毎月の診療報酬総額から人件費などの経費を引いた「利益」を折半する契約を結んでいた。さらに企業側は診療報酬総額の5%を毎月の経費に計上しており、患者数や診療回数が増えるほど利益が上がる仕組みになっていた。
ある歯科医は「診療が必要ない患者だと伝えても社員に診るように求められ、翌週の予定に入れられた。『売り上げのため』と言われ、違和感があった」と明かす。福岡市の医院以外の不正請求に関する告発や「診療器具の感染症対策が不徹底だった」などの情報も複数県の関係者からあり、内部資料の提供もあった。
企業の社長に取材を申し込むと「弁護士を交えて対応する」と話したが、その後、拒否。福岡市の医院の不正請求については「誤りがあったのは事実で、全額返戻する」と話した。
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訪問診療のサポート事業に詳しい日本訪問歯科協会の前田実男理事や業界関係者によると、「普通は医院に歯科医らを迎えに行き、患者宅に送り届ける。医療機関と違う場所に拠点を構えているところからしておかしい」と指摘する。
この点や、医院と企業の契約形態などは保険請求の規則に抵触する可能性がある。ただし、関係機関の指導を受けるのはあくまで医院や歯科医。医療法などは企業が主体となって診療を行うことを想定しておらず、国や自治体には企業を指導する権限はないという。
東京歯科大の平田創一郎教授(社会歯科学)は「実態として業者が歯科医師への指揮命令を行っているのであれば、名義貸しと変わらない悪質な行為。こうした業者に入り込む余地を与えている医院があることが問題だ」と話した。 (久知邦)