現在、テレビ・ラジオなど多方面で活躍する文筆家・古谷経衡氏(37)が、およそ10年前、ブレイクする足場を築いたのがインターネットで新たな展開を見せていた保守論壇だった。いわゆる黎明期の「ネット右翼」である。その後、ヘイトスピーチの温床になった古巣に対し、深い反省をもとに小説として上梓したのが 『愛国商売』 (小学館文庫)である。現在は「2度とあの業界には戻らないし戻りたくない」と指弾する古谷氏が、小説の舞台となった「愛国ビジネス」の内実を明かす。
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私の独自推計で日本全国に200万~250万人存在するネット右翼の中で、最も多い職業は中小零細企業の自営業者で、次に会社役員・管理職などが続く。社会的には中産階級が主流で、決して貧者の巣窟などではない。丸山眞男のいう「日本型ファシズム」を支えた「中間階級第一類(零細企業経営者、工場管理者や主任、独立自営農民、下級官吏など)」とうり二つなのが彼らの実態だ。
もはや「インターネットで右派的な言説やコメントをする人」と定義することが難しくなるほど肥大化したネット右翼は、現在では公道でのヘイトスピーチ、自治体や運営体への脅迫(逮捕者も)、はたまた選挙制度を利用して立候補も行なうなど、到底「インターネットの中で…」という風にくくることが難しくなった。
そこで私は(これまで再三再四様々な媒体で述べているが)ネット右翼の定義を、「保守系言論人(自称)」の言説に無批判にぶら下がる(寄生する)ファン、と再定義することによって解決している。星の数ほど存在する所謂「保守系言論人」は、右傾雑誌・SNS・ネット動画番組の「三位一体」の中で寡占的地位を占めることで、その下に膨大なファン層を獲得することにより、生活の糧にしている。まさにこの無批判に寄生するファン層こそがネット右翼の本体なのである。
では、そのネット右翼に「寄生される」側の保守系言論人が、いかにして彼らから生活の糧秣を搾り取っているのか。その実態はほとんど知られていない。
これは、所謂「保守論壇」に長年身を置いた私にしか書けない分野であろう、という事で今般、そのまさに「愛国商売」ともいえる赤裸々な「保守の世界」の生活構造をエンタメ的に面白おかしく長編小説に仕立て上げたのが拙著 『愛国商売』 であるが、こちらはあくまで登場人物・法人の全てがフィクションであるので、参考程度に楽しんでほしい。本稿では、保守系言論人の財布の中身の省察、として筆を進めることにしたい。
結論を言えば、「愛国商売」は社会通念上、一般的な給与所得者(※平均年収440万円、2018年国税庁調査)よりももうかるし、うまくやればとんでもない額のゼニが転がり込んで来る世界だ。私は5、6年位前から「カネの為に左翼(ネット右翼用語ではパヨク)に転向した」とさんざん言われ続けてきて、その根拠のない謗りは現在進行形で散見される(とはいえ一時期よりはずいぶんと減ったようだが)――馬鹿を言ってはいけない。
純粋にカネのためならば私は保守業界に今でも身を置いていたであろう。彼らと永別したのは、彼らの表現者としての矜持の無さと、物書きや発信者としての知性レベルの貧弱さ、そして界隈全般に漂うむき出しの差別感情に対する、身体的な嫌悪からである。
数年前、ある右派ネット番組局と永別したときの話。局の某責任者に「古谷君は最近ウチを軽視しているようだ」からはじまって小言が多くなり、最終的には事実上のクビを宣告される段になって「古谷君、これから生活はどうするんだい?」などと嫌味を言われたことがあった。でも大丈夫。その後、なんとか生きているし猫3匹を養って庭いじりをやる余裕が出るくらいの仕事量はある。
あの時、平身低頭して右派ネット局に齧り付き、面従腹背でニコニコしながら「保守ムラ」の老人たちに追従する道を取っていたならば、私の財布の中身と貯金残高は潤っていただろうが、ニンゲン・古谷経衡はその時点で死んでいただろう。
さて、話を戻そう。ネット右翼に寄生される「保守系言論人」はどうやって生活をしているのか? 大きく分けて4パターンに分かれる。
(1)出版専業の保守系言論人として(地上波露出なし)(2)信者を囲い込む(各種勉強会、私塾等を主宰)(3)中小零細企業経営者などのパトロンを付ける(4)活動家方面に軸足を置いて任意団体を設立し、寄付や会費を募る
である。多くの場合、(1)、(2)、(3)は単独では成立せず、これらの混合型が圧倒的である。(4)は、(1)~(3)にすらなれない、「保守業界(ムラ)」の中でも底辺に位置する言論人がとる常套パターンである。
では、(1)からみていこう。出版業界は1990年代中盤にその最盛期を迎えたが、いわゆる活字離れ・書籍離れと、書店数の漸減により往時の面影は無く、現在その市場規模はピーク時の半分以下(約1兆3000億円)にまで激減した。
こういった出版業界の大不況が「悪貨が良貨を駆逐する」のごとく、良質な本を滅失させ、トンデモ本やヘイト本を粗製乱造させる温床となっていった。嫌韓本もこの中に含まれるが、実際にこう言った類の本は、ゼロ年代後半~2010年代前半に雨後の筍のごとく出ては消え、おおむね2015年以降はヘイト本、嫌韓本ですらもなかなか売れないようになった。
とはいえ、韓国・中国・朝日新聞をぶっ叩くというスタイルの「ホシュの定番本」は、校閲もろくに通さないケースが散見され、筆者の主観と偏見によってスピード出版できるという観点から、現在でも重宝される傾向にあるのは事実である。
嫌韓本、ヘイト本の黄金期、「保守業界ではまだ前座」というレベルの著者でも印刷部数で1万部前後は余裕だった。さすがに現在では6000部くらいにまで落ちているだろうが、新人作家など3000部通すのも至難、というこの出版大不況の時代に「嫌韓」「ヘイト」を旗印に6000部で通すのはやはり優遇である。この場合の収入計算式は以下の通り。四六判(ソフトカバーで最も定番の部類)で定価1300円の場合、通常印税率は10%なので、
1,300円×0.1×10,000部=1,300,000円
1冊出せば130万円の単純収入になる(税等は除く)。また、ヘイト本・嫌韓本の原価は極めて安くつくのも特徴だ。本を書いている著者自身が、取材などに一切行かない場合が多く、ネットで拾ったコピペや妄想で書いているから、原稿執筆にあたって経費がかからないのである。
私など、韓国に一度も行ったことがないのに「韓国経済は崩壊する」という類の本を書いて20万部当てた自称経済評論家を知っている。韓国経済のことを一冊の本にするのに、一度も韓国に行かなくて良いのだから、取材費が全くかからない丸儲けである。実に羨ましい。この場合の推定収入計算式は以下の通り。
1400円×0.1×200,000部=28,000,000(本体定価を1400円、印税を10%として)
テキトーにネットで拾い読みした嫌韓情報を現地に行かずに書いただけで、一発当てれば約3,000万円の世界である。これが印税を8%に下げて推定したとしても約2,240万円。千葉や埼玉なら新築が買える。そう、嫌韓本で一山当たれば家が買えた時代があったのである。これをボロ儲けといわずして何というのだろうか?
むろん、印刷部数20万部、という数字は、さらにますます出版不況の度を増している現在にあってはなかなか出ない数字ではある。しかし、3万部以上8万部未満、というクリティカルヒットならば、まだまだこのヘイト本や嫌韓本の世界では「ありうる」部数であり、要するにみんなこの一発を狙って、必死なのである。
彼らは、一発当ててしまえば、次作、次次作は当然のこと、「売れる」企画に餓えた出版社から10冊くらいオファーが殺到するので、基本的には何年も食いっぱぐれがない。「愛国商売」とは本当に楽な稼業ときたものだ。実に羨ましい。
(#2に続く)
(古谷 経衡)