「ニッポンの常識は、世界から見れば非常識」。医療の世界も例外ではない。その薬、検査、手術、本当に必要ですか?
医者たちは皆切りたがる。食道を切って胃を持ち上げて繋げたがる。失敗もする。その場合、患者は死んでしまう。それでも切りたがる。この、今では世界の常識からはるかに遅れた事態こそ私は日本医学界に蔓延るある種の病気だと思う。
2012年に食道がんを患い、「切る手術」ではなく陽子線治療を選んだ作家のなかにし礼氏は、著書『闘う力 再発がんに克つ』のなかで、医師にがんの治療について相談しても「切るべきだ」としか言われなかったことへの不満をこう綴っている。
なかにし氏の言うとおり、日本ではがんが発見されると、「手術が必要です」と、まず切ることを提案する医師が多い。「がんは切るもの」という選択が日本の医療界では主流なのだ。
翻ってドイツやイギリス、アメリカなどの欧米諸国では、医師はがん患者に対して「切る」以外の治療も積極的に行う。医療法人社団「進興会」の森山紀之理事長が説明する。
「食道がんや前立腺がん、乳がん、甲状腺がんに対しては、欧米ではコストやリスクを考慮したうえで、放射線による治療を行うことが一般的です。
たとえば前立腺がんの場合、放射線治療も外科手術も、成功率はほぼ同じということがわかっています。にもかかわらず、日本では放射線治療のほうが適していると思われるがんの場合でも、根こそぎ手術で取り除こうとする医師が少なくありません。
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確かに、日本の外科手術のレベルは世界でもトップクラスですから、外科手術そのものが失敗する可能性は低い。ただし、体の一部を切り取るわけですから、術後の生活への影響があります。
たとえば前立腺の摘出手術をした場合、患者の約半数が尿漏れを起こします。成功率も安全性もほぼ変わらないのであれば、その後の日常生活への影響が少ない治療を選ぶほうがよい、という考えが欧米では主流です」
食道がんの治療においても同様だと、森山氏は続ける。
「食道がんの手術は体への負担が大きく、術後に肺炎を起こして亡くなる人も少なくないので、欧米では6割の患者には放射線治療が施されます。一方、日本の場合は3割以下に留まっています」
東京大学医学部付属病院の中川恵一・放射線治療部門長もこう語る。
「胃がんの場合は手術が最適だと思いますが、たとえば肺がんの場合でも、早期であれば、東大病院では4回の放射線治療を受ければ治る可能性が高い。一回の照射時間は80秒ですから、入院の必要もない。負担が少ないので欧米では放射線治療がよく選ばれますが、やはり日本だと患者さんにも『がんは手術で治す』というイメージが強いのか、放射線治療を受ける人は少ないのです。
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子宮頸がんの場合も、欧米では8割が放射線による治療を選択しますが、日本では8割が手術による治療を行います」
本来ならがん患者への治療は、外科医や内科医、放射線医が話し合って最適な治療を検討するのが望ましいが、日本では「外科医中心」の考え方が根強い。がん治療の現場でも外科医主導が目立ち、必然的に手術という選択肢が採られることが多いという。
また、手術以外の治療を行う専門医の数が不足している。医療コンサルタントの吉川佳秀氏は、そもそも日本には放射線治療を行う医師の数が足りないと指摘する。
「アメリカでは放射線医師が約4万5000人いますが、日本には放射線科の医師は約5000人しかいません。人口比でいえば、アメリカには10万人に対して約14人の放射線医がいるのに対して、日本では約4人と少ない。
日本の場合、外科医になる人が多い反面、放射線医師のなり手が不足している、という問題もあるのです」
元国立がんセンター中央病院病院長で、公益財団法人ときわ会の土屋了介顧問も「日本には、放射線の技術に熟知した放射線医が圧倒的に少ない」としたうえで、こう続ける。
「外科医が放射線治療についても勉強するようになれば、日本でも放射線治療がより一般的になるのでしょうが、そういう医師は少ない。結果として日本の放射線医療のレベルが上がらないので、がん治療の主流にはならないのです。まずはこの構造を変えなければ、日本のがん治療は変わらないでしょう」
そもそも欧米の場合、どんな治療を受けるかの選択肢は患者の側にゆだねられている。ミネソタ州の総合病院「メイヨークリニック」で診察をしていた経験のある、鈴木医院(新宿区)の木原幹洋副院長が説明する。
「日本の場合、患者が望んでいなくても、医者のほうから『手術をしましょう』と勧めるケースが少なくありません。一方、欧米ではまず患者に対して、このがんにはこんな手術と治療法がある、とメリット・デメリットを含めて説明をしたうえで納得した治療方法を本人が選びます。ここに大きな違いがあるのです」
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前出の森山氏も、患者自身に選択肢が与えられない状況を問題視する。
「日本の医療技術は優れていますが、医療の幅という点では課題がある。日本も放射線医の数を増やして、がん治療における別の選択肢を提示できるような医療になるべきだと思います」
確かに、切る手術の技術は世界最高峰かもしれない。しかし、「医療の常識」から見れば、日本はずいぶんと世界に後れをとっているようだ。
ニューヨークへ医学留学した経験を持つ「虎の門中村康宏クリニック」の中村院長は、日本とアメリカでは、検査や治療の考え方にはこんな違いがあるという。
「アメリカの場合、手術を受ければ症状が改善されるとわかっていても、その後の日常生活に不具合が生じるリスクがある場合や、あるいは治療を受けてもそこまでの効果が見込めない場合、手術を受けず薬で治したり、検査そのものを受けないといった選択を採ることがごく自然にある。日本に比べて医療費が高額なことも背景にあります」
では、アメリカではどんな治療や検査が「リスクを鑑みるとやらないほうがいい」と判断されているのか。代表的なのが、レントゲン検査だ。日本ではポピュラーな検査のひとつだが、アメリカではほとんど行われない。東大医学部附属病院の中川恵一氏が説明する。
「特に若い人の場合、レントゲンによって肺がんを発見するメリットよりも、X線検査によって受ける放射線被曝のリスクのほうが高いと考えられています。20代で肺がんになることなど、本当にまれですからね。日本では検診などで20代でも受ける機会が多いですが、アメリカの常識から考えれば『受ける必要はない』となります」
CT検査も日本では「頭部にケガを負ったりするとすぐに受ける検査」となっているが、医療経済ジャーナリストの室井一辰氏は「アメリカでは日本のように『転んで頭を打ったら即検査』とはなりません」という。
「ケガばかりではなく、日本ではよく脳動脈瘤を見つけるためにCT検査が行われますが、これも日米に考え方の違いがあります。脳動脈瘤が見つかっても、やみくもに手術をする必要はない。
ところが、見つかれば、いつ破裂するのかという不安を抱えたまま生活することになります。そのためアメリカでは『不要な不安』を生むぐらいなら、CT検査は受けないほうがいいという考えが浸透しています」
また、腹痛の際のCT検査も、アメリカではNGだ。米国消化器病学会は、腹痛の原因が明確な場合、「念のためのCT検査」は、がんのリスクを高めるだけなので、むやみな検査は避けるべきだと明言している。「念のためにCT検査を」は日本の医療現場ではよく聞かれる言葉だが、検査によって逆に健康を害するという矛盾を招く可能性があるのだ。
「アメリカの病院のホームページでは、どんな検査を受ければなにがわかるか、その検査を受けるとどんなリスクがあるのかといった情報が公開されています。患者自身がそうした情報をチェックして、自分にとって本当に必要と思える検査を受けるのが一般的です。
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日本ではなかなか、検査そのものにもリスクがあるということは共有されていません。病気になる前からなんでもかんでも検査を受けるというのは、アメリカからみれば違和感があるでしょう」(前出・中村氏)
手術についていえば、日本人にとっては切って治すイメージの強い盲腸も、日米間の「格差」がある。室井氏が説明する。
「いわゆる盲腸(虫垂)は『切っても問題ない臓器』と思われてきましたが、実は、腸内細菌をよい状態に保つなどその役割がわかってきました。また臨床検査の結果、薬による治療でも十分に効果があることが実証されています。
そこで、あまりに炎症がひどい場合などを除き、海外では基本的には薬による保存療法が主流になっています」
心臓の手術でも、アメリカではやらないものがある。「経皮的冠動脈形成術」、通称PCIと言われる手術で、心臓に血液を送る冠動脈が狭くなったときに、太ももや手首からカテーテルを通してステントなどで血管を広げる治療だ。
日本ではよく行われる治療で、詰まっていない血管も念のため拡張する場合があるが、アメリカの心臓病学会は「血管狭窄と関係のないところにまでステントを入れて血流を確保する必要はない」との見解を示している。
心臓の手術からレントゲンまで。日本では「当たり前」と思われている治療や検査でも、アメリカではやらないものが数多くある。前出の中村医師は、その背景について次のように説明する。
「日本の医療は保険診療点数制ですから、手術や検査を行えばそれだけ病院が儲かることになります。患者は安価に医療行為を受けられるという利点がある反面、経営的観点から、必要性や緊急性があまりない治療や検査も、医師は患者に『とりあえずやっておきましょう』と勧めがちです。
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一方、アメリカの場合は、医師を評価するシステムが整備されていて、明らかに必要性がない検査や治療を行うと、評価が下がってしまう可能性があるので、『とりあえず検査や手術をやる』という考えにはなりません。そこに大きな違いがあるのです」
アメリカのトップレベルの医師の年収は3000万円を超える。評価が下がると収入が下がるので、それを避けるためにムダな検査や治療を行わない……というのが実情かもしれないが、とはいえ、患者にとってはムダな施術が行われないのは望ましいこと。
「患者のためにならない検査や治療はやらない」という当たり前の考えが実践されていないなら、日本の医療は問題ありと言わざるを得ないだろう。
「日本は腰痛の治療において、ほかの先進諸国よりも20年遅れていると言われています。皮肉なことに、古い考えの整形外科医にかかることでかえって、腰痛が重症化するケースも多いのです」
そう指摘するのは、加茂整形外科医院院長の加茂淳氏だ。
「腰が痛いから、病院に行って、整形外科の先生に診てもらおう」というのは、日本においてはごく自然な発想だが、海外ではまったくの「常識はずれ」だ。オーストラリアで最新の理学療法を学んだ理学療法士の三木貴弘氏が語る。
「オーストラリアやアメリカでは、整形外科医に腰痛を診てもらうことは日本ほど多くありません。
腰が痛むとなれば、まず総合診療医のもとを訪れ、緊急を要するようなしびれの症状がないか、またがんや一部の内臓の病気は腰痛のような症状が出ますから、そうした危険性がないかを診断してもらう。そこで手術が必要と判断された場合にはじめて、整形外科に行くことになります。
ですが実は、腰痛の8~9割は、手術の必要がありません。だから、海外で腰痛のために整形外科医のもとを訪れるのは極めてまれなケースなのです」
整形外科の待合室が、腰痛持ちの人で溢れかえるなんて光景は海外ではありえないのだ。
「日本の昔ながらの医師の多くは、腰痛を診る際の考え方が、根本的に間違っています。日本では長らく、『生物医学的モデル』が採用されていました。体の機能を治せば、症状は改善され、痛みもなくなるという発想です。
ですが、腰痛の大半は、『非特異的腰痛』と呼ばれ、心理的な要因、生活習慣、睡眠時間、脊柱のゆがみなど、さまざまな要素が複合的に重なって生じることがわかってきました。
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そこでいま欧米では、『生物心理学モデル』という捉え方が主流になっています。人間関係や環境から生じるストレスはないか、どういった職業、社会的立場の人なのかなどを多面的に見て治療していくのです。
諸外国では当たり前となっている考え方が根付いていないからこそ、日本では4人に1人が腰痛患者という事態になっていると考えられます」(三木氏)
日本では、身体機能を取り戻すリハビリの専門家である理学療法士は、医師のもとでしか働けない。一方、オーストラリアでは理学療法士にも開業権が認められている。そのため、腰が痛んだら、まず理学療法士のもとへ行く人も少なくない。
「日本で病院に行くと、ろくに触診もせず、『まずはレントゲンやMRIを撮ってみましょう』と言う医師もいる。ですが、腰痛の原因は複合的ですから、画像診断や簡単な検査では、原因がわからないことが多いのです。
本来であれば、理学療法士が患者さんに触って、動いてもらい、どういった角度で痛みが生じるのか、腰部が痛むのか、それとも骨盤のあたりの痛みなのかを診るべきなのです。静止した状態での画像から診断するのには無理があります。
また、理学療法士が診る場合には、あえて診断名をつけない場合も多い。『これくらいの腰痛なら、少し静養して、あとは適切に運動をしていれば治る』というのであれば、わざわざ診断名をつける必要もないのですから」(三木氏)
世界に比べて遅れているのは、こうした腰痛の診断方法だけではない。科学的に効果が十分ではないとされている治療法も日本では採用されているのだ。
ドイツのデュッセルドルフでノイゲバウア馬場内科クリニックを開業している馬場恒春氏は、日独の違いをこう語る。
「ドイツでは腰痛を和らげるために湿布が使われることはほとんどありません。湿布を貼ったからといって症状が改善するというエビデンスはない。こうした治療法は、日本ならではと言えるでしょう」
前出の三木氏が続ける。
「日本の整形外科では鎮痛薬が安易に処方されています。たしかに薬を飲めば一時的には痛みが引きますが、また痛みがやってくるので、痛むたびに薬に頼る悪循環に陥ってしまう。
また、愛用者の多いコルセットも、根治にはつながらないため、日本以外の先進国ではメジャーではありません」
実際、これらの治療法はヨーロッパの慢性腰痛ガイドラインで、「エビデンスが不十分」として、推奨グレードが最も低い群に分類されている。
こうした比較的身近な治療法だけでなく、日本で頻繁に行われる、椎間板ヘルニア除去手術、脊椎固定術についても、欧米では効果が疑問視されている。
日本には数多くの整形外科医がいるが、それは裏を返せば、外科手術を行っても腰痛が完全には治らず、患者は通院を続けなくてはならなくなるということだ。だから、患者数は減らず、整形外科は潰れることがない。
効果の怪しい腰痛手術が日本で頻繁に行われる理由を、前出の加茂氏が明かす。
「日本の保険診療制度では、手術をしたほうが儲かる。また、手術数の多寡が病院の格付けにつながるので、整形外来医は手術を望むのです」
医者の思惑に騙されていれば、腰痛持ちは増えていく一方だ。
『週刊現代』2019年10月12・19日号より