証券会社が取引所のシェアを奪う? 実は超競争業界の「証券取引所」

金融業界を志す就活生や転職組で、知る人ぞ知る人気業界が、金融商品取引所といったマーケットインフラ業界だ。

株式などの取引所でいえば、日本取引所グループ傘下の東証一強といっても差し支えないのが日本の状況だ。金融商品取引所は参入障壁が極めて高いという事情もある。そのため、日本取引所グループは競争がなく、安定しているという見方をする者も少なからず存在する。

しかし、日本取引所グループも決して安定しているとはいえない。それは、証券会社との競争と取引所間の競争が激化しているためだ。まずは証券会社と東証のシェア争いについて見てみよう。

証券会社のPTS(私設取引所)が東証のシェアを削る
一見、金融商品取引所と証券会社は、プラットフォーマーと利用者のような関係性で、競争関係にないと思われるかもしれない。しかし、近年では証券会社が独自で、取引所に近い性質を持つプラットフォームを展開し、東証とシェア争いが始まっている点に注意が必要だ。

比較的なじみが深い証券会社の取引所といえば、PTS(私設取引所)市場だろう。これは、1998年12月の証券取引法改正によって解禁された取引市場だ。これまでは取引所集中義務という原則があり、売買は東証に集中されていたが、PTSは、新たな取引市場形態として認められたものだ。

今年の8月には、信用取引も解禁されるなど、個人投資家にとってのPTSの利便性が非常に高まっている。PTSを運営するSBIグループのジャパンネクストが、19年10月に発表した月間の売買代金は2兆9546億円にのぼり、史上最高を更新した。

かつては野村系で、現在は米ファンドJCフラワーズが運営するPTS、チャイエックス・ジャパンの月間売買代金は1兆1707億円で、こちらも史上最高水準で推移している。両社の合計売買代金は実に4兆1343億円にもなる。これは、東証の19年10月における合計売買代金61兆6640億円に対し、約6.7%のシェアとなり、決して無視できないレベルの台頭ぶりといえるだろう。

20年には楽天証券・マネックス証券が、PTS取引に信用取引の導入する見通しだ。カブドットコム証券も時期は明らかにしていないものの、PTS取引における信用取引の導入を検討している。PTS取引では、売買時間などが日本取引所グループの取り決めにとらわれない。そのため、夜間取引や取引手数料の低下という観点で、個人投資家にとってのメリットも多く、シェアを高めている状況だ。

機関投資家のダークプール利用も増加
東証と証券会社の売買シェア争いは、個人投資家との関係だけでなく、機関投資家との関係にもある。機関投資家に利用されているのは、主に証券会社が運営するダークプールだ。日本におけるダークプールは、PTS取引とはまた別の市場として規制されており、私たちが思い描く通常の取引とは大きく異なる性質を持つ。

まず、ダークプールの名前の由来でもあり、最大の特徴として挙げられるのが、「気配情報や板情報が非公表になっている」ということだ。つまり、どの価格にどれだけの注文が入っているかは実際に注文を出してみないと分からない。これだけをみると、意図した価格・数量で取引できないというデメリットがハイライトされやすいが、機関投資家にとってこれはむしろ都合がいい。

一般に、機関投資家が売買する株式の金額は、10億円~数百億円にものぼることがある。仮に、この取引を東証といった取引情報が公開される市場で売買すれば、機関投資家にとって不都合な点がある。それは、意図した価格で一定の数量を買い付ける前に、ほかの市場参加者に取引意図を察知されてしまうことだ。

流動性にもよるが、十億円~数百億円単位の売買をさばくには数日以上かかる場合もある。その間に、ほかの投資家に取引の意図がばれてしまうことがあるのだ。ほかの市場参加者は、機関投資家の安定した買いを後ろ盾として積極的に買いに転じ、予定した株数を調達する前に株価を大きく上昇させてしまう。買いの場合はまだ取引を中断するという選択肢があるが、売り切らなければならない場合はより大変だ。

ダークプールを利用すれば、市場にインパクトを与えることなく売買を執行することができる。いわば、機関投資家同士のマッチングともいえるサービスだ。なお、取引価格は東証を参照するため、市場価格の7%以上の差で約定することは原則としてない。場合によっては東証よりも有利な値段で売買が実施できる。

近年では、SBI証券のSBBO-XやFinatextグループのスマートプラスのように、ダークプールを個人投資家にも開放する動きが活発だ。個人投資家にとっては、市場価格よりも有利な価格での約定が期待できる点でメリットがあり、機関投資家にとっては個人投資家の売買フローを匿名で吸収できる点にメリットがある。

※情報開示:※株式会社スマートプラスは、筆者がディレクターとして参画しているFinatextのグループ会社です。

ダークプールもPTS同様、証券会社が運営する市場だ。日本取引所グループのデータによれば、ダークプールのシェアは16年時点で5.6%に達しており、現在は個人投資家のフロー流入などもあってさらに増加していると予想される。PTSと合わせれば、最低でも1割以上の取引シェアが東証から奪われている形となる。

最大の取引所はもはやNYSEではない
ところで、世界最大の取引所グループと言われればどこを思い浮かべるだろうか。ニューヨーク証券取引所(NYSE)だろうか。いや、世界最大の取引所グループは今やNYSEではない。

現在の世界最大の取引所グループはインターコンチネンタル取引所(以下、ICE)である。ICEは、かつての世界最大取引所グループであるNYSEユーロネクストを13年に買収し、世界最大の取引所グループとなった。

その背景には、取引所間の競争による売上高の低下やシステム負債の高まりがある。NYSEのような伝統的な市場は、「取引所からPTSやダークプール」「株式からデリバティブ」といった取引環境の変化に適応できず、利益率を悪化させる傾向があった。

買収前におけるNYSEユーロネクストの売上高は、08年時点で頭打ちし、デリバティブが得意なICEが13年に買収した。国際的な観点では、これまで有名でなかった取引所が、NYSEのような権威ある市場を買収して巨大化する事例もあるわけだ。

日本においても、政府による取引所の保護規制が徐々に緩和されている状況だ。NYSEユーロネクストの事例は決して対岸の火事とはいえない。そこで日本取引所グループは激しい競争を勝ち抜くために、システムの刷新やデータビジネスへの注力といった投資を実施している。ほかにも、海外企業の上場誘致やミャンマーのような発展途上国の取引環境整備といった国際的影響力を高める活動にも積極的だ。

実は超競争業界の取引所ビジネス。「安定を求める」という怠惰なモチベーションで転職、就職すれば早晩、後悔することになるだろう。反対に、高いモチベーションでビジネスを実行する姿勢がある者こそが、日本の取引所に求められているのではないだろうか。

筆者プロフィール:古田拓也 オコスモ代表/1級FP技能士
中央大学法学部卒業後、Fintechベンチャーに入社し、グループ証券会社の設立を支援した。現在は法人向け事業コンサルティングを行う傍ら、オコスモの代表としてメディア記事の執筆・監修を手掛けている。

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