11月9日の夜に行われた「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」。皇居前広場には各界の著名人や一般客約3万人が集まり、新たな時代の始まりを祝福した。 この夜、天皇皇后両陛下がくぐられた皇居正門の奥には、お忍びで訪れた愛子さまがいらっしゃり、一部始終をご覧になられていたという。 「令和時代への御代がわりの一連の行事が終われば、政府は女性天皇や女系天皇についてや、女性宮家の創設についての本格的な議論を避けられないでしょう。愛子さまの人生は、その議論の行方に大きく左右されます。新時代の幕開けは、天皇家の方々にとって予想のつかない“嵐の幕開け”でもあります。 その夜は、ほんの束の間ながら、国民の祝意を受け、ご家族でリラックスして楽しまれた時間だったのでしょう」(宮内庁関係者) その翌日、即位に伴うパレード「祝賀御列の儀」が挙行された。観衆の胸を打つシーンが見られたのは、両陛下が皇居・宮殿の前からオープンカーに乗られ、正門をくぐって沿道の人々の前にお姿を見せられてから、約10分が過ぎた頃のことだった。 「皇居の南端にある祝田橋の交差点を過ぎたあたりで、雅子さまの目が潤んでいるように見えました。さらにパレードコースの中ほど、官公庁が集中する霞が関付近で、ついにこらえきれなくなったのか、そっと目頭を押さえられていました」(皇室記者) そこは奇しくも、雅子さまが結婚前に勤められていた外務省の庁舎のすぐ近くだった。 ◆美智子さまは堪えてこられた さかのぼること17年前の2002年4月、雅子さまは幸せに溢れた笑顔で、カメラを通じて国民に語りかけられていた。 「生まれたての子供の姿を見て、本当に生まれてきてありがとうという気持ちでいっぱいになりました」 愛子さまご誕生の記者会見。そう話された時、雅子さまは感極まったのか声をつまらされ、目に涙を浮かべられた。会見終盤では「すみません、母親になって涙もろくなって」と、雅子さまらしいユーモアも交えて語られていた。 だが、雅子さまは翌2003年末から病気療養に入られた。雅子さまらしい笑顔とともに、多くの人の前で流す涙も失われていった。 「愛子さまの小学校の運動会の組体操を見て涙ぐまれたり、東日本大震災の被災地訪問で目を赤くされたことなどがありました。しかし、雅子さまが涙を流されることを、よしとしない雰囲気があったこともたしかです。 何事も慎ましく、感情的にならずに穏やかでいることが皇室の伝統においては美徳とされてきました。特に伝統を重んじる皇室関係者の中からは、雅子さまの涙さえも、“感情のコントロールができていない”と指摘する声がありました。皇族は公的な存在なので、私的な感情を表に出すべきではないという考え方が根強く残っていたのです」(皇室ジャーナリスト)
11月9日の夜に行われた「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」。皇居前広場には各界の著名人や一般客約3万人が集まり、新たな時代の始まりを祝福した。
この夜、天皇皇后両陛下がくぐられた皇居正門の奥には、お忍びで訪れた愛子さまがいらっしゃり、一部始終をご覧になられていたという。
「令和時代への御代がわりの一連の行事が終われば、政府は女性天皇や女系天皇についてや、女性宮家の創設についての本格的な議論を避けられないでしょう。愛子さまの人生は、その議論の行方に大きく左右されます。新時代の幕開けは、天皇家の方々にとって予想のつかない“嵐の幕開け”でもあります。
その夜は、ほんの束の間ながら、国民の祝意を受け、ご家族でリラックスして楽しまれた時間だったのでしょう」(宮内庁関係者)
その翌日、即位に伴うパレード「祝賀御列の儀」が挙行された。観衆の胸を打つシーンが見られたのは、両陛下が皇居・宮殿の前からオープンカーに乗られ、正門をくぐって沿道の人々の前にお姿を見せられてから、約10分が過ぎた頃のことだった。
「皇居の南端にある祝田橋の交差点を過ぎたあたりで、雅子さまの目が潤んでいるように見えました。さらにパレードコースの中ほど、官公庁が集中する霞が関付近で、ついにこらえきれなくなったのか、そっと目頭を押さえられていました」(皇室記者)
そこは奇しくも、雅子さまが結婚前に勤められていた外務省の庁舎のすぐ近くだった。
◆美智子さまは堪えてこられた
さかのぼること17年前の2002年4月、雅子さまは幸せに溢れた笑顔で、カメラを通じて国民に語りかけられていた。
「生まれたての子供の姿を見て、本当に生まれてきてありがとうという気持ちでいっぱいになりました」
愛子さまご誕生の記者会見。そう話された時、雅子さまは感極まったのか声をつまらされ、目に涙を浮かべられた。会見終盤では「すみません、母親になって涙もろくなって」と、雅子さまらしいユーモアも交えて語られていた。
だが、雅子さまは翌2003年末から病気療養に入られた。雅子さまらしい笑顔とともに、多くの人の前で流す涙も失われていった。
「愛子さまの小学校の運動会の組体操を見て涙ぐまれたり、東日本大震災の被災地訪問で目を赤くされたことなどがありました。しかし、雅子さまが涙を流されることを、よしとしない雰囲気があったこともたしかです。
何事も慎ましく、感情的にならずに穏やかでいることが皇室の伝統においては美徳とされてきました。特に伝統を重んじる皇室関係者の中からは、雅子さまの涙さえも、“感情のコントロールができていない”と指摘する声がありました。皇族は公的な存在なので、私的な感情を表に出すべきではないという考え方が根強く残っていたのです」(皇室ジャーナリスト)