自治体の婚活支援事業の支援を得て結婚した人のリアルとは?(イラスト:堀江篤史)
将来のパートナー候補と出会うためには日常生活から一歩外に出る必要がある。それは誰もがわかっていることだが、自分に合った場所や方法を見つけるのは容易ではない。
愛知県豊橋市で新婚生活を送っている樋口智弘さん(仮名、51歳)の場合、独身時代に詐欺まがいの勧誘に何度も遭ったと振り返る。
「スポーツクラブで知り合った人から誘われて(独身男女が集まる)社会人サークルに参加したところ、僕好みの小柄な女性と親しくなることができました。恋心もあって何度か会っていたら、高額な化粧品や健康器具を売りつけられそうになったんです。普段はもっと高いけれど会員になれば安く買える、との触れこみでした。これはマズイと思いましたね。独身時代、5年に1回ぐらいの周期で同じような勧誘を受けてきました。求められる金額はだいたい同じで30万~50万円です」
いわゆるネットワークビジネスである。俳優の沢村一樹を朴訥にしたような風貌の智弘さん。話し方ものんびりしており、「お人よし」だと思われるのだろうか。相場までわかるほどさまざまなネットワークビジネスから勧誘されてきたのだ。
智弘さんの実家は豊橋市に隣接する豊川市にある。結婚するまでは実家で暮らしていたが、40歳を過ぎた頃からは両親は結婚について触れなくなった。でも、本人は「このまま1人は嫌だな」とずっと思い続けてきた。
「僕は女性への興味はあります。女性としゃべるのも嫌いではないし、臆病な気持ちもありません。自分に興味を持ってほしいとも思っています。でも、『いい人』すぎたのでしょうか。何人かと交際をしても気遣いをしすぎて、距離を詰めることができませんでした。3年前に付き合っていた15歳年下の彼女は僕という人間に興味を持っていなかった気がします。週1で会って食事をしていましたが、いつも浅い話で終わっていました」
浅い話で終始するのは彼女のせいばかりではなく、2人の相性が悪かったのだと思う。智弘さんも彼女に本当の意味での興味や敬意を持っていなかったのではないだろうか。ならば、お互いにほかの相手を見つけたほうがいい。しかし、智弘さんはネットワークビジネスの勧誘に懲りており、よりよい独身女性と出会うために婚活パーティーや結婚相談所を利用しようとは思わなかった。
「ビジネスっぽいものやシステム的なものに頼みたいとは思えませんでした。また何か売りつけられたら嫌なので……」
そんな智弘さんに意外な方面から救いの手が差し伸べられる。豊橋市の結婚支援事業だ。
ほかの多くの自治体と同じく、豊橋市は婚活支援を行っている。ユニークなのは、市民から「婚活サポーター」を募り、ボランティア活動として縁結びを支援していること。各サポーターが自主的にお見合いを組んだり婚活パーティーを開催したりする一方で、身近な独身者のプロフィールを本人の許可を得たうえで登録し、それを他のサポーターと共有してマッチングを行う取り組みも進んでいる。昔ながらの「世話焼きおじさん&おばさん」を自治体がバックアップして地域に復活させる試みと言えるだろう。
昨年9月に智弘さんは知人の女性サポーターから登録を促された。そのわずか3日後に電話があり、「あなたに合いそうな女性が2人いる」と伝えられた。プロフィールを確認したところ、2人とも40代後半。智弘さんは少し迷ったと正直に告白する。
「もっと若いほうがいいなとは思いました。でも、せっかくのご縁なので2人とも会ってみたいと伝えました」
膨大な会員情報を持つ結婚相談所に登録していたとしたら、例えば「30代の未婚女性だけを紹介してください」と要望を出すことも可能だ。担当者は仕事だと割り切り、内心難しいとは思いながらも最善を尽くすだろう。だが、ボランティアの場合は話が異なる。わがままを言う人に付き合う義理はないからだ。智弘さんのように「ご縁をありがたく受け取る」姿勢が必要となる。
結果として、この姿勢が功を奏した。1人からはお見合い自体を断られたものの、もう1人とはすぐに会うことができたのだ。その女性が後に妻となる志保さん(仮名、49歳)。智弘さんは初対面の感動を興奮気味に語る。
「最初から意気投合しました。波長が合っちゃったんですね。旅行、音楽、時事問題。どの話題でも話が合ったのです。お互いに話し上手、聞き上手ですから」
水を差すわけではないが、プライベートにおいて誰に対しても「話し上手、聞き上手」な人は存在しないと思う。そんな人がいたとしたら、智弘さんが何度も体験したデート商法を疑うべきだろう。2人が初対面で楽しく語り合えたのは、幸運にも「波長」が合ったからにほかならない。
とにかく感動した智弘さんは積極性を発揮した。「もし僕でよければ、また会ってほしい」とその場で次のデートを申し込み、翌週も志保さんと会うことに成功。3回目では「結婚前提に付き合ってほしい」と告白した。志保さんの答えはYES。中途半端な気持ちで交際するつもりはないのでうれしい、とのこと。
結婚前提に付き合うか否かは、本人たちの年齢や意向以外に、出会う場所と方法も大きく左右する。この2人の場合は、「婚活」サポーターによる引き合わせなのだから、交際開始から結婚を視野に入れることに違和感はない。
ただし、付き合い始めて5カ月後に智弘さんがプロポーズをしようとしたところ、志保さんは「まだ早い気がする」と難色を示した。志保さんには10年前に離婚をした経験があり、前夫とは言い争いが絶えない結婚生活だったらしい。智弘さんによれば「なんでそんな男と結婚したのか」と思うほどの人物で、志保さんは男性への不信感が強かったのだ。
「彼女の個人情報になってしまうので詳しくは話せませんが、とにかくひどかったようです。私が当たり前のことをするだけですごく喜んでくれますから」
志保さんが病気のときは「大丈夫?」と声をかけて、胃腸が弱っていても食べられそうなものを差し入れる。デートの際は「どこに行きたい?」と聞いてから行き先を決める。仕事で悩みを抱えていたら黙って聞いてあげる。これらは智弘さんにとって「当たり前のこと」だ。
「ひっくるめて言えば、彼女の気持ちになって考えることですね」
志保さんは、前夫との苦しかった結婚生活を終えて、解放感に浸りながらも孤独感を募らせていたのだと思う。そうでなければ婚活サポーターのお世話になるはずがない。智弘さんという心優しい味方を得て、大きなやすらぎを感じたに違いない。2人は4月に無事婚約をした。
結婚して一緒に住み始めてから、口げんかをしたことは一度もないと智弘さんは言い切る。お互いに気遣いつつ、不満や意見があれば小出しに口に出すことを心がけているからだ。
「掃除や片付けは僕が主にやっています。料理は彼女がやってくれますが、いつも『今日は何が食べたい?』『これを作るけれどいいかな?』と聞いてくれますね。料理をしている傍らに僕もいて、味見をさせてもらうことも多いです。たいていおいしいですけどね」
完全にのろけ話になって来たのでこのへんでインタビューは終わりにしよう。最後に気になっていることがある。2人を結びつけることに尽力した婚活サポーターのモチベーションについてだ。聞けば、交際が始まった後もそのサポーターは2人の相談にのっていたという。もちろん、ボランティアなので報酬を受け取ることはない。なかなかできることではないと思う。智弘さん、菓子折りぐらいは持っていくべきではないだろうか。
「はい。本当に感謝しています。(市役所の事業なので)あまり大げさなお礼をしてはいけないのですが、今後もいろんな面で長いお付き合いをさせていただくつもりです」
つい余計な心配をしてしまったが、婚活サポーターにもメリットはあった。金銭的なものではなく、地域内での人間的なつながりという報酬だ。
智弘さんと志保さんにとっては「遅めの幸せ」をもたらしてくれた恩人であり、夫婦の絆の象徴でもある。生涯、感謝をしてくれるはずだ。そのような体験と人間関係が人生にもたらす豊かさは計り知れない。