その“夢”は現実に何をもたらすのか嘘と混乱の東京オリンピック

前代未聞の大失敗に終わった『FYRE』という音楽フェスティヴァルがある。その惨状をテーマにしたNetflix制作・配信のドキュメンタリー『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』を見たという人も多いだろう(Huluでも同テーマで別作品のドキュメンタリーが配信中)。
『FYRE』は「バハマの離れ島で開催されるラグジュアリーな超豪華フェス」という触れ込みで、SNSで強い影響力を持つセレブやインフルエンサーにガンガンPRさせまくり、大きな話題を呼んで高額なチケットも発売直後に完売。ところが、運営がとにかく杜撰で雑でテキトーだった。規模がふくれ上がっていく一方で、アーティストのブッキング、会場設営や観客の宿泊施設、食事、交通手段の手配など、すべてがデタラメなまま強引に推し進められ、最終的に開催当日になってすべてが中止。期待を胸にやってきた観客はカオス状態の会場に放置された。結果、ソーシャルメディアで大炎上を遂げて、逮捕者まで出る始末となったのである。
開催当日までには実にさまざまな問題が発生するわけだが、主催者であるビリー・マクファーランドは場当たり的な対応しかせず、面倒なことは下の人間に投げっぱなし。『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』はそのひどさを余すところなく映し出す。見ているうちに「こんなの失敗するに決まってるだろ」と呆れ果て、振り回されっぱなしの現場スタッフに同情して思わず胃が痛くなりつつ、他人事だから笑えてしまう。「いやあ、本当にひどい話だ」と。ただ、なんだかこの惨状は実はちょっと他人事でもないような気もする。今、私たちは『FYRE』をはるかに上回る規模のイベントが歴史的な大失敗へと突入していく過程をリアルタイムで経験しているのではないか。そう、東京オリンピックである。

2013年9月8日の招致決定以来、今回のオリンピックに関してはとにかくろくな話がない。というか、信じられないレベルのろくでもない話ばかりが底抜けに続いている状況だ。
そもそも招致の段階からいろいろとデタラメだった。当時、東京都知事だった猪瀬直樹氏は「世界一カネのかからない五輪」と誇らしげだったが、当初約7340億円とされていた開催費用は、いまや関連予算を含めると3兆円オーバーの見込み。当初の見積もりの4倍だ。いくらなんでも見通し甘すぎではないか。
そして、後になって数多くの問題を引き起こすことになった東京の会期中の気候に関するアピール。「天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」などと言っていたわけだが、東京都民なら誰でもわかるように大嘘である。東京の夏は死人が出るほど暑い。
さらに、今回の招致をめぐっては贈収賄疑惑まで出てきた。当時の招致委員会理事長だった竹田恒和氏が東京への賛成票を不法に買ったとしてフランス司法当局の捜査対象になっているという。もう何から何までインチキである。
その後も東京オリンピックをめぐるトラブルや珍騒動は手品師の口から出てくる万国旗のように次々と終わりなく発生していった。ざっと振り返ってみたい。
まずケチがついたのが、公式五輪エンブレムの盗用問題。すったもんだの末に当初の佐野研二郎氏による当初のデザインは却下されて再公募するハメになった。

新国立競技場の建設も最初から波乱続きだった。すでに決定していたザハ・ハディド氏案を「予算がかかりすぎる」という理由で急遽撤回。全体予算が当初の予定から4倍にも膨れ上がり、新国立競技場建設をめぐる混迷を思い返せる今となってみれば、「むしろ、そのままでよかったんじゃないか」という気がしなくもないが、結局、新たな設計計画で建設が進められることになる。その直後、聖火台スペースをつけ忘れたと聞いたときはさすがに笑うしかなかった。建設用の木材の無償提供呼びかけをして批判されまくったり、建設作業員の過労自殺という取り返しのつかない悲惨な出来事も起きたりしている。
そんなこんなで完成が間近に迫ってきた新国立競技場だが、五輪終了後の“後利用”についてあまり考えずに作ってしまっているため、巨大な維持費の採算を取れる見通しは立っておらず、ただ赤字を垂れ流す“五輪の負の遺産”となることがほぼ決まっているようだ。なんともやりきれない話である。
そして失笑の嵐を巻き起こしたのが“暑さ対策”だ。五輪組織委員会の森喜朗会長は「暑さはチャンス」などと相変わらずズレたことを言っていたが、結果的にチャンスどころか今回の東京オリンピックのダメなところをこれでもかとばかりに見せつけることになった。
マラソンコース沿道にある商業施設やビルの出入り口を開放して冷気を外に流そうという“クールシェア”案の他力本願ぶりは「え? それ本気なの?」という感じだったが、小池百合子東京都知事が打ち出した“打ち水作戦”には本気で脱力させられた。そんなものであの酷暑がどうにかなると本気で思っているのか。ついでに、“浴衣”“よしず”の活用なんてことも言っていたけれど、真剣に聞いている人はどのぐらいいたんだろう。300キロ分の氷を降雪機で降らせる人工雪実験も「本当に大丈夫なのか東京都」と世間を騒がせたが、気温は下がらず、ただ服や席を無駄に濡らせるだけで、普通に考えたらそりゃそうだろうという結果に終わった。

新国立競技場の冷房設備は、なぜか安倍首相の鶴の一声で設置されないことが決定したので、かち割り氷を配るとかいう本末転倒な話になっていたが、そもそもなんで安倍首相がそんなことを決めてしまうのかという話である。「会場周辺に朝顔の鉢を並べて視覚的にも涼しく!」という案が発表されたときに誰もが「ダメだこりゃ」と思ったことだろう。
森会長の「東京オリンピックのレガシーのひとつにしたい」という、いつもの寝言でサマータイム導入なんてことも議論されて本気で心配したが、ここはちゃんと断念できて本当に良かった。
暑さ対策の一番の切り札とされたのが、マラソン・競歩コ-スの遮熱舗装。24億円という資金を投じて実施されてしまったそうだが、なんとこれが逆効果。温度が下がるのは路面だけで、高い位置では普通のアスファルトより温度が高くなって熱中症のリスクは高くなってしまうという。さすがに驚いた。どうしてやってしまう前にしっかりと検証しなかったのか。
次から次へと“バカげた”というほかない対策が打ち出され、その度にどうしようもない無力感に襲われた。そして、迷走に迷走を重ねた末、ご存知のようにマラソンと競歩はIOCの判断によって札幌開催が決まってしまったわけだが。こんな無様な話もそうない。とはいえ、招致段階で東京の気候について嘘をついていたことがそもそも悪いわけで、IOCの判断、ましてや札幌市を責めるのは筋違いというものだろう。さようならコンパクト五輪。

そんなこんなで予算はどんどん増額されていく一方、「人にだけは絶対に金は使わん」という決意が見えてくるほど、何もかもがボランティア頼りになってしまったわけだが、ボランティアについても問題だらけである。先日は都内の中学・高校にボランティア人数が割り当てられて、半強制的に参加要請があったことが判明したが、これはもうボランティア(志願)ではなく、“動員”だ。「ボランティアのユニフォームが絶望にダサい」とか「シャイニングブルー・トウキョウってなんだよ」なんて笑っていた頃が懐かしい。医療スタッフや通訳、運転、メディア対応といった専門的なスキルが必要なスタッフもすべて無報酬、宿泊や交通費は自己負担のボランティアでかき集めるとのことだが、その作業条件の厳しさから“ブラック・ボランティア”などと揶揄もされているが、それも当然だろう。
この他、雨が降ってしまったら大腸菌ウヨウヨの海上競技会場、選手村のダンボールベッド、会期中の渋滞解消のために首都高値上げ&通販自粛呼びかけ、観客の自撮り投稿禁止などなど、まだまだいくらでも挙げようと思えば挙げられる気もするが、とにかくこれほどまでに問題が噴出して止まらないイベントってあるのだろうか。もう国威の発揚どころか、逆に日本のダメなところの見本市、その衰退っぷりを大々的に発信しているような状況だ。誰かどうにかしてくれと思うが、いったい誰が責任者なのか、それがわからない。いかにも日本らしい話であるし、そこが一番怖いポイントでもある。

冒頭で紹介した『FYRE』の主催者ビリー・マクファーランドは最終的に集団訴訟を起こされ、有罪が確定して6年の禁固刑が確定した。東京オリンピックはもちろん『FYRE』のような詐欺事案とはまったく異なるし、仮に大失敗に終わるようなことになっても誰かが刑事罰を問われるようなことはないはずだ(あ、竹田元会長は除く)。しかし、多くの人が「これ、このままで大丈夫なのか?」という危惧を抱いたまま、うまく対処できずに開催に向けて突き進んでいる状況は『FYRE』と共通しているといえるだろう。
責任の所在もよくわからないまま、混乱を撒き散らしつつ、開催へのタイムリミットは近づいている。来年、私たちはこの祭典のなかにどのような光景を目にするのだろう。そして、祭りが終わったあと、残るものは。