“貧困女子”ルポライターが呼び出された少女に「不幸少女のカタログ」と罵られた日

2011年初夏、東京の夕暮れは311直後の節電政策で少し薄暗くて、なぜか懐かしい昭和を思い出させた。池袋北口の喫茶店『伯爵』は平常通りガンガンにエアコンを効かせ、地場のヤクザから裏家業人、チャイニーズ、雑多な人々が低い声で話している。そんな中で、150センチそこそこの小柄なその少女は、周囲の一筋縄ではいかなそうな人々に負けず劣らずの存在感を発していた。
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高橋里奈、1992年生まれ。彼女と初めて出会ったのは、彼女が19歳になったばかりの頃だった。
小さな細面に通った鼻筋に、薄いメイクでも目立つ大きな瞳が印象的で、背丈があればモデルで通用しそうな容姿の里奈が、初対面の見た目の印象とはかなり違う少女であることは、彼女が口を開いてすぐに分かった。
この日、当時取材記者だった僕は、彼女に「呼び出された形」で池袋に出向いていた。僕の著書を読んだ上で「あたしの話を聞け」と、彼女の方からアクセスしてきたのだ。
確かに彼女の手元に置かれた本は僕の初めての著書である『家のない少女たち』(宝島社・08年刊行)。何度読み返されたのか、カバーもなくなりボロボロになったその本は、プリクラやデコレーションシールでギラギラにリメイクされていた。
里奈を僕に紹介してきたのは、知人の風俗系広告代理店の営業さん。彼からは、里奈はほとんど小学校にも通えない生い立ちで常用漢字の多くを読むことができなかったにもかかわらず、僕の本を読むためだけにブックオフで辞書を買って、読み切ってくれたのだと聞いていた。
カバンからボイスレコーダーを出し、こうした少女やアウトローへの取材の常となっていた宣言から始めた。
「一応声は録音するけど、話したくないことがあったら話さなくていいよ。録音されて困ることは、駄目って言ったらその場でレコーダーの電源切るから。あと録った音声はすぐに文書にして、データは消すから安心して」
そんな僕の定型句を、なぜか彼女は俯きがちにカタカタ貧乏揺すりをしながら、苛ついた感じで聞いている。
「別に録られて困ることとかねーから」
呟くように言って、アイスコーヒーの氷をすごい勢いで噛み砕いた。
見た目とはあまりに違う、掠れて低いが芯の通った強い口調。見た目の印象とのギャップに思わずその顔を見ると、里奈は大きな瞳を見開いて、睨むようにこちらを見据えていた。

「あたし、鈴木さんの本読んで、言いてぇこといっぱいある。読んでガッカリしたよ。なんなん? カタログでも作りたかったんかい。鈴木さん、難しい言葉とか使って、あたしらのこと可哀想だとか思ってるんだったら、ほかの大人と一緒だ。たぶんあたしら、可哀想とかも思われたくもない。そりゃ逃げてきたって場面もあっかもしんねぇけど、もともと糞みてぇな居場所なんかこっちから捨てて来てんだよ。話したら長ぇけど」
「カタログ?」
「そうだ。不幸少女のカタログ」
少し単語の語尾があがる北関東風イントネーションの巻き舌。僕の書いた本にそんな感想を言われたことは初めてだった。
『家のない少女たち』は、僕の初めての単著で、虐待や貧困など崩壊環境の家庭や居づらい施設養護の場から緊急避難的に路上に飛び出し、生きるために売春をしている少女らを取材して書き上げた本だった。
取材の端緒は、東京都心において夏休みなどを中心に「プチ家出」と言われる少女らの存在が増え、90年代の援助交際などと同様の社会現象として語られるようになったこと。その当事者の取材を重ねるうちに、「プチ」じゃない少女らがその中に混在していることに気づいたのが、取材を継続した理由だった。
プチではなく本気の家出。むしろ絶対に帰らないという覚悟を定めて路上生活を続ける少女らは、決まって「帰ったらその身が危険」というほど劣悪な生育環境や不自由の中に生きてきた子たちだった。彼女たちのしている「援助交際」は実際には単なる売春で、彼女たちにはそれぞれに、今日の宿と明日の飯を得るために、自力で生き抜くために、自らの身体を売る必要に駆られていた。
「鈴木さん、女の子たちがちゃんと本当のこと話してくれるようになるまで取材するの、結構時間かかるの分かる。それで、こんな人数取材してさ。第一にあたし思うのは、なんでそこまで踏み込んでるくせに、鈴木さんは何もしないのってことなの」

「本は書いたけど……」
「違くて。なんで鈴木さん、てめーで援デリ(組織売春)の経営しようとか、女の子住ませる寮つくるとかしなかったのかってあたしは聞いてんの」
「そんなんしたら、俺が逮捕されちゃうじゃん」
「ほらな。自分は安全なとこから女の子の観察して、自分はわかってますみてーなツラ下げて偉そうに本とか書いちゃうんでしょ? ホントに鈴木さんが逢ってきた子たちのこと考えたら、テメーが捕まろうがなにしようが関係ねーだろ。勝負してねえよ鈴木さん」
紹介者の広告屋からは、風俗嬢になる前の里奈は未成年を集めた大規模な組織売春の統括者をしていたと聞いていた。家庭の事情があって中学校に上がる前から児童養護施設で育ったが、15歳で地元を飛び出してからは一度も帰郷していない。僕の本を知ったのは、組織売春時代の同業者仲間から「里奈のことが書いてあるっぽい本がある」と紹介されたからだという。
19歳でどんな修羅場を駆け抜けてきたのだろう。はすに構え、睨み上げるような里奈の声は、店内によく通る。
後ろのテーブルでなにやら大金が動く商売の話をしていたヤクザ風が耐えかねて「ちょっとウルセエな」と振り向くと、里奈は素直に「あ、すみません」と頭を下げた。僕は背筋が凍らんばかりだが、ヤクザ風は里奈を見てニヤッと笑い、自分たちの怪しい商談に戻る。ここで「困ったことがあったら連絡しな」などと言ってヤクザ風が名刺でも切れば、まるで映画のワンシーンだ。
一体この少女は何者なのだろう。家のない少女らの世界は時には残酷な喰らい合いの世界で、街を彷徨う少女らは自分以外の誰かのことを考える余裕を失った者が大半だったが、この少女は違う。明らかに里奈は自分のためではなく、自分と同じような境遇にある少女らのために何らかの義憤に駆られ、僕に詰め寄って来ていた。
話が聞きたいと身を乗り出した僕に下心がなかったと言えば、嘘になる。
彼女を素材に、どれだけのことが聞き取れ、書けるのだろう。彼女の生き様を徹底的に聞き取ることで、ノンフィクション以外の表現で彼女らのことを伝えてみたい。
結果としてそれが小説表現になるとまではその時点では考えていなかったが、そんな下心を胸に、2年越しという長期間に及ぶ聞き取り取材を始めたのだった。
後編の「どう生き抜くかは女の自由じゃねえか」僕を罵った少女が本当に伝えたかったこと に続く
(鈴木 大介)