花園大は27日、794年に遷都された平安京の右京二条三坊九町に当たる同大構内(京都市中京区)の発掘調査で、上級貴族の邸宅に伴う池と流路とみられる遺構を発見したと発表した。見つかった陶器などの年代から、邸宅として存続したのは100年に満たなかったとみられるという。
池とみられる遺構の発掘範囲は南北約5メートル、東西約7メートルで、さらに広がっていたとみられる。護岸設備は確認できなかった。流路は南北の長さが18メートル、東西の幅が最大4メートルで、北側で池に接していた。
この土地は天皇の居所などがある大内裏から1.5キロと近く、緑釉(りょくゆう)の陶器や瓦が出土し、上級貴族が邸宅を構えたとみられる。出土した遺物は9世紀中ごろから後半にかけてのもので、邸宅はこの頃に放棄されたとみられる。
発掘した花園大の高橋克壽教授は「出土遺物の調査などを通じ、所有者の人物像や邸宅が放棄された理由を考えていきたい」としている。