法務省も困惑…相続は「早いもん勝ち」に変わっていた 相続法改正「最大の抜け穴」をご存知か

土地も貯金も保険も、他の親族の同意がなくても、先に手続きさえしてしまえば、あなたのものに。実はそんな「抜け穴」が今回の法改正で生まれた。この問題をずっと取材してきた本誌だから気付いた「悪魔の相続術」、具体的にどうやればいいのかを紹介する
「やはり、気づいてしまいましたか。たしかに、今回の法改正には、大きな問題があります。
これまでのように、きちんとした遺言書を書いておき、四十九日を過ぎてからゆっくり実家の名義変更をするという相続の常識が通用しなくなってしまいました。
専門家たちの間でも、この話題で持ち切りです。遺言執行を行っている信託銀行の中には、これまで通りのサービスを継続できるか検討に入ったところもあると聞きます」
こう話すのは司法書士・内藤卓氏である。
7月1日から相続に関する改正民法が施行となった。夫の両親を介護していた妻も遺産がもらえる特別寄与料や、トラブルのもとになる不動産の共有名義を避けられる遺留分侵害額請求など、これまで相続の実態に合っていなかった法律が、約40年ぶりに改正された。

さらに来年4月からは配偶者居住権がスタートし、夫の死後「妻が自宅に住み続ける権利」を設定できるようになる。
一見いいことずくめの改正であるかのように、雑誌や新聞でも連日特集が組まれている。しかし今回、本誌はこの改正にひそむ「抜け穴」に気づいてしまった。ずばり言おう。
7月1日から相続が「早いもん勝ち」になってしまったのだ。
これまでの相続では、遺言書の内容が絶対だった。仮に「長男に実家を相続させる」という遺言書があれば、弟は不服でもその通りにしなければならなかった。
そうした感情のもつれが「争族」の原因になるのだが、今回の法改正で、その原則と言えるものが崩れてしまったのだ。
母親が亡くなり、長男の太郎さんと、次男の次郎さんが相続をするケースで考える。生前、母親はよくこんなことを言っていた。
「次郎は18歳で家を飛び出してから、ほとんど帰ってこず、家のことも考えてくれなかった。だから、実家(評価額2000万円)は全部、太郎にあげたい」

母親は、この内容で遺言書を書いた。この遺言書通りに相続されると、次郎さんは最低限の遺産(遺留分)として、全財産の4分の1の500万円しかもらえない。だが、それでは納得がいかない。次郎さんの気持ちはこんなところだ。
「本来なら、法律で決められた取り分(法定相続分)として、遺産の2分の1を、弟の自分ももらってもおかしくないはずだ。こんな遺言書なんてなければいいのに」
それならば、遺言書を無視すればよい。
実は相続法の改正により、そんな荒業ができるようになってしまった。
まず次郎さんは母親の死後、時間をおかず、法定相続分であるところの実家の2分の1(1000万円相当)について、母親から自分に名義変更をする。
兄の太郎さんが遺言書を法務局に持っていき、「実家の権利を100%自分のものにする」という登記を行う前であれば、こんなことができてしまう。
Photo by iStock
そのうえ、次郎さんが実家の2分の1を自分の名義に変えたことは、太郎さんに知られることはない。次郎さん1人だけでできるのだ。
その後、次郎さんは不動産業者に自分の名前で登記された1000万円分の家の権利(共有持ち分)を売却すればよい。共有持ち分の価格は、市場価格の7割程度なので、次郎さんは約700万円を得られる。
先述したとおり、遺留分は500万円になので、早いもん勝ちで手続きすることで、200万円も得できる。
では、今回の改正で、なぜ遺言書を無視するようなことができるようになったのか。弁護士の田中康敦氏が解説する。
「この法改正には、遺言や遺産分割の内容を知ることができない第三者の取引の安全を守る目的があります。
実はこれまでも家の権利の売却自体はできたのですが、遺言書の効力が強かった。実家を相続するという遺言書を持った相続人が出てくれば、不動産業者はせっかく買った家の権利を諦めるしかありませんでした。法改正の結果、こうした不動産業者の権利が守られることになったのです」
言ってみれば、よかれと思ってやった法改正が思わぬ「抜け道」を作ってしまったのだ。それにしても、肉親に内緒で、遺言書を無視して勝手に家の権利を売ってもいいというのは大問題だ。

この抜け穴について、法務省民事局の担当者が本誌の取材に答えた。
「遺言書を無視して勝手に実家の権利を売れば、他の相続人から民事訴訟を起こされる可能性も高い。ですので、ありうるとしても例外的です」
逆に言えば、今回の法改正が「例外」を許してしまった。遺言書を無視して、自分の法定相続分の実家の権利を売ってしまうのは、新しい相続法上はセーフなのだ。
次郎さんが実家の持ち分を売った後、兄の太郎さんは損害賠償請求を次郎さんに対して起こすことは可能だ。
ただし、億単位の遺産ならともかく、数百万円の争いのために、肉親に対して民事訴訟を起こすハードルは高い。結果、「早いもん勝ち」で取り逃げすることができてしまう。
Photo by iStock
では、先に持ち分を登記して売却するには、具体的にどのような手続きを踏むことになるのか。
揃えるべき書類は、戸籍謄本(故人の出生から死亡までのものと、相続人全員のもの)、故人の住民票の除票、相続人全員の住民票、固定資産評価証明書の4種類だ。
兄弟の戸籍謄本や住民票については、通常、勝手にとることはできないが、相続手続きという理由があれば、取得することができる。
登記申請書に集めた書類を添付して、実家がある場所を管轄する法務局に提出する。
登記申請書はA4の紙に死亡日、不動産を取得する人の住所と氏名、電話番号、固定資産税の価格と登録免許税の金額、不動産の表示(地番など)を記載する。
必要な書類は、相続人1人ですべて入手でき、手続きも1人で行える。あとは他の相続人よりも早ければそれでいい。
実は「早いもん勝ち」になったのは、実家の相続だけではない。預貯金についても、他の相続人とは関係なく、自分で早く動けば得できるようになった。
老親の預金口座は、銀行に死亡が伝わると凍結され、おカネを引き出せなくなる。電気や水道の引き落としも止まり、葬儀費用を引き出すこともできなくなる。
これを解除するには、相続人全員が遺産の分け方に同意をして、遺産分割協議書に実印をつく必要がある。だが、ここでもめれば、預貯金についてはまったく手を付けることができない。

そこで、7月1日からは遺産分割協議が整わずとも預貯金を引き出せる仮払いがはじまり、他の相続人の了解なしで、自分の相続分の預金を確保できるようになった。
東京都在住の高山和子さん(70歳・仮名)が、今年6月に亡くなった夫の相続について振り返る。
「夫は遺言書を残していませんでした。遺産の分け方について話し合いをすることになったのですが、3人の息子が取り分を巡ってごねだして、今も遺産分割協議に終わりが見えません。
その間、夫の口座は凍結されているためおカネを下ろすことはできず、私自身の口座も底を突きそうです」
Photo by iStock
生活の危機に陥っていた高山さんだが、7月1日になり、仮払い制度が始まったことによって救われた。自分の法定相続分の3分の1(上限150万円)を引き出すことができたのだ。
150万円と聞いて少ないと感じる人もいるだろう。さにあらず。この150万円はあくまでも、1つの銀行につき、という条件なのだ。
「もし10行に口座があれば、最高1500万円を遺産分割前におろせる。実際、1人あたり平均3個以上の銀行の口座を持っているという統計があるので、450万円程度のおカネは先に仮払いでもらえることが多いのです」(税理士・山本和義氏)
高山さんも振り返る。
「夫の銀行口座から計400万円を引き出すことができ、当面の生活費を確保できました。まずは一安心です」
仮払い制度は葬儀費用のためのものと思われがちだ。だが実は、遺産を他の相続人より先に確保してしまえる制度なのだ。
仮払いの利用をするにはまず、通帳や預金証書で、どこの銀行に故人の口座があるかを確認する。そのうえで窓口に行き、全店照会を依頼して全ての口座を洗い出す。
必要な書類は故人の除籍謄本と相続人全員の戸籍謄本、自分の印鑑証明書だ。さらに遺言書もなく分割協議がまとまっていない事情を説明する。仮払いの際には、他の相続人の承諾やハンコはまったく不要だ。
便利な仮払い制度だが落とし穴もある。
「実は、どんな口座からでもおカネを引き出せるわけではないのです。定期預金の場合、満期が来ていない分は払い戻しの対象にならないことがある。仮に定期が1000万円あっても、普通預金が数十万円しかなければ微々たる額しかおろせません」(前出・内藤氏)
老親が生前のうちに定期預金を解約し、普通預金に移してもらうように頼んでおけば、他の肉親に先んじて遺産を手にすることができてしまう。

「早いもん勝ち」なのは生命保険についても同じだ。そのうえ生命保険では、莫大な保険金を自分1人で、しかも簡単な手続きで手にできる。
老親の死後に保険金をもらうには、受取人になっておく必要がある。保険金の受取人になるには老親の承諾が必要だが、他の相続人である兄弟に受取人になることを伝える必要はない。
「老親には、相続税の納税資金が必要、最低限の遺産である遺留分を請求されたときのための現金が欲しいなどの理由を伝えることが大切です。納得してもらったうえで合法的に保険金をもらいましょう」(前出・山本氏)
まずは保険証券で証券番号を確認し、保険会社の窓口か電話で現在の受取人を確認する。免許証のコピーなどの本人確認書類を用意し、保険会社の所定の請求書に記入して老親に提出してもらえば、受取人を変更できる。
いざ老親が亡くなれば複雑な手続きは必要ない。面倒な遺産分割協議とは無関係に、生命保険は老親の死後すぐに保険会社に連絡をいれれば、通常1週間ほどで保険金が振り込まれる。
Photo by iStock
生命保険を利用することで得られるメリットはそれだけではない。生命保険には、大きな非課税枠(500万円×相続人の数)があるのだ。
母親が亡くなり、長男と次男が相続をするケースで、長男が1000万円の生命保険の受取人になっているとする。この場合は、500万円×2の1000万円が生命保険の非課税枠なので、長男は無税で1000万円を相続できる。
ここまで、相続法の裏をかいて、早いもん勝ちで財産を手に入れる方法を具体的に見てきた。では、反対の、財産を守る立場の場合は、こうした「悪魔の相続術」にどう対抗すればいいのか。
基本はこちらが相手より早く動くことだ。
まず生命保険の場合は、受取人になろうとする他の相続人に先んじて老親を説得しておく。もし兄弟の誰かが保険金を独占するともめる危険が高いなら、受取人を「長男50%、次男50%」のように、割合で指定するという手もある。
また、預貯金の仮払いについても早く動けば、相手をブロックできる。
「もし遺言書があるならば、いち早く銀行に行って『自分が預金を相続した』という通知をします。民法に規定があるので、これで他の相続人に預金を取られずに済むのです」(前出・内藤氏)

実家の権利についても、登記される前にこちらが登記するしかない。
もし老親が残したのが自筆の遺言書(自筆証書遺言)であった場合は、急いで家庭裁判所に行く必要がある。
署名捺印があるかなど、その遺言書が有効な形式かどうかを確認(検認)してもらう。ただし、これには1ヵ月程度の時間がかかるため、この間に登記申請をされたら終わりだ。
こうした事態を防ぐためには、老親が生きているうちに準備をしておくことが重要だ。
まず、できるだけ早く登記をするために公正証書遺言を作ってもらう。
「公正証書遺言は公証人立ち会いのもとで作られているため、検認の手間がありません。ですから迅速に登記することができます」(前出・田中氏)
公正証書遺言の作成には、財産額によるが3万円前後はかかる。費用負担は軽くないが、自筆証書遺言より圧倒的に早く登記を始められる。
さらに、実家を仮登記する方法もある。
「仮登記とは、いわば登記の予約をすることです。今家を持っている人の次に、誰が家の権利者になるのかを申請してあらかじめ登記につけておくことができます」(前出・田中氏)
仮登記をするには、死因贈与契約を結ぶ必要がある。死因贈与契約は、生前に結んでおくことで、死後に特定の財産を渡したい人に渡すことができる契約だ。
あくまで自分と老親の間で結ぶ契約なので、他の相続人に知られずに、財産をもらう約束をしておくことができる。
Photo by iStock
必要な書類は、住民票と印鑑証明書、戸籍謄本、さらに、固定資産評価証明書と登記簿謄本で、公正証書で契約書を作成する。この契約書の中に仮登記をつける旨を記載し、契約書を持って法務局で申請すれば仮登記をつけられる。
仮登記がついている物件は普通、仮登記を外してから売買される。つまり、おカネに困った他の相続人が勝手に仮登記つきの実家の持ち分を売ろうとしても、買い手がつかないため、売却を抑止できる。
とはいえ、あくまで「仮」の登記なので、老親の死後に急いで登記をすることを忘れてはいけない。
老親の死後、他の相続人に先に登記をされると、持ち分を売却されてしまうリスクがある。ならば、老親と話をつけておき、生前に家を名義変更してしまうという究極の「早いもん勝ち」の方法もある。
老親から実家を生前贈与してもらうのだ。生前贈与をしてもらったことは、他の相続人に伝える必要はないため、バレずにおこなうことができてしまう。

どうやって実家の贈与をしてもらうのか。
まず、実家の登記識別情報(登記済証)、固定資産評価証明書、老親の印鑑証明書、さらに贈与を受ける人の住民票を用意する。それから、いつ、誰から誰に、何を贈与したかを記載し、実印を押した贈与契約書を作成しておく。
この書類を持って法務局に行き、名義変更をすればいい。年間110万円を超える贈与には贈与税がかかるので、贈与税申告書を作成して、贈与を受けた翌年の2月1日から3月15日の間に税務署に提出する。贈与税の申告書は国税庁のHPで作成できるサービスがある。
法律が変われば、新たな抜け穴も生まれる。「早いもん勝ち」という新常識についてこられないと、財産は守れない。

「週刊現代」2019年8月10日・17日合併号より