【太田 差惠子】父親が交通事故で入院したら「家計崩壊」しかけた48歳一人娘の悲劇 銀行も助けてくれない

私は90年代から介護の現場を取材し、そのリアルな現実や有益な情報を執筆や講演、NPO活動を通して紹介しています。
親が認知症になったら家族でも預貯金を引き出せなくなる――、と聞いたことがある人は多いと思います。しかし、口座凍結は何も認知症に限ったことではありません。もし、突然、親が倒れたら、どうすればいいのでしょう。

カヨさん(48歳:仮名、東京都在住)には1人暮らしの父親(70代)がいます。その父親が交通事故にあい救急搬送されたとの連絡が……。
〔photo〕iStock
カヨさんが病院に駆けつけたところ、命に別状はないものの、意識はもうろうとした状態でした。入院手続きを行うと、入院保証金として現金で10万円の支払いが必要だと言われました。
父親の持ち物にサイフはありましたが、10万円という大金は入っていません。そこで、一旦実家へ行き、たんすの引き出しなどを探しました。まるで家探しです。
キャッシュカードが見つかりましたが、暗証番号が分からないので役に立ちません。ようやく通帳と印鑑を見つけ出し、携えて銀行へ向かったのですが、そこで衝撃の事実をカヨさんは知らされました。
以下、カヨさんと銀行員のやり取りを再現しましょう。
カヨ「父が事故に合ったので、代わりにおろしにきました。私は長女です。これが父の通帳と印鑑です」
銀行員「お父さまの委任状をお持ちですか」
カヨ「救急搬送されたのでありません」
銀行員「申し訳ございません、ご家族でも、委任状がないとお金をおろすことはできないのです」
カヨ「父の意識は混濁しており委任状なんて書けません。定期はどうですか。父の定期を解約することもできないのですか」
銀行員「ご快復をお祈りしております」
カヨさんはなすすべなく、銀行を後にするほかありませんでした。

カヨさんは言います。
「父からは、『何かあったら、これを一時金に施設に入れてくれ』と言われていました。300万円の定期預金を見せてもらっていたので、安心していました。でも、お金を引き出すことができないのです」
父親は事故から1か月ほどが経過した頃、意識ははっきりしたものの、お金の話を理解できる状況ではないそうです。
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一度、父親のキャッシュカードを携えて、ATMに行ってみました。父親の誕生日、亡き母親の誕生日、カヨさんの誕生日と3回試してみましたが違ったようです。無残にもセキュリティーロックがかかってしまいました。
再び、キャッシュカードを使えるようにするには、「暗証番号のロック解除」と「暗証番号再登録」が必要です。もちろん、銀行の本人確認は厳しく、カヨさんではできません。
カヨさんはその後父親に成年後見制度の利用をと考えたものの、日々多忙で手つかずのまま。
病院への支払いなど父親の必要なお金をすべて立て替えていますが、家計を圧迫して苦しい生活を送っています――。

こうした事例では、成年後見制度の利用を考えることになります。しかし、はっきり言って面倒です。それに、後見人に弁護士などの専門家が選ばれようものなら、月々数万円の報酬が発生します。
子として、良かれと何かしようとしてもお伺いを立てなければならず、却下されることもあります(ただし、家族関係がゴタゴタしている、悪徳業者に騙されることがある、などの場合には成年後見制度利用がトラブル解決の一助となるケースもあります)。
カヨさんは、親から「何かあったら施設の一時金に」と、300万円の定期預金を見せてもらっていたことで安心していましたが……。そのとき、もう1歩踏み込んだ準備をしなければいけなかったのです。
読者の皆さんには、カヨさんの二の舞にならないように、親が元気なうちに3つの準備をすることを提案します。
その3つとは以下のようなものです。
(1) 「いざという時に、どのお金を使えばいい?」と親に聞き、その口座の暗証番号を確認。(2) 2枚目のキャッシュカード「代理人カード」を作成(3) 親の定期を「預かり金」とする
ひとつずつ説明していきましょう。
まず(1)の口座の暗証番号です。
「いざというときにお金を引き出す」口座を聞くことに成功したら、キャッシュカードの所在と暗証番号を教えてもらいます(どこかに書いておいてもらってもOK)。
このとき、教えてもらう口座は、年金が振り込まれる口座が良いです。その口座が、定期預金の満期時に移行される口座であれば尚良し(自動継続で、再び定期になる場合も)。
お金は亡くなるまでずっと必要だから「年金」は大事です。でも、最初から「年金が振り込まれる口座の情報を教えて」と尋ねると、親は怪訝な表情になる可能性が……。焦らず、ゆっくり聞きましょう。
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次に(2)の2枚目のキャッシュカード「代理人カード」を見ていきましょう。
親の状況によっては、キャッシュカードを預かったままにはしにくい場合もあります。そのようなときに備えて、親と子双方で口座管理できるようにしておきます。元気なうちに親に銀行に行って作成してもらい、子が預かっておくと便利です(「代理人カード」の有無、作成条件は銀行によって異なります)。

最後に(3)の親の定期を「預かり金」とすること。
いざというとき、300万円の父親名義の定期は子では解約できないので使い物になりません。そこで、「これを使って」という親の意思を確認した時点で「預かり金」にしておくと各段使いやすくなります。
定期に限らず、「自分に何かあったら、このお金で介護を」と言われた場合にも使える方法です。お金には色がないので、ただ単に現金を受け取ると贈与税が生じてしまうこともあるのでご注意を。
以下、預かり金の作り方のフローになりますので、ご参考になさってください。
(1)子名義の新しい普通預金口座を作成 ↓(2)親に定期を解約してもらって、子名義の新しい口座に入金してもらう(通常の定期預金は中途解約しても手数料はかからない) ↓(3)親子で「預かり金」の覚書を交わす。 ↓(4)親の医療、介護費はそこから出金(明細と領収書を残すことをお忘れなく)
なお、名義は子でも「預かり金」は親のお金なので贈与税はかかりません。親が死亡した時点で「預かり金」に残金があれば相続財産になります。

とはいっても、親に対し、キャッシュカードの所在や暗証番号は聞きにくいですね。「財産を狙っているのか」と怒鳴られる可能性だってあります。
普段、ほとんど会話もしていないのに、急に話を向けても難しいと思います。まずは、コミュニケーションを増やしましょう。その上でさりげなく切り出すのがいいでしょう。
お勧めなのは事例を示すことです。たとえば、
「幼馴染のAのお父さん、急に倒れたらしいよ。Aが入院費用や介護費用をお父さんの口座からおろそうとしたけれど、本人じゃないとおりなくて困っているよ。Aから『こんなことにならないように、親が元気なうちに聞いておけよ』と忠告されたよ」
と言ってみてはどうでしょう。
しかし、ここでも注意が必要です。子が親に対してお金の情報を聞くことは罪になりませんが、聞き出す権利はありません。親が「言いたくない」と言うのに強引に聞き出そうとすれば高齢者虐待の域に入っていくのでくれぐれもご注意ください。
また、きょうだいがいる人は、親から聞き出したお金の情報は伝えておきましょう。自分だけの情報にしておくと、将来的にもめごとに発展する可能性も大です。