フランスで薬物使用俳優の作品排除はあり得ない

フランスには薬物で何度も問題を起こしても、不思議なほどキャリアに傷がつかない有名俳優がいる。子役から活躍するブノワ・マジメルだ。今年も5月のカンヌ国際映画祭で、蝶ネクタイにタキシード姿で堂々とレッドカーペットの花道を歩いた。その状況を「けしからん!」などと指差し、怒る人は誰もいない。

マジメルはカンヌで監督週間に出品されたレベッカ・ズロトヴスキ監督の『Une fille facile(尻軽娘)』(2019)に出演し、海千山千のリッチな中年美術商に扮し、枯れた大人の存在感で好演、若い2人の主演女優を引き立てた。本作は監督協会賞を受賞するなど、作品の評価も高い。
ちょうど日本ではピエール瀧の逮捕劇が報道を賑わせていた頃。日仏の俳優の扱いの差に、あらためて考えさせられるものがあった。そして現在も日本では、有名人の薬物に関する不祥事の報道が続く。出演作品の公開や配信の自粛、撮り直しや販売停止といった流れも、かなり既定路線になってきたようだ。
最近は映画に関しても「助成金取り消し」という「新技」まで登場。独立行政法人「日本芸術文化振興会」は、「国が薬物を容認しているかのような誤ったメッセージを与える恐れがあると判断した」とし、公開中だった真利子哲也監督、ピエール瀧出演の映画『宮本から君へ』に対する助成金の交付内定を取り消した。一度交付を決めた作品に、後出しジャンケンのように規定を変え決定を覆す恣意的な判断には、疑問を感じざるを得ない。
その一方、このような流れにはっきりと異を唱える人たちも増えてきた。インターネット上では、麻薬取締法違反の疑いで逮捕された女優の収録済みの大河ドラマの放送を求める署名活動も起きた。
NHKは大河ドラマ「麒麟がくる」沢尻エリカさん収録分を 予定通り放映してください!
結局NHKは代役を立てて撮り直しをする決定をしたため、署名の要望は叶わなかった。しかし今回、署名発信者(賛同者)である公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんによると、従来、依存症問題の署名は集まりにくいが、今回は風向きが違ったという。「わずか3日で、3万人以上の署名を集めたことなど我々皆無です。時代は変わった!と、実感することができました」と綴っている。
つまり、俳優の薬物問題とそれに付随する「作品までお蔵入りにするべきか否か」について、多くの人が真剣に考えるようになってきたのだろう。そこで、ひとつの考える材料として、先述のフランス人俳優ブノワ・マジメルの例を紹介したい。
マジメルは1974年、パリ生まれ。13歳の時にオーディションに合格し、エティエンヌ・シャティリエ監督の『人生は長く静かな河』に出演した。映画は動員400万人を超える大ヒットを記録し、仏映画賞のセザール賞4部門を受賞。彼は主役の少年モモ役で、一躍国民的な人気者を博す。
その後も「子役は大成しない」というジンクスを打ち破りながら、順調にキャリアを重ねた。アンドレ・テシネ、ブノワ・ジャコ、クロード・シャブロル、オリヴィエ・ダアン、ジャン・ベッケルらの作品に出演。2001年には俳優として最高の名誉と言えるカンヌ国際映画祭主演男優賞を、ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』で受賞した。
私生活では、ジョルジュ・サンドとミュッセの情熱的な愛の彷徨を描くディアーヌ・キュリス監督『年下のひと』で共演した女優ジュリエット・ビノシュとの年の差婚(10歳年上)が話題になったが、2003年には関係を解消している。

そして現在に至るまで、彼はブランク知らずの活躍を続けるが、実は近年、ドラッグ絡みで続けざまに逮捕されている。
まずは2014年2月、運転中の薬物使用で捕まった。この時は1200ユーロ(約14万円)の罰金刑に処されている。しかし、すぐに同年夏には、エマニュエル・ベルコ監督の『太陽のめざめ』にしっかり出演。本作はカンヌ映画祭の開幕作品に選ばれ、マジメル本人も仏映画賞のセザール賞助演男優賞を獲得した。「不祥事を起こしたのだから本人も作品も自粛」という雰囲気など一切なかった。ちなみにこの時の彼の役は、不良少年を更生させようと奮闘する教育係。「本当に教育係が必要なのは誰よ?」とツッコミどころは満載だろう。
続いて2016年3月だが、今度は相当派手にやらかした。現場はパリ西方16区の自宅近く。62歳の女性歩行者に車でぶつかり、5日間の入院となる怪我を負わせた。これが無免許状態で、体内からコカイン反応もあったというから悪質だ。しかも、当初は警察が到着する前に帰宅し逃走も疑われたのだが、そちらは起訴されずにすんだ。
結局、判決は5000ユーロ(約59万円)の罰金刑。正直、人気俳優には痛くもない金額だろう。法廷では「私は間違いを冒し軽率だった」「私はお祭り気分で(ドラッグは)消費しない。大いなる恥の気持ちの中、一人で吸うのです」と反省(?)の弁を述べている。
そして驚くことに、まだ逮捕劇は終わらない。2017年9月、今度の舞台はパリ中心部の4区。車内でディーラーからコカインを含む薬物を購入中のところを現行犯逮捕された。この時は18カ月の治療義務を伴う3カ月の執行猶予が言い渡される。「真面目る(マジメル)は名前だけか」とダジャレのひとつも言いたくなる。

こんなたび重なる不祥事後も、フランス社会は薬物俳優を決して追放しない。
3回目の逮捕後、マジメルには公開待ちの作品に、オリヴィエ・マルシャル監督の社会派サスペンス『パリ、憎しみという名の罠』と、マルグリット・デュラスの小説を映画化したエマニュエル・フィンケル監督の『あなたはまだ帰ってこない』があった。だが、両作とも特に問題なく劇場公開されている。後者の作品は日本でも今年(2019)春に劇場公開されたが、日本でも外国人俳優の不祥事の場合は、誰も目を光らせない。
フランスは薬物を使用した俳優に対し、監督や共演者も実に温かい。マルシャル監督は映画ファンにはフレンチ・ノワール『あるいは裏切りという名の犬』のヒットで知られるが、実は本人が元警官という異色の経歴の人物。ならば警官らしく、少しはマジメルを叱責してもよさそうな気もするが、そんなことはしない。
逮捕を受けて、「ブノワ(・マジメル)は彼の世代で最高の俳優だと思う。とても魅力的で優しく感動的な男だ。あえて言うなら、彼にとっては不幸なことに、彼が感じる居心地の悪さは、この役柄では役立っている。彼は壊れやすい人間であり、いつも全てを疑っているのさ」と独特の表現で擁護した。また、マジメルが映画のプロモーションに参加できなくなり、一気にしわ寄せ仕事が増えたはずの共演者ミカエル・ユーンも、テレビインタビューで「彼は闘っている。もうすぐ克服できる。もう良くなってきているんだ」と、マジメルの近況を前向きに報告した。
またメディアの反応も温かく、週刊誌「フランス・ディモンシュ」は、「ブノワ・マジメル : 彼は抜け出したいのだ」「新たに刑を宣告された、この感受性豊かでとても魅力あるブノワ・マジメルは、ドラッグ中毒と闘っている」と見出しを付け、非難よりも、あくまで応援のスタンスを示した。
日仏で薬物事件を起こした俳優に対する扱いの差は歴然だろう。フランスでは報道の端々から、まずは俳優の「人間臭さ」がぷんぷんと伝わってくる。それまでいかにスターとして煌(きら)びやかな世界にいても、逮捕報道の後では「俳優だってただの人間だ」と、妙に身近に感じられるものだ。マジメルのように明らかな中毒者ならば、「治療は大変だろうな」と同情心だって湧いてくる。
もちろん、「周りに大きな迷惑をかけるし、プロとして自制心がないのは困りものだ」と呆れる人は多い。しかし、概して薬物事件の報道は、俳優の人間的な弱さや繊細さを垣間見る機会になっているようだ。そして中毒者は、病気を治すべき「患者」として扱われる。ドラッグを使っても、社会は「失敗しても人間だもの」の“相田みつをイズム”で大らかに包み込む。

一方、日本の場合は薬物使用者を、薬物という魔物に手を出した「非人間」と見なしたがる。これまで華やかに活躍していたスターであっても、途端に手のひらをかえし、報道では「〇〇容疑者」「〇〇被告」と呼び始め、ネットでも嬉々として「極悪人」のレッテルを貼ってゆくのだ。社会は薬物使用者を出演した作品とともに、社会から追放する気満々である。
「人間だもの」のフランスと、「非人間」の烙印を押す日本、まさに正反対ではなかろうか。俳優にとっては天国と地獄ほどの差があることだろう。とはいえ、薬物問題ではない他の犯罪の場合、フランスもまた違った対応をとる。そのあたりについては、次稿に詳細を譲ることにしよう。 (つづく)