「てっきり標準語だと思い込んでいた方言」が教えてくれること

何かと会合が多い時節柄、ほろ酔い気分となればお国言葉で盛り上がることもあるだろう。コラムニストの石原壮一郎氏が指摘する。
* * *「ウチの課長、きかないから」(北海道・東北)、「ドブスにはまらないようにね」(北陸)、「机を動かすから、そっちつって」(中部)、「このお皿、なおしといて」(関西など)、「今から来るね」(九州)……。
日本各地には、それぞれ味わい深いお国言葉があります。それはそれで大切にするとして、ほかの土地では、なるべく標準語に“翻訳”しないと意味が通じません。厄介なのは、どこの地域にも「てっきり標準語だと思い込んでいた方言」が少なくないこと。
最初に並べたフレーズは、当人は標準語だと思って使いがちだけど、違う意味で受け取られかねない、あるいは意味が通じない方言の例。「きかない」は「気が強い、わんぱく」、「ドブス」は「側溝、ドブ」、「つる」は「いっしょに持ち上げる」、「なおす」は「片づける」、「来る」は「行く」といった意味です。
まわりの友人に「てっきり標準語だと思い込んでいた方言」を尋ねたところ、出るわ出るわ。
「夫に『壁のカレンダーがかたがってる』と言っても通じなかった。傾いているという意味です」(石川県出身)「先月の10日のことを『去った10日』と言ったら、『なにそれ?』と聞き返された」(沖縄県出身)「ジャンケンをしようとして、『チッ、ケッ、ト!』とかけ声をかけたら爆笑された」(千葉県出身)「デートでアイスコーヒーを飲みながら『うわー、ひゃっこい!』と言ったら、相手の男性に『かわいいね』と言われた。図らずも結果オーライでした」(福島県出身)
三重県出身の自分にとって「てっきり標準語だと思い込んでいた方言」の代表格は、「ささって」と「えらい」です。「ささって」は、明日、あさっての次の日、つまり標準語で言うところの「しあさって」のこと。「しあさって」は三重では4日後を指します。
「じゃあ、飲み会はささってだね」と言って相手にキョトンとされ、「『ささって』って店の名前?」と聞かれて、初めて全国的には通じない言葉だと知りました。「しあさって」にデートを約束して、待ちぼうけを食ったり結果的にすっぽかして怒られたりという悲劇に見舞われるのは、三重県出身者のあるあるです。
「えらい」は、三重県では「疲れた」「たいへんだ」といった意味ですが、標準語では「偉い」という意味になってしまうおかげで、それこそえらい目に遭いました。友達が「今日は遠くまでバイトに行った」といった話をしたときに、たいへんだったねとねぎらうつもりで「それはえらかったね」と返したら、なぜか相手はムッとしています。
似たようなことが何度かあったものの、自分ではなぜムッとされるのかわかりません。ある日、ひとりの友達に「おい、なんでお前が偉そうに『えらかった』って言うんだよ」と言われて、自分がやらかしていたことの恥ずかしさに気が付き、血の気が引きました。そういう不遜なことを言うヤツだと思われていたなんて……。あわてて「そ、そうじゃなくて『えらい』というのは」と全力で否定しました。
ことほど左様に、言葉の意味というのは誤解されがち。たいていの場合は笑い話で済みますが、誤解が原因で人間関係が壊れることもあるでしょう。
「てっきり標準語だと思い込んでいた方言」は、私たちに大切なことを教えてくれます。こっちにとっては腹が立つ発言でも、相手はそんなつもりで言っていない可能性がある。自分としてはよかれと思って言ったことも、相手が違う意味で受け取ることもある。自分の「当たり前」と相手の「当たり前」は違う……。それこそ大人として「当たり前」の前提ですが、つい忘れがち。「あっ、この言葉は方言だったんだ」と気付くたびに、あらためて認識しましょう。
昨今、SNSが広まったせいかヒマな人が多いのか、誰かの失言とか刺激的なポスターとか、いろんなものに噛み付きたい人がますます増えています。「相手はそんなつもりじゃないかもしれない」と思えば、無駄な怒りを抱く必要もありません。仕事上のちょっとした食い違いもしかり。ほとんどのことは、そうやって適当にスルーすればいい話です。お国言葉は、ものすごく遠まわしに、とかく怒りっぽくなっている私たちを諭してくれているのかも。ああ、ふるさとは、やっぱりありがたいですね。