◆カジノ誘致が大きな論点となっている横浜市議会。
前回記事では2019年9月3日の本会議 議案質問におけるカジノ増収効果に関する質疑に着目したが、今回は9月6日の本会議 一般質問で立憲民主党・萩原隆宏市議の質問によって発覚した横浜市のデータ捏造問題に着目したい。
データ捏造が発覚したのは、8月22日に林文子市長が記者会見でカジノ誘致を表明した際に用いた、「横浜市の現状と課題」と題した会見資料の2ページ目(画像1参照)の数字。
横浜市を訪れる観光客は日帰り客も宿泊客も消費額が他の都道府県に比べて少ないという結論、その根拠となる数字が表形式で記載されている。表の中身は、日帰り観光客が占める割合、日帰り客と宿泊客それぞれの観光消費額が、3つのエリア(日本、東京都、横浜市)に分けて記載され、エリア毎の数字が横並びに比較されている。
画像1を見て、この表には不審な点があることにお気づきだろうか?
◆調査方法が異なる2つのデータを合わせる「作為」
もとの資料、横浜市長 定例記者会見資料「IRの実現に向けて」に記載されたこの表には出典の記載がないのだ。
それもそのはずで、実はこの表は条件が全く異なる2つの調査結果をあたかも同じ条件で調査した結果であるかのように1つの表にまとめている。
この表の出典は数値の整合性から判断すると、日本と東京都のデータは観光庁が調査した「旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究 2017年度版」。横浜市のデータは横浜市が調査した「平成29年度 集客実人員調査及び観光動態消費動向調査報告書」だと筆者は考えている。(*以降、前者は「観光庁調査」、後者は「横浜市調査」と記載する)
そして、この2つの調査は、消費金額の定義、調査時期、調査方法など、あらゆる面で異なっており、横並びで比較できるような数字ではない。
そこで本記事では、萩原隆宏市議が林市長への質問で指摘した点を踏まえ、出典元と思われる上記2つの調査報告書を確認した結果をお伝えしていきたい。
まず、2つの調査の違いを現時点の筆者の理解で整理した結果を表1に示す。
観光庁による「日本・東京都のデータ」と横浜市による「横浜市のデータ」では、観光消費額の計算範囲や調査時期が異なっている。表1を見ただけで、横浜市調査が観光庁調査よりも少ない数字が算出された理由はお分かり頂けるだろう。この2つの調査で共通点をあえて挙げるとすれば、対象年度(共に2017年度)しかないという有様だ。
これらについて詳しく見ていきたい。
◆横浜市調査は対面聞き取り、観光庁調査はアンケート郵送
まず、調査方法が違う。
【横浜市調査】:横浜市内の観光施設10ヶ所(赤レンガ倉庫、山下公園、ズーラシア、八景島シーパラダイスなど)で来訪者にアンケート用紙を用いて対面聞き取り調査
【観光庁調査】:調査対象者へ調査票を配布し、調査対象者が調査票に記入して返送
横浜市調査は観光の途中、しかも道端で調査員に対して、調査票に基づいた質問項目に回答する。一方、観光庁調査は観光が全て終わった後に自宅で旅行内容を思い出しながら記入する。回答するタイミング(観光の途中、観光後)、回答方法(道端での聞き取り調査への回答、自宅でアンケート記入)を考えると、横浜市調査は実態よりも数字が低く出ている可能性がある。
◆横浜市調査は消費金額の計算範囲が狭い
2つの調査における消費金額の定義を報告書から引用すると、以下のようになっている。
【横浜市調査】:宿泊費、市内交通費、飲食代、おみやげ代、お買い物代(おみやげ以外)、施設・イベント入場料、その他
*旅行会社の事前支払いは除く
*横浜市内に滞在中に使う総額予算
【観光庁調査】:旅行中、または旅行のために消費した支出額の合計をいい、他者が支払ったもの及び土産代を含む
エビデンスとして、報告書の対象箇所を画像2、画像3に示す。なお、配信先によっては画像が出ない場合もあるので、その場合は、「平成29年度 集客実人員調査及び観光動態消費動向調査報告書」P23と、「旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究 2017年度版」をご覧になれば双方の定義や対象が異なることがおわかりになるはずだ。
項目数だけを見ると横浜市調査の方が多く見えるが、横浜市調査の項目は全て観光庁調査の「旅行中の支出額の合計」に相当しており、実際は観光庁調査の方が計算範囲が広いことがわかるだろうか?2つの文言を冷静に見比べると、観光庁調査には横浜市調査で除外されている以下3点が計算対象に含まれているのだ。
・旅行会社の事前支払い(=パックツアー、団体旅行の参加費など)
・他者が支払ったもの
・旅行のために消費した支出額(=旅行前の準備や旅行後にかかった費用など)
しかも、パックツアーや団体旅行の参加費には宿泊費、飛行機代、新幹線代などの高額な費用が計上されるため、合計金額に与える影響が大きい。この数字を横浜市でははっきりと「*旅行会社の事前支払いは除く」という注釈をつけて除外させているのだから、横浜市の数字が少なくなるのは当たり前だ。
◆横浜市調査には価格が高いハイシーズンが含まれていない
2つの調査は調査時期も異なっている。
【横浜市調査】:5月下旬、7月中旬、9月下旬、12月中旬
【観光庁調査】:1年間の旅行実態を3 カ月ごとの4 回に分けて調査を実施
エビデンスとして、報告書の対象箇所を画像4、画像5に示す。
宿泊費、新幹線代や飛行機代はハイシーズンとオフシーズンでは2倍以上の差が出ることも珍しくない。だが、横浜市調査では、年末年始、ゴールデンウィーク、お盆などのハイシーズンが調査期間に含まれていない。一方、観光庁調査は通年を調査期間として、その中で四半期に分けて調査しているためハイシーズンも含まれている。つまり、ハイシーズンが調査期間に含まれていないために横浜市調査は数字が少なくなっている可能性が高い。
以上が横浜市によるデータに関する不適切としか思えない「作為」の概要だ。このトリックを理解した上で、冒頭で紹介した会見資料の2ページ目を改めて見直したい(画像1参照)。8月22日の記者会見で林市長はカジノ誘致の根拠の一つとして、この内容を説明している。
横浜市は観光消費額が少なく、インバウンド需要を取り込めていないと説明されているが、これは少なくとも提示されたデータではそのことを証明するには不適切であり、到底説得力に欠けるものだと言わざるを得ない。いや、敢えて言えば、はじめから結論を導くために「捏造」されたデータだと言っても過言ではないだろう。計算範囲が狭く、オフシーズンのみに調査したデータを横浜市は使用しているから、観光消費額が低く算出されているに過ぎないのだ。
さらに、萩原市議は追加で下記2点を指摘しているのだが、この2点についてはエビデンスとなる記載を報告書から見つけられなかったため、これ以上の言及は避ける。
・観光庁調査では消費した金額が最も高い都道府県に全てまとめて計上している。そのため、消費金額が大きくなりやすい東京都の数字はさらに大きく膨れ上がっている可能性あり
・横浜市調査は観光中の対面調査のため日帰り、宿泊はどちらか1つしか選べない。一方、観光庁調査は過去3ヶ月以内に日帰りと宿泊の両方の観光をした場合は、それぞれの調査票に回答できる。横浜市調査は日帰り観光客が約9割と多く、観光庁調査で日帰り観光客が約5割と少ない理由はこれではないのか。つまり、観光庁調査では単に日帰りと宿泊の両方に回答する者が大半だったため、全体の半分である約5割に落ち着いただけではないか。
また、8月22日の記者会見資料には、他にも出典の記載がないデータが散見される。今回の記事で明るみになったデータ捏造は氷山の一角である可能性も否定できない。
◆林市長の答弁を信号無視話法分析
これらの「資料における数字の作為」の仕組みを理解した上で、9月6日の本会議 一般質問における萩原市議と林市長の質疑での観光消費額に関する部分を抜粋して、信号無視話法分析していきたい。具体的には、信号機のように3色(青はOK、黄は注意、赤はダメ)で直感的に視覚化する。
(*これ以降の分析結果は、観光消費額に関する質疑の抜粋。質問者は発言を要約して記載。答弁者は発言のまま記載)
萩原市議(発言の要約):カジノ誘致について、市長が説明した会見資料2ページ目の宿泊客と日帰り客の観光消費額について質問します。横浜市の観光消費額は「日帰り、宿泊客のどちらも少ない」と太字かつ赤字で強調されてます。日本と東京都のデータは観光庁によるアンケート郵送、横浜市のデータは横浜市による山下公園などでの聞き取り調査に基づいており、2つの調査は内容も全く違う。横浜市のデータは旅行中に使用した金額のみだが、観光中のデータはそれに加えて、旅行前後に購入した金額、自分以外の人に買ってもらった金額なども合算されている。しかも、横浜市は旅行価格が安いオフシーズンのみに調査しているが、観光調査はハイシーズンを含めた通年調査。これでは観光庁の数字が大きくなって当然。こんな杜撰な検証資料で、「横浜市の観光消費金額が少ないからIRが必要だ」と市長が説明するのは市民への欺き。こんな作為的なデータはIR誘致の理由にならないと思うが、市長の見解は?
林市長(発言のまま):IRについてご質問を頂きました。算出方法が違う観光客に関するデータをもとにしているというご意見でございます。国が実施している全国調査は無作為抽出した国民を対象にアンケート調査したものでございます。一方、横浜市の調査は、あー、先生がおっしゃって頂きましたけども、主要な観光地での、アン、アンケート調査によるものでございます。(黄信号)
ま、本市職員の調査方法は異なって、異なっておりますが、目的や調査項目は類似しておりまして、いずれも信頼性があると考えておりますが、(赤信号)
まあ、先生の非常に細かいご意見ですね、それは大変、あの、拝聴させて頂きましたので、これからもう少し、えー、調査を、あの、深くやっていきたいと思います。はい。(青信号)
冒頭の1段落目は、萩原市議の質問内容をただ繰り返しているため、黄信号とした。
2段落目は下記のように論点をすり替えており、赤信号。
【質問】2つの調査の独立した信頼性
↓
【回答】2つの調査を1つの表にまとめた場合の信頼性
萩原市議が問題にしているのは算出方法も調査方法も異なる2つの調査を、あたかも同じ条件で調査した結果かのように1つの表にまとめていることだ。しかし、林市長は2つの調査を個々に見た場合は信頼性はあると論点をすり替えて回答している。
3段落目はデータ捏造に対する見解を答えているので青信号としたが、「これから調査を深くやる」という具体性に乏しい内容であった。また、データ捏造を市長は実質的に認めたとも受け取れる。
ところで、データ捏造というと、今年初めに発覚した厚生労働省の統計不正問題がやはり思い出される。専門家でも解明に時間を要するほど巧妙だった統計不正と比べて、今回の横浜市による観光消費額のデータ捏造は、かなり杜撰で慌てて行われたような印象を受ける。そのため、筆者が公開情報を辿っただけでも捏造の全容を把握できた。ここからの一文は想像になるが、これは横浜市が急にIR誘致を進めなければならない状況に追い込まれたからではないのか。ちなみに、林市長がIR誘致の方針を「白紙」(2019/7/24 定例記者会見)から「誘致」(2019/8/22 定例記者会見)に突如として変更した期間の市長行動記録を辿ると、白紙と発言した会見から2日後の7月26日午後に首相官邸で菅官房長官と面会している。
<取材・文・図版制作/犬飼淳>
【犬飼淳】
TwitterID/@jun21101016
いぬかいじゅん●サラリーマンとして勤務する傍ら、自身のnoteで政治に関するさまざまな論考を発表。党首討論での安倍首相の答弁を色付きでわかりやすく分析した「信号無視話法」などがSNSで話題に。最近は「赤黄青で国会ウォッチ」と題して、Youtube動画で国会答弁の視覚化に取り組む。
犬飼淳氏の(note)では数多くの答弁を「信号無視話法」などを駆使して視覚化している。また、同様にYouTubeチャンネル(日本語版/英語版)でも国会答弁の視覚化を行い、全世界に向けて発信している