長らく日本の営業組織に根付いていたパワハラの文化は、昨今の若手人財を中心とした採用市場では、最も嫌煙される要素だ。しかも、今や企業風土すら既存社員や元社員らの口コミによって丸裸にされる時代ゆえ、どれだけ採用担当者が取りつくろってもパワハラを隠し切ることはできない。
とはいえ、「イマドキの若手は……」などと嘆いているマネージャーたちに、ただパワハラをやめろというだけでは、何も解決しない。むしろ「正しくしかれない文化」がはびこり、マネジメント機能不全に陥ってしまうだろう。大事なのは、部下や組織の問題解決をバックアップしながら、正しい戦略へと組織を導いていくリーダーの育成と、トップダウンの指示命令型の組織運営から、一人ひとりが考え問題解決していく組織へと変革することである。
ではどうすればそのような組織へと変革することができるだろうか。本コラムでは、日本の営業組織でありがちな組織課題の解決の糸口を、実際にあったケースを一部加工して解説していきたい。
変革前の大橋製造
小売店向けにキッチン用品や家電を製造・販売する大橋製造(仮名)は、業界大手の空白を狙った商品を企画し、絶妙な品質と価格のバランスでシェアを伸ばしてきた。業績成果第一主義(歩合制を主軸とする評価制度)で厳しい職場環境だったが、給与水準が高いため、若くして稼ぎたい社員が多く集まっていた。
だが、売り上げ650億円、社員数400名の規模となり、業界大手の一角を占めるほど成長したことで、成長のひずみが現れ始めていた。具体的には、業績拡大を急ぐあまり、大橋製造でもパワハラの問題が表面化し、裁判沙汰にもなった。ブランドイメージの毀損を恐れた役員陣は、パワハラ型のマネジメントを禁止するようになり、マネージャー陣はパワハラを恐れて部下に対して厳しく接することができず、それに伴い業績も伸び悩んでいた。
また、近年採用された若手社員は急成長期に入社した人財とは価値観が異なり、業績一辺倒の目標設定にはついていけないと感じていた。結果として若手の離職率、休職率が高止まりしていた。
そうした現状に危機感を抱いていた人事課長の永島(仮名)は、営業の本丸である第一営業部にメスを入れるため変革の一歩を踏み出そうと考え、「評価制度の見直し」と「若手人財への教育制度の導入」を提案した。しかし、その提案は、第一営業部部長の大澤(仮名)から強い抵抗を受けることになった。
大澤部長の心理はこうだ。「営業部なんだから業績成果第一でどこが悪いというんだ?」「教育やコミュニケーションにもっと時間を割くようにと言うが、そんな時間を費やす暇があったら、少しでも数値目標達成のために時間を使わせたい。業績ノルマは変わらないのに新しいことをやれなんて現場の事が分かっていないのではないか」。
もともと大澤自身は、営業一筋のたたき上げで部長に昇進した人物であり、上司からの厳しい言葉や問い詰めに屈することなく、逆に悔しさをばねにして成果を出してきた経歴があるからこそ、部下に対しても業績成果第一だと言い聞かせ、徹底的に管理して達成させるマネジメントがよいと信じていた。
ところが今になって、「そういうやり方はよくない」と会社は言う。世の風潮があるのは分かるが、パワハラを恐れていたら部下に厳しく迫ることができないのに、結果だけだせとは随分ないいようだ……。
組織変革を阻むハードル
このような大橋製造において、組織変革が進まない要因を考えると、次の3つのハードルが存在すると想定される。
第一に、業績目標達成を重視するあまり、「受注」といった結果指標と「どれだけ顧客のところに足蹴く通えているか」といった行動量の管理ばかり行ってきた習慣が根付いていることである。もともと営業管理とはそういうもの、という経験の中でやってきた大澤部長は、それ以外のマネジメントの手法を持ち合わせ得ていない。営業は常に結果が求められる厳しい世界なのだから多少の厳しさは当然とばかりに、パワハラまがいの相手を詰めるコミュニケーションになってしまっていた。
第二に、きちんと若手を育てる教育の仕組みがないことである。それが若手人財のモチベーション低下、離職に繋がっている。昨今の若手人財の特徴として、やるべきことが明確であれば真面目に取り組む傾向があるため、やり方を標準化し、属人的なスキルに委ねない営業の仕組みづくりとトレーニングが欠かせない。「上司や先輩の背中を見て覚えろ」ではいつまで経っても若手は育たないことを理解しなければならない。
第三に、ライン部門と人事部門の連携不足である。人事部門は自分たちの考えだけで制度を作り変えようと先走る傾向があり、ライン部門への理解や連携が欠けがちだ。ライン部門の課題を正しく理解した上で、評価制度など全社にかかわる制度設計を考えていく必要がある。
ハードルを乗り越えるための手順
以上のハードルをどのように解除していったらよいだろうか。ここではアプローチの一例を述べる。
想定される3つのハードルの中では、まず、マネジメント体制の変革を図る必要性が高い。中長期的に成長発展していくために、短期的な業績成果だけでなく、仕組みづくりや人財育成に注力する必要があり、それが業績一辺倒の風土を変えることにもつながる。業績目標の達成意識は大事だが、そのことイコール「詰めるマネジメント」では決してない。異なったアプローチで成果を上げるためのマネジメントの在り方を、取り入れるべきだ。
もしマネージャー陣にそのスキルが不足しているならば、営業マネジメント体制の再構築プロジェクトを発足させ、新たなマネージャーを外から引っ張ってくるか、コンサルなどの外部を入れてマネジメント体制の変革を図ることが望ましい。
そうして営業戦略から逆算したKPIを設定し、結果しか見ないマネジメントから、プロセス重視のマネジメントへの転換を図る。つまりは「訪問数」や「提案数といった行動の「量」だけでなく、「提案率」や「リードタイム」「継続率」といった「質」に注視するように転換していく。
その上で、質を高めるための営業の仕組みづくりと人財育成を進めるよい。自社にとってのベストプラクティスをベースにやり方を標準化し、KPIを定点観測することで課題を見出し、仕組みをブラッシュアップしていく。そういった「営業を科学する」習慣が、着実なスキルアップと成果創出につながる。
また、営業マネージャー、営業社員の評価制度の見直しにおいては、マネージャーには人財育成の評価項目を新たに設定し、営業社員は業績成果に加えKPI達成度も評価項目として設定することが望ましい。設定された目標と評価が連動していなければ、目標が形骸化しかねないからだ。
「組織の硬直化」の自覚症状があれば
大橋製造では、まずとっかかりとして営業マネジメント体制の再構築プロジェクトを発足させ、それがある程度軌道に乗ったタイミングで、人事評価制度の見直しに取り掛かった。それらの取り組みには約1年半を要したが、結果として大橋製造の営業組織は、若手人財が定着し、活躍できる組織へと変革を遂げることができた。
人事諸制度の改定のようなシステムの変更と比較すると、組織スタイルの変容には時間がかかりすぐに成果が期待できるようなものではない。しかし、組織の信頼関係が崩れている状態で、施策先行で解決を図ることは、バケツに穴が空いた状態に水を注ぐようなものである。もし「組織の硬直化」の自覚症状があるのであれば、組織の内面課題から目を逸らさず向き合うことを決めることが、課題解決の第一歩となるだろう。
(大島奈櫻子)